紙とペンと画数バトル!

snowdrop

本日のお題

「漢字画数バトル~っ」


 出題者のコールのあと、四名の参加者は軽く拍手した。

 左から順に書紀、会計、部長、副部長が横一列に並べた机を前に座る。

 四人の前にはそれぞれ、スケッチブックと黒のインクペンが用意されている。


「ルール説明をします。三問出しますので、お題にあった漢字一文字をお手元のスケブに書いてください。考える時間は一分とします。いろいろな漢字が思い浮かぶと思いますが、画数がポイントになります。最終的に一番ポイントが高かった人の勝利となります。今回は漢検漢字辞典を参考にしていますが、日常に使われている漢字でも良いことにします。日頃ため込んだ知識をいかんなく発揮できる楽しいお題を用意しましたので、優勝目指して頑張ってください」


 説明を聞きながら、参加者はそれぞれスケッチブックを開き、ペンを手にとった。


「最初のお題です。『かみ』と読む漢字を書いてください。スタート!」


 考え込む四人のなか、真っ先に書き終えたのは右端に座る副部長だった。

 スケッチブックをふせ、余裕でペンに蓋をする。


「副部長はもう書いたんですか? 早いですね」

「だからといって、僕の名字にある『上』を書いたわけではないから」

「三画だと勝てませんからね」


 その後、残り三人も書き終えてスケッチブックをふせた。


「順番に見ていきましょう。書紀からオープン」


 出題者の声に合わせて、書紀はスケッチブックを皆に見せる。


「デデンっ! 『紙』っす」

「なるほど、『かみ』だけに」

「そっ! 副部長が早く書いたから、焦ってこれしか浮かばなくて」

「紙は九画です」

 

 だよな、と書紀はスケッチブックをふせて項垂れた。 


「つぎ。お願いします」


 会計がスケッチブックを手に持って見せた。 


「ぼくが書いたのは『神』です」

「神も九角ですね」

「かみ、と言ったらこの字に勝てる字はないでしょ。遊戯王でいえば、三幻神ですよ。挑んできたら返り討ちにしてやりますから」

「そういうバトルじゃないです」


 出題者は乾いた笑いをする。


「では部長、お願いします」


 部長は、自分のスケッチブックを見ながら三人を気にしていた。


「どうしましたか?」

「このゲーム、順番が後になるほど結果がわかっているところに切ないものがありますね。しかも副部長は漢字検定準一級をもってますし、‪クイ研部長としても簡単には負けられない」

「ですね。では、お願いします」


 出題者に促されて、スケッチブックに書いた漢字を皆に見せる。


「俺のターン、ドロー! 俺が書いたのは、『神』旧字体」


 部長はスケッチブックを立ててみせた。

 覗き込む書紀と会計は、「旧字体もアリなんだ」と騒いでいる。


「十画です」

「ラーの翼神竜、オシリスの天空竜、オベリスクの巨神兵を王の名の下に束ねることで召喚される光の創造神ホルアクティを彷彿させてくれる漢字ですね」

「だから、そういうバトルじゃないです」


 出題者が吹き出しかけると、部長たちは互い目配せしながら面白そうに笑った。


「最後に副部長、書いた漢字を見せてください。オープン」

「勝負を捨ててゲームを楽しむ部長たちには悪いが、この勝負、俺の勝ちだ」


 オープンの掛け声に合わせて、副部長がスケッチブックを披露した。


「ババンッ! 『髪』の十四画」


 副部長の書いた字は、楷書体できれいに書かれてた。


「なぜこの字を選んだかというと、日本では古来より『髪』は神様の『神』であり、髪の毛は神社に通じるものと考えらていたと聞いたことがあって。会計の書いた『神』や部長の旧字体の『神』に勝てる字は、俺の書いた神様である『髪』だった、というわけだ」


 部長が次のページをめくりながら「さすが」と素直に負けを認め、手を叩いて讃えた。

 書紀と会計も納得し、スケッチブックのページをめくる。


「二問目のお題は、『ふで、ふでづくり』の漢字を書いてください」


 出題者のコールのあと、一斉にペンの蓋を取った。

 

「読みが『ふで』でもいいんですか?」


 書紀が右手を小さく上げる。

 出題者は「かまいません」と答えた。

 書き終わった人から順にスケッチブックをふせていく。


「みなさん書き終わりましたね。書紀から見せてもらいましょう。オープン!」


 指名されて、書紀はスケッチブックを手にとった。


「デデン! 俺の書いたのはもちろん『筆』です。ふでづくりって、確か数が少ないはずなんだけど、時間内に思いつかなくてこれにしました」

「読みが『ふで』でも構いません。十二画です」

「そうなんだよな、画数が少ないから」


 書紀は、肩を落として息を吐いた。


「会計の書いた字を見せてください。オープン!」

「ぼくが書いたのも『翰』です。書紀の質問がいいヒントになりました。ふでづくりって思い浮かばなかったので、正直助かりましたよ」

「たしかにこれも『ふで』と読みますね。しかも十六画です」


 ほくそ笑む会計をみて、「俺のヒントが~」と書紀が頭を抱えている。


「では部長、お願いします」

「二人のように邪道に走っては駄目だと思いましたが、走るべきだったと後悔しましたね」


 頭をかきながら部長はスケッチブックを立ててみせた。


「俺が書いたのは、『肅』旧字体。粛々と優勝を狙ってやろうと思って選んだけど、十三画なんだよ。失敗した~」


 部長は首をひねり、酸いような笑いで口元を歪めた。


「最後に副部長、オープン!」


 出題者に促されるように副部長がスケッチブックを立てる。


「部長と考えは一緒で『粛』の常用漢字。これしか思い浮かばなかったし、準二級の漢字なんだよね」

「ですね。画数も部長より少ない十一画です」


 ため息をつく副部長。 

 それをみて会計が手を叩いて両手を握る。


「よし! 勝ちが見えてきたぞ」


 四人はスケッチブックのページをめくり、つぎの問題の準備をする。


「点数の確認です。書紀二十一点、会計二十五点、部長二十三点、副部長二十五点です。まだ全員に優勝の可能性があります」

「よっしゃー、こいっ!」


 部長が気合を入れて大声を上げる。


「最後のお題は、二〇一八年十月までに受賞した日本人のノーベル賞受賞者名から、画数の多い漢字を一字書いてください」


 出題者の声のあと、四人の目が大きく見開いた。


「急にハードルを上げてきた」


 書紀はスケッチブックを抱えながらペンを走らせていく。


「受賞者の名前を思い出すだけでなく、画数かよ」


 会計は腕組みをしたまま一向にペンが進まない。


「知識が問われるいい問題だ」


 部長は迷わず書いていく。


「漢検、関係なくない?」


 副部長は両手で頭を抱えこんだ。

 時間は無常に過ぎていく。


「書き終わりましたら、スケッチブックをふせてペンを置いてください。最後は一斉に出してください。それではオープン!」


 四人は出題者の掛け声に合わせてスケッチブックを立てた。


「順にみていきます。書紀が選んだのは『樹』ですね」

「ノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹の『樹』です。この人しか浮かばなかった」

「画数は十六画です。合計三十七ポイントになります」


 もう少し行けたかな、と書紀は首をひねった。


「会計が書いたのは『端』ですね」

「ノーベル文学賞の川端康成の『端』の字を書きました。昔の人のほうが画数が多いと思ったけど、そうでもなかった」

「画数は十四画です。合計は三十九ポイントになります」


 口を覆うように手を当てる会計は、目を閉じて息を吐く。


「部長は『藤』ですね」

「ノーベル平和賞の佐藤栄作総理大臣から『藤』の字を書きました。漢字として画数の多い字を選んだけど、どうだろうか」

「画数は十八画です。合計は四十一ポイントになります」

「よっしゃー、やったぜ」


 部長は拳を固めて両腕を頭の上へと突き上げた。


「副部長は『樹』ですね」

「書紀と同じ『樹』だけど、ノーベル化学賞の白川英樹の『樹』です。最近の受賞者から遡って考えてたら、英樹が浮かんだので書きました」

「書紀と同じく十六画。合計は四十一ポイントになります」

「おおっ、ということは!」

「ポイントが同じになりましたので、部長とサドンデスです!」


 部長と副部長はスケッチブックのページをめくった。


「サドンデスのお題は、元素周期表にある元素から漢字一文字を選んで書いてください。画数の多い漢字を書いた人が優勝です」


 出題者が出したお題を聞くや、部長と副部長は迷うことなく書きはじめた。

 その様子を横で見ていた会計が右手を上げる。


「暇だから、ぼくも書いてもいい?」

「まあ、かわいませんけど」

「じゃあ、俺も」

 

 会計がスケッチブックにペンを走らせるのを見て、書紀も書きはじめる。

 書き終わったところで、会計からスケッチブックを見せてもらう。


「原子番号四十二番の『銀』。金属の中で電気伝導率と熱伝導率が一番なやつを書いてみました。これで俺の優勝だ!」

「そういうので競ってないです。画数は十四画」


 つぎに会計がスケッチブックを突き出してみせた。


「原子番号二十六番の『鐵』旧字体。酸素を運ぶ赤血球をつくるヘモグロビンの成分であり、生きる上で重要なのは間違いなく、各種産業や一般生活において使われる人間社会になくてはならない金属。これでぼくの優勝だ!」

「社会生活の重要度で競ってません。画数は二十一画」


 部長は首をひねりながらスケッチブックを出す。


「原子番号十二番の『鎂』マグネシウム。多く摂取することで心筋梗塞などの予防に有効な必須栄養素です」

「薀蓄で競ってません。画数は十七画」


 鼻で笑って副部長が最後にスケッチブックを見せる。


「原子番号三十八番の『鍶』ストロンチウム。最初に発見されたスコットランドのストロンティーアンという村が名前の由来です」

「由来でも競ってません。画数は十七画」


 出題者は最終合計ポイントを計算し、結果を発表した。


「優勝は、六十ポイント獲得した会計です!」

「おい、サドンデスじゃなくなって延長戦になっとるやろ!」

「やったね」

 

 喚く部長の隣で会計は、両腕を突き上げて満面の笑みを浮かべていた。

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