絵を描くあなたと逢魔が時
いすみ 静江
紙とペンと逢魔が時
ひゅうううう。
空から魂の舞い落ちる。
がららららら。
地から魂の這い上がる。
マドモアゼル・ミオーネは、そんな噂のあることを知らなかった。有名な画家も描いたパリの小高い丘にある池をやっと見つけた。その前にいい石を見つけ、昼過ぎからスケッチをしていた。
「こう、同じ睡蓮にも色合いがきらきらとして、実にいいところだわ」
画学生なので、中々課題以外は取り組めない。こうして、自分で好きな時間を持つといいものだと、紙とペンに感謝をしていた。これさえあれば、自由なのだから。
「さて、日も暮れてきたわね」
画板に四枚目の紙を新しくとめた。
「池の向こうかと思ったけれども、あの女性はどこを歩いているのかしら?」
――それは、逢魔が時だった。
奇異なものを目にする。
「プラナリアのようね」
ミオーネは、プラナリアで分裂のしくみについて学んだことがある。だから、冗談にもそんな言葉で濁したが、女性は本当に不思議なことが起きた。紙とペンさえあれば、スケッチが上手いので、バイオサイエンスの成績もよかった。だからか、逢魔が時の不思議に触れて描こうとしてしまった。
「頭が二つで体が一つだって?」
ペンを走らせて、ささささっと描く。双頭の鷲のようにカッコいい素描ができた。
「なかなかいいけれども……。どうも違うわ」
ひゅううと突風が吹いた。画板を落してしまい、拾い上げると異変に震える。絵の中の双頭の鷲が、二つに分かれていた。女性が二人になっていた。そっくりか、紙を凝視すると、ミオーネの眼力で見破った。双子でもない。じわりじわりと二人は別々に動き出す。
「人ではないものかも知れない」
とくんとくんと、心の臓がはやくなる。
急ぎ、紙を新しくし、ペンを急がせた。
カリカリカリカリ……。
トトトトトト……。
点描画風の力作が仕上がる。
ひゅうううう。
強い風にみまわれる。
「ミオーネ――。あなたは、可愛い子猫ちゃん。ねえ、エリン姉さま」
がららららら。
瓦礫の音か?
「食べても美味しい、私達のエサ。さあ、妹、エリン」
仕上げたばかりの魔物二人が、ミオーネの手から奪われる。足音もせず、二人のエリンが近寄ってきていた。
「さあ、ミオーネ……。こっちを向きなさい。先ずはこの絵を焼いてしまうわ」
「エリン姉さま、ずるいわ。先ずは、おいしくいただきましょう」
姉のエリンが後ろから、妹のエリンが前からがっつりとしがみついた。
「うあああ……! 絵は焼くなり何なりして! 命ばかりはお助けを……」
ミオーネは、足をばたつかせる。だが、魔物エリンが二つ身で迫るものだから、そうそう逃げられない。
「お助けを……。おたす……」
フシュッ。
首元から血が吹き出す。ミオーネは目を見開く。
「ごめんなさいね、妹、エリン。お先にいただいちゃった」
最高級のほほえみでも、妹のエリンは許さなかった。
「姉さま、お腹が空いているのよ。私にもくださらない?」
「いいわよ。ちょっとジュースが欲しかっただけだから。さあ、妹、エリンも召し上がれ」
二人は、二人で一人。
姉のエリンが亡くなり、墓に埋められた後に蘇生した。妹のエリンは、そんな姉をしのんで両親に同じ名を与えられた。
しかし、地下で姉は生きていた。いつか這い出す日々をと。誰かが、紙に私達を描いてよみがえらせてくれる日をこつこつと待っていた。
復活は、逢魔が時――。
Fin.
絵を描くあなたと逢魔が時 いすみ 静江 @uhi_cna
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます