紙とペンと隕石
ベームズ
神とペン
夢の中で僕が、その紙に何を書こうとしたのかは分からない。
が、きっと、『世界を救う』と書いたのだろう。
だって、彼女は『世界を救える』と言ったのだから。
その意思を書いてくれと。
とはいえ、
「そんな都合の良い話なんて、ありえないんだけどな〜」
所詮は夢、自分に都合のいいように解釈されたただの妄想に過ぎないのだ。
机に突っ伏して、無意識とはいえ自らの頭の悪い妄想話に一人で恥ずかしくなる僕。
僕は最近、いわゆる超能力に目覚めた。
それは、『ペンを生み出す能力』
文字通り、何もないところからペンを生み出すのだ。
しかも、そのペンは、ただのペンではない。
なんと、文字を消すこともできるのだ。
文字だけではない。油性マジックだって水性絵具だって、ペンキだって、
"書かれたもの"ならなんでも、"消したい"と思いながら上からなぞるだけで簡単に消して、白紙に戻すことができるのだ。
しかも、このペン、鉛筆にも筆にも、万年筆にだって形を変えられる。
消したものと同じ材質のインクになるし、ふとさや、濃さまで、完璧にコピーすることができるのだ。
便利。
この一言につきる。
僕は、この先あらゆるペンや、消しゴムを買う必要がなくなったのだ。
……えっ?戦闘力?
そんなもの必要ない。
漫画やアニメじゃないのだから。
この世界にはあんな派手な超能力なんて存在しないし、あんな人間、今まで見たことがない。
僕自身、超能力に目覚めわけだから、超能力自体が存在しないとまではいえないが、少なくとも全身からビリビリを出したり、火を吹いたり、風を巻き起こしたり、そんなビックリ人間は存在しない。
この能力だって、せいぜいこの先生きていく上で少しだけ便利って程度で、あったからと言って何かが劇的に変わるわけではない。
「おはよ、シュウ」
「……おはよ」
僕の名を呼び、顔を覗き込みながら朝の挨拶をするこの女は、闇無マユ。
小さい頃からの幼馴染で、僕の想い人だ。
「マユ、ちょっと屋上いいか?」
「……えっ?いまから?でも、朝のホームルームはじまるよ?」
キョトンと、首をかしげるマユ。
「ああ……ってか今更だろ?」
鼻で笑う僕。
「まあね?」
周囲を見回して、苦笑いするマユ。
マユの言う通りなら、朝のホームルーム前である。
にもかかわらず、現在、教室には人っ子ひとり存在しない。
「みんな逃げちゃったんだね、無駄なのに」
寂しそうに遠い目をするマユ。
「まあ、みんなやり残したことをやってるんだろ?」
やり残し、さっき、夢で後悔していたことだ。
「私のやり残したことはみんなで遊びに行くことだったのに」
残念そうなマユ。
「……そうか、そりゃ残念だったな」
素っ気なく言う僕。
決して「僕と遊びたかった」と言って欲しかったわけではない。
「……わたしのことはもういいけど、シュウは?シュウのやり残したことはあるの?」
マユが可愛く首を傾げて問うてくる。
「僕?僕は……」
僕のやり残したことは……
「……屋上で言う」
「へ?」
少し気持ちを整理したくて、先延ばしにした。
とはいえ、別に逃げたわけではない。
なぜなら、マユを屋上へ誘ったのは、もともとそのことを伝えるためだったのだから。
「……わかった」
そして二人で屋上へ出た。
――屋上。
「マユ、僕はマユが好きだ。ずっと前から」
「……えっ?」
"デカイ石が覆って真っ暗な空"を見上げながら、僕はマユに告白した。
「これが僕のやり残したことだ。ずっと言いたかった」
自分勝手な想いの告白。
それが僕の最後にやり残したこと。
マユは、事態についていけていないようで、キョトンとしているようだが、口だけ動かして、
「わたしも、ずっとシュウのことが好きだったよ」
マユはそんな僕の想いを受け入れてくれた。
と、思ったのだが、
「でも、どうして?シュウ、ずっとアンリのことが好きだったんじゃないの?」
不思議そうに問うマユ。
「えっ?なんでそうなる?」
思い当たる節がない。
「だって、高校入ってから、私に対して妙にヨソヨソしくなってたし、逆にアンリとは最近よく遊びに行ってるって聞いてたし」
頬を膨らませていじけるマユ。
「それは……たしかにマユの言ったとおりかもだけど、アンリにはずっとマユとのことで相談に乗ってもらってたんだ。僕はずっとマユ以外の女の子を好きになったことなんてないぞ?」
アンリは、僕の相談によく乗ってくれていたただの友達のつもりだった。
のに、マユのことを不安にさせていたのか、
と、反省する。
対して、頭の上にハテナがいっぱいのマユは、
「ホントに?」
もう一度問うてくる。
「ホントに」
素直な気持ちで答える僕。
「そっか」
短い一言。
だが、
そこで初めて、誤解があったことに気づいた様子のマユは、
「なぁ〜〜〜〜〜〜〜んだ、嫌な気分になって損したぁ〜」
何もない地面を蹴って、大きなため息をついた。
「誤解が解けてよかった。じゃあ、これで改めて信じてくれるな?」
「うん……」
ようやく、気持ちが伝わった気がした。
しかし、問題がある。
「でも残念、この世界はもう終わりだよ?」
空を指差すマユ。
そこには、さっき僕が夢で見た光景がそのまま広がっていた。
まるで天井のように空を覆い尽くすデカイ隕石。
その破片は雨のように降り注ぎ、街を、建物を破壊していく。
約一年ほど前、
突然現れた巨大隕石。
それは、当時の予想ではちょうど"今日"地球に落ちて、世界は終わると言われていた。
その後、新聞やテレビでは隕石情報の記事が埋め尽くしていたが、しばらくしてそれも無くなった。
より正確な情報が出ると共に、避けられない終焉だと最後に残して、新聞もテレビもサービスを終了したのだ。
その後はどうなっているかなんて分からないが、実際今日中には隕石の本体が地上に到達しそうだから、当時の予想は的中していたということだろう。
「本当にな、せっかくこうして想いを伝えられたのに、すぐにお別れなんてな」
残念でならない。
こんな状況にならないと勇気を出せなかった僕が情けなくて仕方ない。
が、
「これで満足だ。僕のやり残したことはもうない」
いっぺんの悔いなしだ。
「ホントに?」
だが、マユの方はそうでもないようで、
「これからが楽しくなるところなのに?」
いたずらに微笑みながら僕の顔を覗き込んでくる。
「でも、どうしようもないだろ?」
目をそらしながら事実を伝える僕。
「……ごめんなさい」
すると、唐突にマユが暗い声で謝り出した。
「なんでマユが謝る?」
理解できないと、理由を尋ねる。
「あの隕石、私が呼んだから……」
すると、あの隕石を指差してマユは答えた。
「呼んだ?あれを、マユが?」
嫌な予感がして、問い詰める。
「そう、私、超能力が使えるの」
嫌な予感が的中した。
「最初は小石を動かす程度だったんだけど、シュウが離れていく気がしてからは力が強くなって、気づいたら隕石を呼んでた」
と、おどけているようで、本気で言っているマユ。
「なら、その力で隕石押し戻せばいいだろ?」
思いつく限り一番の解決法を提案してみる僕。
「やってみたけどダメだった。シュウとの仲が直って力が弱くなったみたい」
申し訳なさそうに俯くマユ。
「どうしよう、私、世界を終わらせちゃう‼︎せっかくシュウと気持ちが通じ合ったのに‼︎」
ここへきて、不安が爆発したのか、マユが焦って頭を抱えてヘタリ込む。
「だ、大丈夫‼︎大丈夫だ‼︎」
僕は、マユの肩を抱き、立ち上がらせる。
「僕がなんとかする‼︎マユは何も悪くない‼︎」
必死に言葉を探してマユを励ます
「でも、シュウにはどうしようもないって……」
絶望に囚われ思考が止まっていく僕とマユ。
「大丈夫、まだ間に合うわ‼︎」
そこで、いつからいたのか、一人の女が僕達の前に立った。
その女……アンリは、隕石見上げながら自信に溢れた口調で告げた後、僕達へ視線を向ける。
「私は、世界の終わりを予言する紙、『終末論』を呼び出す能力があるの」
そう言って、アンリは一枚の紙を僕達に見せてきた。
そこには、びっしりと文字が書かれていて、全部を読むには時間がかかりそうだ。
「要点をまとめると、「隕石が落ちて世界が終わる』よ‼︎」
……まんまだった。
「ホントに、まだ間に合うの?」
すがるようにアンリに問いかけるマユ。
「ええ‼︎でも、私一人では無理。シュウ、あなたの力が必要よ‼︎」
アンリは、唐突に僕を指名してきた。
「僕⁉︎」
思い当たる節がない。
「そうよ‼︎あなたの力は白紙に戻し、書き換える能力よ‼︎この終末論も、あなたなら書き換えられる‼︎」
そう言って、僕に終末論を渡してくるアンリ。
「そこにあなたの意思を書いて‼︎そうすれば世界は救われるわ‼︎」
「……僕の、意思」
奇しくも、夢の通りになったというわけだ。
夢はここで終わりだったが、
今は現実、"終わりなんてない"
この先も、マユと、そして大切な人達と楽しい日々を送るのだ。
僕は、無意識のうちに顕現させていた能力のペンを握りしめ、終末論のある部分を消した。
そして、空欄になったそこにペンを走らせる。
僕が、終末論に書いた、僕達の未来は……
紙とペンと隕石 ベームズ @kanntory
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