紙とペンと鳩

浅雪 ささめ

第1話 

 僕は今、必死に思いを綴っている。

 ずっと昔から僕の憧れであり、好きだった君。そして、今も愛している君へ向けて。

 僕のいろんな想いを、ありったけ紙に込めている。


 ちょっと恥ずかしいけれど、君のこんな所に惹かれていたとか、もっと君とはこんなことをしたかったとか、そういう思いをそのまま紙にうつす。書きながら思い出す度に、君の笑い顔、泣き顔、驚いた顔……いろんな表情が僕の頭に鮮明に蘇る。

 君は気づいていたのかな? 僕は君のそういうコロコロ変わる表情も、とても好きだったんだ。

 書いていると、涙が出てくる。紙に落ちて、字がにじむ。手が震える。それでもお構いなしに想いを綴る。


 僕くらいじゃないだろうか。こんな時代にもなって、ペンを握っているなんて。

 最近、と言っても十年くらい前から、会社はもちろん、小学校の授業でも完全タブレット形式で、ペンなんて持つ必要がなくなってしまった。文房具屋さんの売り場も半分ほどに減っている。使っているのは、もっと幼い子どもくらいなんじゃないかな?

 だけど僕は、ペンを持って、紙を使って、この想いを君に書いている。

 そうした方が想いが伝わると思ったから。

 そうした方が君とそばにいられるような気がしたから。


 僕は生まれつき体が弱く、ずっと入退院を繰り返している。君には随分と迷惑もかけたね。それでも、君は僕の隣で笑ってくれていたから、僕はそれでも良いと思い込んでしまっていたのかもしれない。

 今日はやっと、一ヶ月振りに家に戻って、僕はこの手紙を書きはじめることができた。

 誰かに紙とペンを持ってきてもらえば、病室のベッドの上でも書けるけれど、この手紙は家でじゃないと。

 君の匂い、想い、なんていうような君の多くが、未だ残っているここで。君が僕の誕生日に買ってくれたこのペンで。


 君との数年間。僕は君にいろんな物を貰った。僕は同じ分だけ返せていたかは分からない。だけど、君も僕といて良かったと最期に言ってくれた。それだけで、僕は満足なんだ。ああ、僕にも幸せにさせることができたのかと。


 だんだんとペンを握る手に、力がなくなっていくけれど、負けじと僕は更に力を、また、想いを込める。君にちゃんと伝わるように。


 文字を書くのは久し振りで、時間もかかってしまう。文章も随分と稚拙かもしれないけれど、多分、こんな書き方のほうが君に響くだろうと思って筆を進める。

 君を想って、何度、枕を濡らしたことか。

 何度、ご飯が喉を通らなくなったことか。

 最近、君がいない生活にやっと慣れてきたけれど、もしかしたらそれって、かなり恐いことなのかもしれない。だって、いつか君のことも忘れるかもしれないのは、僕にとって恐怖なんだよ。

 いや、僕は別に、君を責めようとしてる訳じゃないんだ。ただ、僕がそれほどまでに君を想っているってことさ。今更ってかい? そうかもしれないね。


 僕と君の名前を最後に書く。

 何日も何週間もかけて、やっとの事で書き終えたその頃には、僕も随分と弱っていた。

 かごの中の鳩の足に、書いた手紙をくくりつけ、空へと飛び立つように促す。

 鳩は、一瞬戸惑うようにこちらを向き、足を二、三歩ほど動かした後、バサッと羽を大きく広げて、勢いよく空高く飛び去っていった。

 ちゃんと手紙を、そして僕の想いを届けてくれるだろうか。

 窓際で、僕は君に微笑む。


 君を失って一年になるけど、僕は何回でも手紙を書くよ。

 僕が君を忘れないように。

 君が僕を忘れないように。

 君と僕がいつかまた、別の場所で会えるように願って。

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紙とペンと鳩 浅雪 ささめ @knife

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