じゃんけんポン
くれそん
第1話
聞いたことはあるかい?
なんでも、ずっと昔のじゃんけんは「はさみと石と紙」ではなかったらしいんだ。
なんだい気になるって?
少し長くなるが時間は大丈夫かい?
そうかそうか聞かせてやろう。石とはさみの前が何だったのかを。
あるところにそれは悪い悪い王様がいたそうだ。
きれいな女を見つけては城に連れ帰り、うまい食べ物の噂を聞けば取りに行かせ、気に入らない奴がいれば人知れず処刑する。まさに世界は自分のために動いていると思っている王だったそうな。
そんな王も、若いころは父の代から仕えている文官に口うるさく道理を説かれたそうだ。口を開けば王たるものは云々、人のなすべきことは云々と耳にタコができるほど聞かされていた。
先代がなくなり、王の座に就いたとき彼が最初にしたことはこの男の追放だった。まあ、王は彼を処刑するつもりっだったのだが、他の者に泣いて懇願されては無碍にもできず、ひとまず切って捨てることはやめにしたらしい。だが、小さいころから口うるさかったのが気に入らず、やはり城からの追放は免れなかった。
彼は城から追放されるそのときまで、王に王道とはと切に語り掛けるのをやめようとはしなかったそうだ。しかし、やはり王の心には響かない。失意の中に国を去った男の行方を知る者はいなかったとか。
さて、そうして口うるさい爺を追い出した王は文官の再編に取り掛かった。これ以上口うるさい奴はいらぬとばかりに、多くのものを追放、処刑した。まあ、そんな王であったが、民から搾り取る方法をよく心得ていたのか、実に巧みに生かさず殺さずの政治を行っていたそうな。このことに関してのみ、爺に感謝していたとかいなかったとか。
あるとき、この国での王の噂を聞き、彼の者を討伐せんと立ち上がった者がいた。そのものは隣国では知らぬ者のいない、天下無双の剣使いだったそうだ。
民の多くが死ぬほどではないにせよ貧しい暮らしをしているのを目にし、王に対して蜂起を宣言した。これに多くの者が呼応し、国を揺るがすほどの大軍勢へと瞬く間に成長し、王城へと歩みを進めた。
これを鎮圧せんと多くの兵が派遣されたが、あるものは裏切り、あるものはかの剣士に切り捨てられ、士気の上がらないこと甚だしかった。このままではどうしようもない。そう思いつつも、王は決して逃げ出すことをよしとはしなかった。
反乱軍は瞬く間に城を占拠し、王とその部下を切って切って切りまくった。かつては白亜の城とまで呼ばれたそれが、見る影もないほどに赤く染まったそうだ。
さて、悪しき王がこの世を去った。それでめでたしめでたしといかないのがこの世の難しいところ。王とともに多くの文官を切ってしまったがために、政治のことを知っているものはこの国にはほとんどいなかった。
さらに悪いことに、時を同じくして飢きんが発生した。このようなことが起きても死なぬように準備することこそ政治の務めだが、それを予見し対策するほどの頭を持ち合わせているものは残念ながらほとんどいなかった。
多くの民が飢え死にし、多くの子がはした金で取引された。国の荒れようはかの王の治世よりはるかに酷かったそうだ。
さて、そんな苦しみが蔓延した国で、ある地域だけはその状況に陥らずにすんでいた。そこにはあの文官が住んでいたからだ。城を追放され、王をいさめられなかった悲しみをこらえていた彼の元にも、国王死すの一報は届いていた。これで国が治まれば良いがと思っていた彼が見たのは、無計画に軍事物資として持っていかれる食料だった。不作でも起きれば大変だと、有力者を説き伏せ食物を備蓄し、飢きんへの備えとした。
くしくも、彼の見立てが当たり、多くの者が飢えに苦しむ世となってしまった。
優れた治世が人々を豊かにし、悪しき治世が人々を苦しめると再確認した彼は、かの英傑に政治を任せてはおけぬと一人旅立った。長い道を老体に鞭打ちながら歩き続け、彼が城を訪れたころには、国の寿命がもうそこまで見え始めていた。
彼はかの王が追放していた文官を呼び戻し、様々な制度を変革しながら国を生き延びさせた。彼の最期が近づく中で、やっと国の荒廃が収まりをみせていた。そこで彼は最期の課題に取り掛かり始めた。
国の荒廃を招いたのはかの王ではなかったと信じる蒙昧さは自覚しながらも、かの王の忘れ形見を養育していたのだ。彼は長い時間をかけて得た信頼をもって、自分の後世をかの息子へと託して世を去った。彼の長い長い人生の中で、たった一つの心残りが三回目の戴冠式を見ることができなかったことだったそうだ。
どうだい悲しい物語だろう?
そうでもないって?
そうかい。
それで結局その三つは何だったのかって?
ああ、それかい。じゃんけんの三つの手は「法と王を表す紙」、「政治と文官を表すペン」、「軍事と戦士を表す剣」だったのさ。今では、剣ははさみに、ペンは石になっちまったがね。
さあ、これで俺の話は終わりだ。
おっと、これだけ話してやったんだ。おひねりは弾んでくれよ。
じゃんけんポン くれそん @kurezoul
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます