Devil damn you

サヨナキドリ

紙とペンと魔法

「私は本物の魔女だ。その証拠を見せよう」

 牢の中につながれた女が言った。

「普通はしらを切るもんなんだがな」

「それは、彼女らが魔術師ではないからだよ。酷いことをする」

 看守はその言葉に眉をしかめる。たしかに、これまで何人もの女性を異端審問に送り出してきたが、本物の魔女がいたとは彼には思えなかった。

「魔術というのは再現可能な科学なのだよ。ただし、君たちの神からは認められない科学だ。だから、君も紙とペンさえあれば使うことができる。ここには、紙とペンはあるかい?」

 看守は日誌の書き損じの裏と、日誌を書くためのペンを見せた。信じているわけではないが、暇つぶしに女の口車に乗せられてみることにしたのだ。看守の仕事は暇である。女のをつなぐ手錠は大きく、万に一つも脱獄できる可能性はないのだから。

「上出来だ。ではまずそこに円を描く。その紙なら、描きやすい大きさでちょうどいいだろう。その円に接するようにソロモンの星を描く。ソロモンとダビデは、史上もっとも魔をよく使った王だからね。はは、怒るな怒るな。そこまでは君たちの聖書にも書かれていることだろう。何?ソロモンの星がわからない?簡単だよ。子供が落書きするときに描くような、あの角が5個ある星さ。そう、それでいい。それからその外側に、中心が同じでひとまわり大きく円をもう一つ描くんだ。そうそう。その間に文字を入れる。ちょうど時計の12時、3時、6時、そして9時の位置がいいだろう。まず一文字めは縦線、その頭から右下に短い線を。描けたか?見せてみろ。いいじゃないか!これはルーン文字という文字でね、大神オーディンがユグドラシルにグングニールでその身を捧げて見出したという力持つ文字だ。は?そんな神知らない?まあ、君たちからしてみれば異教の神だからな。主に北欧で信仰されている神だよ。その神が見つけた文字を、なぜソロモンの魔法に使うのかって?言っただろう、魔術は科学だと。君たちだって、インドで見出されたゼロという概念をアラビア数字で書き表して、ギリシャで発達した幾何を記述するだろう。それと同じさ。どこで発見されようが科学は変わらない。ニュートンは今までより遠くが見えるようになったとしたらそれは巨人の肩に乗ったからだと言ったが、われわれ魔術師はオーディンという巨神の肩に乗っている。より遠くが見えるのも当然だよ。さて、あと3文字だ。逆さまにしたVと、Xを上下につなげて。そう。紙を回して。縦線、右側に半分から上に向かう弧。最後の一文字は、足の長い大文字のM。これで完成だ。」

 掲げて眺めてみる。ひどく簡潔な魔法陣だ。だが、どことなく怪しげな雰囲気が漂っている。

「では、発動させて見よう。魔法陣の外にペン先を置いて、中心を通る線を一気に引く!」

 女の言葉に従い、ペンを走らせる。直後、円の中心から火の手が上がり、燃え広がって紙を焼き尽くした。幸いにして、ほかのものには引火していない。

「これは……」

「これで君は火打ち石から解放されたというわけだ。バレないように使いたまえ

 ……では、もっと素晴らしい魔法が知りたくはないか?」

 魔女の言葉に看守の目が光った。看守は日誌から、新しいページを一枚ちぎる。

「では、次の魔法に移るとしよう!次の魔法には出力がいる。ダビデの星を使おう。こちらは、正三角形が反対向きに二つ重なったものだ。そう!しばらく見ないうちにずいぶん上手になったじゃないか!練習したのかい?では、同心円を描いて。今度は6文字だ!最初は、縦線に半分から上に向かう弧、重ねてその上半分から上に向かう弧……」

 看守が魔女の言葉に従って魔法陣を描き進める。

「できたな!では、発動させてみろ!」

 ペンを一閃。魔法陣から青白い火花が飛び、牢屋の中を風が吹き荒れる。そして、ガンッという重い音が響いた。

「この魔法が発動したとき、周囲にあるあらゆる鍵は開かれる。ご苦労だったね。では、君の命があったらまた会おう!」

 そういうと、枷から解き放たれた魔女は牢の扉を悠々と押し開けた。看守は慌てて捉えようとするが、魔女が爪を自分の太ももに走らせると、足から力が抜け床に倒れてしまった。立ち去ろうとする魔女に、看守は呪詛の言葉を投げる。

「はっはっは!魔術師に『god damn you!』とはいただけないな。魔術師にはこういうべきだ。『devil damn you!』と!」

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