彼の消息は如何に

東雲 彼方

紙とペンと、そして血飛沫

 親愛なる姫宮様へ


 拝啓、桃の節句も過ぎ、すっかり春めいてまいりました。梅の香りに囲まれ、桜の花が待ち遠しい毎日です。ただ、今年の桜の花は見れそうにないのが少し悔やまれます。

 あまり上質な紙でもなければ、美しい便箋でもなく申し訳ございません。諸事情によりそこらに置いてあったコピー用紙に書いております。また、ペンも手元にあったのは手帳用の小さなものしかなく、大変見辛いことと思いますがご容赦くださいませ。

 こうして急いで手紙を書いているのにはきちんとした訳がございます。どうか、できるだけ早くかつ声を出さずにお読みください。態度に出てしまえばわたくしのこの計画も水の泡でございます。お約束していただけますでしょうか。

 姫宮様、新月の夜、黙ってお屋敷を抜け出してくださいませ。誰にも見つかってはなりません。そしてお屋敷を出てすぐ右にある茂み。そこに隠された階段を下ってください。きっとそこで私の仲間がお待ちしております。――その仲間が殺されていなければ、の話ではありますが。そしてそのまま国外にお逃げください。この場所に居てはなりません。奴等に見つかってしまったら貴方様の命はありません。もし生き存えたとしても、きっと奴等に酷いことをされることでしょう。

 何故こんな事をお伝えしたか。あまり詳しいことはここでは書けません。ですがあまり書かなさすぎても信憑性が無いと思いますので、当たり障りない程度にしましょうか。残りは多分貴方様をお迎えした私の仲間の者にでも聞いてくださいませ。

 姫宮の分家に当たる松宮の家の主である、松宮幸太郎という男のことはご存知でしょうか。姫宮の家の執事長をしている男であります。実はその男は、秘密裏に姫宮家の物を持ち出しては売りさばいています。私はその現場に居合わせてしまった為に彼に刺されてしまいました。口封じということでしょうか。そして彼は言ったのです。

「俺の邪魔をする奴は、たとえ姫宮本家の当主であろうと殺す」

 と。片側の口の端だけを持ち上げて、顔をぐにゃりと歪ませて笑っておりました。その姿は酷く不気味でした。

 これでは貴方様の身が危ないと感じた私は今、息も絶え絶えではありますがなんとかこの手紙を書いております。きっとこの手紙がたどり着く頃には私はもうこの世には居ないでしょう。この手紙がちゃんと渡っているのならば、私の古い友人が遺体と共にこの手紙を見つけて姫宮様にお届けしている筈です。

 一枚目は私の見解を述べたものでありますが、二枚目がもしあれば、これを見つけて届けてくれた友人が松宮幸太郎について少し調べたものが書いてあるはずです。どうか見つからないように、見たら直ぐに旦那様のライターで燃やしてくださいませ。

 不甲斐ない爺で申し訳ございません。これが私に出来る最後の仕事です。それではさようなら、お元気で。そしてどうかご無事で。

 敬具

 園田 英寿ひでとし



 ***



 姫宮のお嬢様へ


 前略、無礼は承知でありますが、如何せん時間がありませんので時候の挨拶は省略させていただきます。

 私は園田の死後、この手紙を送るまでの数日の間で少しだけ松宮について調べました。それについてのご報告をさせてください。手短に失礼いたします。

 松宮が行っていた不祥事は窃盗だけではありませんでした。闇市と呼ばれる、城下町の裏路地で行われている違法売買市を取り仕切っているのもこの男でした。更に違法ドラッグのバイヤーなど、とにかく「違法」と名のつくものの殆どに手をつけているようでした。これだけの証拠があればこの男を追放出来そうではありますが、お嬢様が殺されてしまっては園田が死んだ意味がありません。追放なんてした日には復讐されて一家崩壊が目に見えているでしょう。それだけは避けねばなりません。

 これから私は無礼を承知でお嬢様にとって酷いであろうことを申し上げます。お嬢様、旦那様と他のメイド達は諦めてくださいませ。

 旦那様は既に松宮に命を狙われています。無理に助けようと考えないことです。お嬢様がどうにか生き残って姫宮の血を途絶えさせないでください。これは私と園田からのお願いです。

 またメイド達に至っては、誰が松宮と繋がっているか分かりませんので誰にも近付き過ぎないことをおすすめいたします。そして誰かを助けようとしないこと。お嬢様の身ではそれは無理だからです。姫宮財閥のお嬢様である貴女様は下賤の者から見れば世間知らずなお嬢様でございます。そんな貴女が他人の身を守ることは疎か、自分の身を自分で守ることすら出来るかどうか分からないのです。自分のことを棚に上げて考えないことです。そこまで世間は甘くありませんよ。生きたいのならばお一人でお逃げくださいませ。

 ここからは今夜の動きについての指示になります。あ、今夜が新月ですよ。いいですね。

 夕飯を食べた後、出来るだけお部屋に居てくださいませ。そしたら私が七の刻に訪ねてまいります。そうしたら庭に散歩に出ましょう。メイドは誰も近寄らせないこと。そして庭に行くフリをしてそのまま抜け道を突っ切ります。荷物は全て置いてきてください。盗聴器なんかが入れられていては困ります。逃げる時の服装は出来るだけ身軽なものをお選びください。庭の奥まで行くと伝えればそれで大丈夫な筈です。その後逃走の準備が整いましたら着替えていただきます。そちらについてはこちらでご用意させていただきますので、ご心配なく。

 この手紙が信じられないのであればこの計画に乗っていただかないでも構いません。ただ、園田の死を無駄にしたくないのであればこの指示に従っていただきたいです。どうぞよろしくお願いいたします。

 急ぎの為、乱筆・乱文で失礼いたしました。

 草々

 追伸:一枚目の右下の端についた丸い茶色のシミは、園田の遺体が発見された時についてしまった園田の血痕です。これが何を意味するか、賢く聡いお嬢様ならお分かりですね?

 園田の友人、宮本 孝明



 ***



 姫宮のお嬢さん


 拝啓、日増しに暖かさを感じる今日このごろ。如何お過ごしでしょうか。

 先日住所不定の者からの手紙が届いたようですね。貴女は少し警戒心が足りないのではないでしょうか。もう少しお気をつけくださいませ。

 さて、その手紙が届いてから貴女の態度が急変したように感じます、きっと屋敷のメイド達は気づいていないことと思いますが、その程度の演技でワタクシを騙せるとでもお思いでしょうか。片腹痛い。

 何を企んでいるのかワタクシは知ったこっちゃありませんが、おめおめ逃げようなどと考えないことです。私の計画を邪魔する者はたとえ姫宮のお嬢さんであっても許しませんよ。その細い首を掻き切って、絹の様な髪の毛は闇市にでも売りさばきましょう。貴女のことなど私にとっては瑣末なものです。頭の隅にでも置いておいてくださいませ。

 忠告はいたしました。変な気は起こさないようにお願いしますよ。

 あ、そうでした。宮本という男は何やらコソコソと私の周りを動き回っていたので殺しておきました。今頃きっと魚たちの餌になっているか海の藻屑と化しているかのどちらかでしょうね。お嬢さんもそうならないように気をつけてくださいね。

 ではサヨウナラ。

 敬具

 松宮幸太郎

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