想像

庭花爾 華々

第1話 想像

 これは、僕の暇つぶしにして言葉遊びである。


 どこにでもある普通の路上。

「あなたの近所を思い浮かべて。」

そこに、ただの紙と鉛筆が転がっていた。

「『ただの』では不満足ならば、メモ帳から千切れたと見られる紙。そして、真ん中で折られたと見られる鉛筆。」

その状態が、しばらく続いた。


 『おい、お前何してんだよ。』

たまりかねて、鉛筆が声を上げた。

『おい、そこのお前だよ。聞こえてんだろ。』

このままでは、大きな独り言になるだろう。

『「お前」って、僕のことかい?』

紙は尋ねた。

『お前のことだよ。』

しばらく沈黙が続いた。


『おい、お前はなんで何も言わないんだよ。』

鉛筆が怒り気味に言った。

『「お前」って、僕のことかい?』

紙は尋ねた。

『そうだよ、お前のことだよ。』

紙はカサカサと動いた。

『そうか、「お前」って、僕のことか。いや、僕のことを「お前」というやつは、初めてだからさ。』

しばらくカサカサと音が続いた。


 『おい、お前さっきからここで何をしていた?』

鉛筆は気になって仕方がなくなった。

『僕はずっと眺めていた。』

紙は尋ねなかった。

『眺めてたって、何を?』

紙はキュッキュッと動いた。

『何かを、ずっと眺めていた。』

鉛筆は困ってしまった。


 『「何か」って、きっと空のことだろうよ。』

鉛筆が晴れやかに言った。

『あれを君は空と呼ぶのか。』

紙も晴れやかに言った。

『で、何で「空」を眺めていたんだい?」

鉛筆は続けて訊いた。

『「空」って何だい?』

鉛筆は悲しくなった。

『そうか、お前は真っ白だからね。』


 『お前に頼みがあるんだ。』

鉛筆はやっと切り出した。

『「頼み」って何だい?』

紙は流れで訊いた。

『お前に、僕が描く彼の物語を書かせてもらいたい。』

鉛筆は続けて切り出した。

『いいよ、僕に言葉を教えて。』

紙は何も訊かなかった。


 鉛筆は転がって、紙の上に到着した。

『これは、俺の自己満足だぞ。それでもいいのか?』

鉛筆の問いに、紙は答えなかった。鉛筆は、一文字一文字を丁寧に書き込んでいく。そして、噛みしめるように。


~ただの紙の上~


 あるところに、どこにでもいる少年がいた。といっても、あるところなんてないし、どこにでもいるなんて嘘ともとれるが。

 少年は、何不自由なく過ごした。わけでもないが、順調に、両親の愛をいっぱい受けて育った。小さい少年は、何も考えていなかった。わけでもないが、不安も心配もほとんどなかった。

 しかし、成長して青年となったときに、彼は問題と向かい合う。それは、彼の個性とは何かである。成長していく過程で彼は、自分の個性を問われていったのだ。と、少なくとも彼は感じていた。

 彼は悩んだ。そして、考えた。けれども彼にこれといった個性はなかった。人間は十人十色であり、人間には必ず個性がある。という考えならば、彼には自分の個性に悩み、しかもそれを見つけられない。という個性があったのかもしれない。

 運動神経もない、ずば抜けて頭が良いわけでもない。彼は悩んでいた。そしてある日、それを見つける。ための、糸口を見つけた。そこには、自分の家の机の上に、ただのメモ帳と鉛筆が転がっていた。

 彼は、何かに憑りつかれたかのように、それらを急いで手に取った。何か、何か形にしたい、自分を試してみたい。しかし、なにも浮かばず、イメージが湧かない。それでも、彼は握ったものを離さなかった。そうだ、この部屋にいるから悪いのだ。と、自分に言い聞かせ、外で何かを見つけることにした。


 それは、偶然だった、いやそれとも必然。そんなラベリングをできるものかはわからない。ただ、彼は何かを見つけることができた。

 どこにでもある普通の路上に、雑草とラベリングされた名のわからぬ双葉。なぜか、それに無性にひかれた。彼は、どこにでもある普通の路上に座り込み、必死に鉛筆を動かした。

 

~ただのメモ帳の上~


 それは、いつからかそこにあった。そこにあって、眠っていた。いや、起きていたのかもしれない。どちらにせよ、それは確かにそこにいたのだ。

 それは、いつからかそこにある頃から、ずっと待っていた。暖かい合図を待っていた。その合図が何かもわからない、いつ来るのかもわからない。ただ待っていた。それだけを、それは認識できた。

 待っているうちに、それは、それ自身以外に気を配ろうとしだした。自身の周りを感じた時、そこに暗い空間があると認識できるようになった。もちろん人間の言う言葉を知らないそれは、感覚的につかんでいった。

 それは、ある時突然、「外」という存在を見出すこととなる。自身の周りに「空間」がある、しかも「暗い」らしい。さきに認識したものから、思考を発展させたのだ。ここ以外にも、「空間」がしかも「暗い」の対となる「明るい」ものがある。

 そこまで思考できたそれは、とうとう発見した。「空間」を「暗い」と「明るい」に分ける存在、そう「光」である。それには分からないことだが、遺伝子情報に助けられての結果だったのかもしれない。「光」の発見は、それを外に誘う合図だったのかもしれない。

 ついに、それは決断することができた。その権利を得たともいえよう。

「外に出たい。」

この決断は、それに新たな感覚を与えていった。喜怒哀楽に続き、恐れやもどかしさまで、、。それらの感覚は、衝動としてそれを突き動かした。それは、感覚から感覚を派生させることで、体を自由自在に動かせる段階まで来ていた。

「あと少し、あと少しで暖かい外に出れる。未知の世界である外で、未知の光を得るのだ。」

人間は石と呼ぶ物体を華麗によけて、手を外へと伸ばす。暖かさと思われる感覚が反応し出したころだった。

「何かにぶつかったぞ? また、あの硬いやつか?」

よけようと、横に手を伸ばす。

「ちっ違うぞ、この何かは、横に広がっている。これが、外とこの空間を隔てている。」

それは、絶望した。


~ここまで来て、少年の鉛筆が止まった。少年自身、なぜ止まったかは分かっている。なぜか浮かばない、目の前にはその絶望を乗り越えたそれが、確かにあるのに、、。そうか、、。彼は自己解決をした。答えかはわからないが、彼はもうそれでいいと思った。

「ああああああああ。」

彼は叫ぶと、書きかけのメモ帳をむしった。そして、書いていた鉛筆を折った。それらをそこに残して、彼は走り去った。

「それは、俺のことだったんだ。」~


『へえ、こんなことがあったのですか。』

紙は興味深そうに見ていた。

『で、この後どうなってしまうのですか?』

もうそれは、紙の独り言に過ぎなかった。

 紙の上には、もう鉛筆の姿はない。代わりに、芯の先だけが残っていた。

『鉛筆さん、あんたは彼の物語を、ハッピーエンドにしたかった。終わらせてあげたかったんですね。』

紙は淋しそうに言うと、端を巧みに動かし始めた。紙の端が鉛筆の芯をつかみ、何とか読めるような文字を書き始める。


~ただのメモの上~


・・・・

それは絶望した。しかし、ここまでこれたのは、それの力があるからだった。「絶望」を認識できるそれは、対となるものも理解できる。

「それは「希望」だ。必ずどこかに、チャンスはあるはずなのだ。」

それは、隅々に手を伸ばし、相手を探った。

「よし、ここの何かは薄くなっているぞ。」

すぐさま手をそこに集中させる。

「わたしは、外が見たい!」

ついに、コンクリートが割れて、芽が顔を出したのだ


『鉛筆さん、申し訳ない。もう自分にはスペースがなく、「。」を書くことができません。』

とうとう紙も、動かなくなってしまった。

その状態がしばらく続いた。


「なんだこれ、どっかで見たことがある気がする。何だったけ。」

どこにでもいる青年が、それを拾った。

「あれ、なんでだろ。花粉症かな。」

青年は、なぜ自分から涙がこぼれたのか、分からなかった。彼のこぼれた涙が、紙ににじんだ。


~‥コンクリートが割れて、芽が顔を出したのだ。

終わり




「っていうのを、今日通学途中に思いついたんだ。」

「お前の頭の中、どうなってんだよ?」



 

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