ガトリングコミッティー・ストライクス・ユウ

naka-motoo

ガトリングコミッティー・ストライクス・ユウ

 その武士は洒落者だった。

 通常、辞世の句を読むにあたっては和紙に毛筆であろうが、彼は紙とペンとを使った。


死にあらず ひそみし淵から 昇る龍


 なんと清々しい希望に満ちた辞世であろうか!


くぞ!」


 隊長の静かな怒号に部隊の全員が、おう! と応じた。


 洋式軍隊の武装で男たちは武者震いした。


 全員、武士。


 まだまとまりきらぬこの大和の国の、その北に位置する小藩の武士たちは、けれども太平洋を凌駕する志を持って戦地まで鬼神の如き強行軍を成し遂げてきた。


 その中でひときわ涼しい眼をした壮年の武士。

 齢30。

 自らの家に幼き跡取り息子を残して遠征してきた力人りきんどは、隊長と激論していた。


「隊長! 慎重に慎重を期すべきとは考えますが、我らが持つのはこのエンフィールド銃とその銃身に装着した短刀のみ。武器はとどのつまり己の脚力と持久力であります」

「ふむう。して、力人りきんどはガットリング砲に対して、疾駆からの射撃が有効と申すのだな?」

「左様です。さすれば我らは『点』としてしか捉えられぬ。ガットリング砲がいかな米国から敵藩が輸入した連射式の最新銃だとて猛烈なる速度で駆ける我らを捉え切れるものではないはず」


 現代でいうところの機銃に対して、実に的確な戦略であったと言えるだろう。

 ただ問題は兵力だ。


「力人。隊はここまでの戦闘ですでに30人に減った。対ガットリング砲要員として当てられるのはせいぜい三名」

「十分です」


 力人りきんど 30歳。

 凱旋がいせん 28歳。

 昇龍しょうりゅう 19歳。


 ここからは選ばれた3名でのざっくばらんな時間だ。


「力人さん、早くやってやりたいですよ!」

「焦るな昇龍。俺は物事は確実に、神速でやりたいクチさ。緻密に準備し、一瞬で決める。銃の整備は万全か? 凱旋」

「ああ。隊員たちの貴重な飲み水を沸かして蒸留した水で磨きあげた。照準は毛一本の単位でギリギリに攻めたさ」

「ようし。作戦のおさらいだ。俺が先頭、最後尾が昇龍、真ん中が凱旋の一列縦隊。それぞれの間隔は身長の二倍分、たっぷり開ける。そうすれば一列でも常に点の状態だ」

「おう」

「俺と昇龍は定時間隔で発砲しながら走る。白兵と遭遇すれば銃剣で突く。凱旋はどうするのだったか?」

「ガットリング砲にたどり着くまで一切撃たない・突かない」

「理由は分かるな?」

「ああ。精密に調整した照準を歪ませないため!」


 3名はガットリング委員会コミッティーとでも呼べるミーティングを終えたのち、隊長の前に仁王立ちした。


「では征け」

「おう!」


 3名はそれを号砲代わりにスプリンターのようなダッシュで砂地の向こうに見えるガットリング砲向かって走り出した。


「ようし。うねるぞ!」


 力人はフェイントのような動作を織り交ぜながら時折斜めに走る。


 ドガガガガガガガガガ!


 射程距離とは到底思えないところをいきなりぶっ放してきた。


「はは! 臆病者どもが!」

「ほんとだ。ビビりやがって!」


 威嚇でしか撃ってきていないことは見え見えだ。

 ただ、力人たちは強がる反面、地面に着弾するガットリング砲の弾丸1弾1弾の、「ボフッ!」という炸裂音に軽く驚愕はした。


 しかし3人は怯まなかった。

 否、怯むなどという反射動作に使うエネルギーすら無駄にしたくなかった。


「息は!?」

「屁でもないぞ!」


 3人とも自分たちのダッシュ力と持久力を誇示する。

 おそらく現代ならば男子100m走の世界記録に近いラップですでに1km近く疾走している。

 しかも銃剣を持ち、武装の荷重も混みで。


 ミミズが一匹、彼らの股間を見上げるアングルで、殺伐としたクールな西部劇の如き映像を記録した。


 ドガガガガガガガガ!

 ドガガガガガガガガ!

 ドガガガガガガガガ!


「ふ・ふ。いいぞ! もっと無駄ダマ使いやがれ!」


 その時だった。


 ふすっ、という音と同時に、どおっ、と最後尾の昇龍が倒れこみ、そのままゴロゴロとローリングする。


「昇龍!」

「凱旋、捨て置けい! 胸を貫通した! 無駄だ!」

「あ、ああ」


 振り返りもせず、けれども昇龍の死が2人に更に火をつけた。


「はっ!」


 400mリレーのアンカーが発するような気合の声を吐き出し、2人はトップスピードに突入する。


 おそらく、9秒台前半。

 下手をすると8秒台かもしれない。


 ガガ! ドガガガ!


 近距離となりやや照準を丁寧にし始める敵のガットリング砲。

 そして力人はガットリング砲の射手を見てショックを受ける。


『なんだ、あの節制のかけらも見えぬ身体は!?』


 撃っているのは実戦兵とは思えぬきらびやかな武装をしたおそらく幹部、それも家老級と思われた。


 そのの実戦を舐めきった輩がデタラメな威嚇射撃で昇龍を殺したのか!


 ドガ!


「シュッ!」


 ありえないことだが。

 力人は、弾丸を、よけた。


 敵陣も騒然とする。


『鬼神か!?』

『悪鬼神だ!』


 力人は、ふざけるな、と思った。


 この、任務と生きることに全力を尽くす我らが、善神でないはずがなかろうが!


 だが、下手な鉄砲も数撃ちゃあたる、という冷酷な事実が、彼らにも起こった。


「ぐうっ!」


 凱旋は被弾する刹那、自らの半身を晒して、精密機械たる照準の施されたエンフィールド銃をかばった。


 力人は、クールに、倒れる凱旋から銃を掬い上げ、そのまま凱旋の屍体の上に銃身を置いて臥せった。


「凱旋。銃台に使わせてもらうぞ」


 即死で返事しない凱旋の背中に銃を固定し、命に等しい蒸留水で磨かれた凱旋の銃で、ガットリング砲の照準を定める。


 敵も俺もみな実戦を生きる白兵よ。

 あの家老以外は。

 命のやり取りを、冷たいぐらいの血でもって怜悧に判断するのさ。


 できない、と思っているだろう。

 できるのさ。

 凱旋の調整チューンした銃と、昇龍のダッシュが稼ぎ出した走行距離のおかげでな。


 さあ。

 発火ファイア!!


 シボッ! という静かな発射音で放たれた弾丸バレットが、全く放物線を描かずに、レーザーのような軌道とスピードで、ガットリング砲の黒い銃口に吸い込まれ、銃身を


 ボウワンッ!


「ぐあああっ!」


 家老の両腕が、消滅した。

 同時にそれは彼の断末魔となった。


 そして炸裂音と同時にガットリング砲が鉄片となって四方に吹き飛ぶ。


「うがあああっ!」


 散弾のように鉄片や残っていた弾丸が周囲の武士たちの鍛え抜かれた筋骨を貫く。


「行くぞ!」


 力人の数百メートル後方から隊長の鋭い声と、どわあああああああっ、という鬨の声と、味方がダッシュし始める地鳴りのような音が迫ってきた。


 力人は静かに立ち上がる。


「俺は、武士だ。これでいく」


 銃身から短刀を外し、右手に握り込んだ。


 そして、自らの全力疾走の記録を更新しながら敵陣に迫った。



 結論からいうと、力人の隊は全滅した。

 多勢に無勢、だが、敵へのダメージは深甚で、おそらくこれがの最期のいくさであろうと語り継がれる激戦となった。


 さて。


 成人した力人の息子は父を供養するため、絵師を呼び寄せた。


 日本画ではない。


 ペン画で、額絵として。


 青いインクで描かれた力人、凱旋、昇龍が並び立った肖像は、その色と同様、青く・清涼であった。


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