舌から生まれた

新月

第1話

傾き始めた太陽が山々を照らしている。黒い服の子供は山の入口にある岩に腰掛けて、青い指輪を消えてゆく光に翳している。



夕日を浴びて、辺りの闇は濃さを増す。黒々と光る頂きは血を吸った獣の角のよう。


訪れる者を突き刺し、決して麓には返さない。少女は指輪をくれた青年のことを考えている。笑顔を浮かべて山へ向かった、年若い青年のことを。



秋の日はすぐ暮れてゆく。藍色の空に星が瞬く。山の方から獣の遠吠えが一つ。それに応えるように更に一つ二つ…。





その秋の収穫は散々だった。季節外れの台風が何度も直撃し、田畑を根こそぎにしていった。土砂崩れが起きて埋まった家もある。麓は何年にも渡って天災に見舞われていた。

地震、山火事、疫病など。そして今回の台風。

村の人間は皆、祟りではないかと恐れていた。



人に殺された、神様の祟り。



言い伝えによれば、昔、この村には守り神がいたそうだ。神様は人間を大切にして様々な災厄や獣から、人を守ってくれたという。しかし神様は代わりに生け贄を要求した。毎年子供や若者が、何人も食事に供された。やがて時が経つにつれ、人はそれが嫌になった。人が身を守る術を身につけるにつれ、生け贄の数は減っていき、ついには全くなくなった。怒った神様は人を襲った。人は神様を鬼として、害をなすからと殺してしまった。



殺される際に神様は言った。



ー恩知らずな人間共。今まで貴様らを守ってきたのは誰だ?身を守る術を教え、慈しみ育ててやったのは?貴様らはそれに対し、僅かな贄の提供すら拒み、挙げ句に私を殺そうとする。これが貴様らの返しならば、私もそれに応えてやる。必ず甦り、貴様らの村を滅ぼしてやる。二度と作物が育たぬ不毛の大地に変えてやる。



けれど人は神様の言葉を信じず、ついに殺してしまい、その言い伝えも忘れてしまった。

しかし時が経ち、何年も続けて災害が起こるうち、人々は言い伝えを思い出し、そして恐れた。



これは神様の祟りでは?甦った神様が、かつての恨みを果たそうとしているのでは?村人達は恐れおののき、どうすればいいか話し合った。



言い伝えには続きがある。神様には一人の娘がいた。それは生け贄に供されたある女性と、神様の間に産まれた子だそうだ。神様と人の血を引く娘は、村人に殺されそうになった時、こう言って命乞いしたという。



ー私は人の血を引いています。どうか助けて下さい。その代わり貴方達が呪いにかけられた際には、必ず力になりますー



神の血を引く娘は類稀なる美しさで、憐れに思った村人達も、娘を殺すのは止めたという。



災厄が神様の呪いなら、約束通り、あの娘が力となってくれるだろう。村人達は一人の若く美しい青年を、娘の元へ遣わした。



青年が一人山に向かい、定められた場所で定められた手順を行うと、どこからともなく一人の美しい少女が現れた。



「貴女が、この山の神様の娘ですか?」



青年は尋ねた。



「人はそう呼びますね」



少女は答えた。



「貴女は半分は人の血を引いています。かつて人が貴女を殺そうとした時、貴女は呪いがかかった際、私達を助ける約束をし、私達も貴女を助けました。今村は呪いをかけられて苦しんでいます。かつての約束に従い、私達を助けて下さい」



少女はじっと青年を見ていたが、不意に山の頂を指して言った。



「あの山へ登りなさい」

「頂上に大きな松が生えています。それを切り倒し、人形に彫って、東の端に置きなさい。次の朝日が昇るまでに終わらせて、御自身は近くに隠れていなさい。日が昇るまで、決して出てきてはいけません」



青年は一つ頷くと、懐から青い石で出来た指輪を取りだし、少女に渡した。



「どうぞ、お受け取り下さい。貴女様の助力に対するお礼です」

「いいえ、必要ありません」



少女は首を横に振る。



「どうかお受け取り下さい。御恩返しがしたいのです」



少女は渋々受け取った。

星が空を穿って随分経った。人は皆眠っている頃だ。しかし黒服の子供は、まだ岩の上にいる。



「人は見たいように夢を見る」



少女は呟く。

少女は人の舌から生まれた。少女だけではない。皆舌から生まれ、舌に振り回され、舌によって消されてゆくのだ。



闇に沈んだ山の方からは、また獣の声が…。

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