紙とペンと、二人の未来を覗く穴
秋月創苑
本編
「また、お前か…………」
俺は、目の前のそれに向かって大きく嘆息した。
目の前の机の上には、紙と、ペンと…
「ちくわね。」
俺の幼馴染み兼恋人兼ヤンデレの大矢
俺達が今いるのは真っ白な、縦長に六畳くらい広さのある部屋。密室である。
この部屋には自ら進んで閉じ込められたと言って良い。
何故ならこれは、所謂リアル脱出ゲーム。
俺達はこれまでに9つの関門を突破し、最後の謎解きに挑む為、この部屋のドアを開けた。
部屋の中を見回す俺達を尻目にドアがゆっくりと閉まり、カチャッと音がして施錠された事が分かる。
細長い部屋の奥、入り口と正反対の場所にドアがあり、謎が解ければあそこから出て無事にゴールのはずだ。
つまり、入ってきた入り口を俺達が通る時は、即ちリタイアの時を意味する。
部屋の中には学校で使うような机が二つ配置され、手前の机にそれらが乗っていた。
紙と、ペンと、ちくわ……。
俺達がちくわにまつわるエトセトラに見舞われて約一年、高校に進学した俺と芽留の目の前に、またもやこの魚のすり身が立ち塞がる事になろうとは、誰にも予想できなかったに違いない。
その時の頭を抱えたくなるようなエピソードを記憶から振り払い、俺は尚も状況を把握しようと努める。
残り時間は15分しか無いのだから。
とにかくまずはこの机の物だ。
紙は束になっており、幾つもの小さなリングで綴じられている。手に取らずとも、スケッチブックだろう事が分かる。
ペンは、極一般的な油性マジックだ。色は黒。
そして……
「紙とペンとちくわ」
芽留が改めて口にする。
「昔、そんなタイトルの歌があったと聞くわ。」
「多分、違うぞ。似てるだけだ。」
そんな歌、売れる訳無い。
ちくわはプラスチックのトレイに二本並べられており、上からラップが掛けられている。
一本のちくわには紙で帯が巻かれ、ご丁寧に「予備」と書かれている。
つまり、脱出にはちくわを一本だけ使うという事だ。
ちくわの使い道については後で考えるとして、紙とペンは…?
スケッチブックを取り上げると、その下にもう一枚の紙がある事に気付いた。
そこには、五十音順にひらがながズラリと列記されている。
これはまるで…
「ポックリさん」
「こっくりさんな。
大往生みたいに言うなよ。
そんな事言ってると呪われるぞ。」
俺の彼女はたしかに可愛い訳だが、お前ここに何しに来てんだとも思う。
ふーむ。
腕を組み、それらしく唸ってはみるが、これらの使い道がさっぱり分からない。
「ちくわをどう使うのかが鍵なんだろうな。」
「まさか……!」
彼女がはっとした顔で俺を見るが、きっと全然違う事を考えているに違いない。
ちょっと相手をして漫才をするのも魅力的だが、残り時間を考えスルーを決めた。
俺はもう一つの机の前に進む。
こちらは机の上に丁度同じ大きさの小箱が置かれ、手前に椅子が用意されていた。
小箱には暗幕のような黒い布が覆われているが、手前と奥には掛かっていない。
手前には、椅子に座るとちょうど目の高さに半球状のプラスチックの突起があり、真ん中に大き目の穴が空いている。
窓……?
突起を触ると、パソコンのマウスのトラックボールのようにくるくると動く。
立ち上がり、今度は反対側に回ってみる。
裏側は取っ手が取り付けられており、引いてみると手前に倒れるように板が外れた。
裏蓋のようなものだろうか。
天井に薄い照明の様な物が付いているが、反対の突起に空いた穴から光が差している以外に明かりは無い。
もう一度裏蓋の内側を見ると窓のレールのようなカギ型の部品が上下に付いている。
これは。
ひらがなの列記された例の紙を差し込むと、ピタリとサイズが合う。
「なるほど、多分わかったぞ。」
「ちくわの穴、ね?」
「そう、それだよ!」
俺は珍しく正解を口にした彼女を褒めようと立ち上がった。が。
「……お前、何してんの…?」
「ん?」
彼女がキョトンと小首を傾げながら俺を見る。
文句なく可愛い。
だが、ちくわを食べながらじゃなかったら、もっともっと可愛かったはずだ。
「食べちゃダメでしょ!
拾った物食べちゃダメだし、後それヒント!」
荒い息で俺は叱ったが、正しく彼女に伝わっているのだろうか。激しく心配だ。
仕方なく俺は予備のちくわを持ち出す。
きっと予備が用意されているのって、こういう事なんだろうなと妙に納得しながら。
俺はちくわ片手に小箱の突起に近付く。
突起にぽっかりと空いた穴には、案の定ちくわがピタリと収まった。
そのままゆっくり押し込むと、やがてちくわが行き止まり、続いて微かな駆動音が箱から響いた。
椅子に腰掛けてちくわの穴から覗くと…
「こ?」
「こ?」
箱の中ではLED照明が点灯しており、穴から見える位置に先ほどセットした紙の「こ」の部分が見えている。
俺の呟きに芽留がオウム返しをしたところで、グリンと突起ごとちくわが動き、次の文字を示した。
「う?」
「う?
こ、う……?
コウノトリね! コウノトリが運んでくるのね!」
「いや、違うと思うよ…?
結論出すの早すぎだし…。
とりあえず芽留、俺の言う言葉をそのスケッチブックにメモして!」
何を運んでくるのかについては、怖くて言及していない。
その後、何度かちくわが指し示す言葉を順に読み上げていくと、やがて箱の中の照明が落ちて真っ暗になった。
ヒントは全て出た、ということだろう。
俺は芽留の書いたスケッチブックの文字を読んだ。
「こうはくといえば」
紅白と言えば、かな?
かなり漠然としている。
「結婚式ね!」
芽留がキラキラした瞳で俺を見上げてくる。
「うん、それもあるな。
他には?」
「引き出物ね!」
「うん?」
「幸せな二人の写真の入ったお皿とか、写真立てとか!」
「あの、芽留さん…?」
「ベビーカー!」
「ストップ! ストップ!
連想ゲームになってるから!」
俺は必死に暴走彼女を止める。
もちろん、引き出物の内容について触れるのはタブーだ。
ようやく黙った芽留を見ながら、しかし俺も頭を悩ませる。
紅白、ってだけじゃアバウトに過ぎるし、適当に答えても正解になるとは思えない。
そもそも、こんな形式のクイズなら、ちくわで無くても良かったはずだ。
なんで好き好んでちょっと生臭いアイテムを使わなきゃいけないんだよ…。
ん?
そこで何かが頭に引っ掛かった。
…なるほど。
俺達は二人揃って、出口のドアの前に立つ。
ドアの近くにはインターホンのような物があり、スピーカーの近くの「TALK」と書かれたボタンを押してみた。
スピーカーがオンになった気配を確認し、俺はそこで正解を口にする。
「カマボコ」
カチャッと今度は解錠の音が鳴り、ゆっくりとドアが開いた。
「カマトト?」と芽留が呟いているが、無視だ。
ちくわは昔、蒲鉾と呼ばれていた事があったという。
かつては竹輪も蒲鉾も同じだったのだ。
それが近年になり、板状の竹輪として派生し、それぞれが別の名称で呼ばれるようになった。
つまり紅白のちくわと言えば。
開いたドアを抜けると、ゴールがそこに…
無かった。
そこはまた先ほどと同じ部屋。
今度は机が一つで、すでにちくわのセットされた小箱が乗っている。
「なんで……」
やっと解放だと思ったのに…。
仕方なく、またちくわの穴を覗く。
読み上げた文字をまた芽留が書き込む。
箱の中の照明が落ち、俺は芽留の書いた言葉を眺め、首を捻った。
それはどう考えても問題とは言えなかったからだ。
それで、再びインターホンを起動し、その文章を単純にそのまま読み上げてみた。
「ちくわは全て、スタッフが美味しく頂きました」
開いたドアを抜けると、今度こそアーチ状の書き割りに「GOAL」と書かれた文字が見え、俺達は安堵の息を吐く。
そのかまぼこ形のゲートを潜りながら、俺は当分ちくわの出番が無い事を切に願った。
紙とペンと、二人の未来を覗く穴 秋月創苑 @nobueasy
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