今年度最後の報告書

山吹弓美

今年度最後の報告書

「……三月十日。活動終了、開口部封鎖。記録者、秋中海鋳カイル


 ブツブツ言いながら、部活仲間のカイルは部活動報告書に署名する。自分の名前をペンで記し終わってから、ばたりと紙の上に突っ伏した。いや、ボールペンだからインクなんてつかないだろうけど、いいのかよ。


「うごー、めんどくせえ」

「あんたの名前、画数多いもんねえ」

「せめてカタカナで付けてほしかったです、はい」


 何故か、学校机の上でクロールの手をやりながらそんなことを言うカイルの気持ちは、よく分かる。正直、私だって脳内じゃカタカナ変換だし。

 カイルの名前はそっちのほうがかっこいい名前、いわゆるキラキラネームってやつだからね。


羽住はずみもサインしといてくれよ」

「あいよー」


 顔の下に敷いていた紙を渡されて、カイルの名前の下に自分の名前を書き入れる。軽くシワになってるのは、上でカイルがクロールしたからだな。先生になにか言われたらきっちり報告しておこう。

 私の名前、羽住麻菜香まなか。これはこれで画数多いんだけどまあ、普通といえば普通の名前である。


「というか。なんで期末テストも終わってもう三学期終了ですよー、なんて時期に来やがるんだ、あいつらは」


 今学期、というか今学年での最後の部活動を終えて、カイルはまじまじと部室を見渡す。いくつかの学校机とロッカー、部活に使ういろんな道具やら室内の掃除道具やらが並んでいる、何の変哲もない部室だ。

 この部も先輩たちが卒業してしまったから、私とカイルとあと二人くらいが最高学年、ということになる。下級生も数人いるけれど、一年で使い物になったのは一人か二人ってところかな。


「あちらさんに、三学期とか春休みとかいう概念がないんでしょ」


 こちらはともかく向こうが遠慮するわけないだろう、と思うんだけど、カイルはブツブツ愚痴を言っている。耳を澄ませてみると「今日封鎖だってのに、最後の最後まで……」とか何とか。

 あまり人の愚痴を聞いているのも気分が良くないから、話題を変えよう。なんとなく、まだ帰宅する気にはならないし。


「次は四月だねえ。新入部員、来るかな」

「来てくれると嬉しいよな。先輩たちが卒業したから、軽く人手不足だし」

「今いるので……八人か。よく残ってくれたよね」


 同級生と後輩たちの顔を思い出しながら、改めて彼らには感謝する。一応私とカイルで正副リーダーを仰せつかってるのだけれど、うちの部活は結構厳しいもんなので他六人がちゃんと残ってくれただけでも大感謝、なのだ。

 だから私がそういうと、カイルはまじまじと部室の奥の壁に目を向けて、大げさに肩をすくめてみせた。


「何でこんなもん部活動にしたのか、教師どもの考えが分からん」

「そりゃもう、学校に生えたからでしょ? 異世界迷宮の入り口が」


 奥の壁には両開きの鉄の扉が設置されていて、今は南京錠……というのか、両手で持たないと持ち上げられないごっつい錠で封印されている。

 その扉の向こうには、いわゆるダンジョンへの道というか洞窟の入口がポッカリと開いているのだ。そうして、中にはゴブリンやらムカデやらといったモンスターが、時たま湧いて出てくる。

 モンスターたちを倒してその向こうを調べるのが私たち、ダンジョン部の部活動だ。


 いやほんと、誰がこんなものを高校の部活動にしようと考えたんだろう。そのうち、調べてやる。

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今年度最後の報告書 山吹弓美 @mayferia

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