この寂しいという感情を

告井 凪

この寂しいという感情を


 わたしは、便箋とペンを手に取った。



                  *



 寂しい。

 わたしの中は、寂しいという感情でいっぱいになっている。

 親友のサツキと離ればなれになった。

 ちょっと友だちの家に行ってくる、なんて感じでは行くことができない。

 中学生のわたしでは行くことのできない、とても遠い場所に。

 電話だってメールだってSNSだって連絡手段はたくさんあるけれど、会うことはできない。寂しさは埋まらない。

 引越していったあの日、わたしはもうずっと泣いていて、寂しくて辛くてしょうがなかった。いまでも寂しい気持ちがずっとあって、わたしは寂しいの塊になっている。

 わたしは怖い。

 この寂しさはいつまであるんだろう。いつか寂しくなくなる日がくるかもしれない。それが怖くて怖くてたまらない。

 サツキに新しい友だちができて、わたしにも新しい友だちができて、寂しさは紛れていってしまうかもしれない。

 こんなにも寂しくて寂しくてしょうがない気持ちが、消えてしまうのが想像できないし恐ろしい。いやだ、いやだ、寂しくなくなるのがいやだ。

 だから会いに行きたい。なんとかして会いに行きたいけど、わたし一人じゃそんなの無理だった。お小遣いをためて、親を説得して、行けるようになるのにどれだけの時間がかかるんだろう。その頃までわたしの寂しいが残っているの?

 寂しい気持ちを消したくない。

 サツキに会いたい。でも会えない。きっとまた会える。本当に?

 親の都合で引越してしまったのに。離れたくないのに離れてしまったのに。

 わたしたちにはどうにもできなかったのに。

 また会えるなんて、信じることができないよ。

 どんなに会いたいと思っていても、会うことができないかもしれない。そういうことがあるって、わたしたちは知ってしまったから!

 わたしの寂しいという気持ちには、離れてしまった悲しみと、その気持ちを失ってしまうかもしれない恐怖と、どうにもできない不条理に対する怒りがごちゃ混ぜになっている。

 息ができないみたいに苦しくて、辛くて、叫びたいこの気持ちを、わたしは書き殴るしかなくて。

 書いて気持ちをどうにかしたいんじゃない。消えてしまわないように。忘れてしまわないように。この寂しさという気持ちを残しておくために。いま思ったことを書いて、書いて、書きまくっている。

 手紙なんかじゃない。わたしの気持ちそのもの、塊、想い。ぜんぶ、込めて。

 忘れそうになっても、読み返せば、この気持ちを思い出せるから。大丈夫。

 本当に?

 それでも時間と共に寂しさが消えてしまうのを止められないんじゃない?

 消えたあとにこれを読んでも、そんな気持ちがあったね懐かしいって、思うだけなんじゃない?

 寂しい気持ちは本当に消えないの?

 いやだ、いやだ、いやだ。

 なにをしてもダメかもしれない、そんなのはいやだ。

 会いたい。会うしかない。もう家出でもなんでもして会いに行くしかない。

 結局そのあと別れても、一時でもサツキと楽しい時間を過ごせれば、離れて寂しいという気持ちが強くなるから。

 いますぐ会いたいよ。悲しいよ。寂しいよ。あぁ、気持ちがぐちゃぐちゃで苦しい。

 寂しいってどうしてこんなに辛いの。

 できるならこんな別れ体験したくなかった。ずっと一緒に楽しい時間を過ごしたかった。

 一緒に中学を卒業して、同じ高校に入って、いつまでも親友だよって言って、大人になっても、ずっと。

 サツキが言っていた。

 どうして思い通りにならないんだろうって。

 わたしも言った。

 どうしてそんな幸せな夢も叶わないんだろうって。

 ずっと泣き続けた。手に触れた涙の熱さ、今でも思い出せる。

 でも別れの日はやってきて。離ればなれになって。どうしようもない寂しさがわたしの中でいっぱいになって。

 離れたくない、別れたくない、忘れたくない、気持ちを、消したくない。

 わたしは絶対に、絶対に、絶対に! 寂しさを消さない。

 また会えるなんて、信じることができないから。

 会えたとしてもどれだけの時間がかかるかわからないから。

 この気持ちだけは絶対に消さない。

 寂しい。わたしは寂しい。

 押し潰されそうな、ぐちゃぐちゃな寂しいという気持ち。

 サツキが、大好きな親友だから。

 やっぱりまた会いたいよ。お願いだから、サツキに会わせて。会いたい。会いたいんだよ! お ねが い だれ か、 、 !




 会えたよ 会えたね



                   *



 わたしたちは、ペンを置いた。



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