受け継ぐ者

仲仁へび(旧:離久)

第1話



 唐突だが、起きたらさっそく驚いた。

 どうやら俺は、閉じ込められてしまたようだ。


 原因には、思い当たる事があった。

 直前に犯罪現場の取引シーンを目撃してしまった事が原因だろう。


 大きなトランクを引きずって、黒服の男たちが何かを話していたあの光景を。


 その直後。俺の意識が飛んで、今ここで目を覚ました。

 なので俺はきっと、取引関係の人間に頭をなぐられるなりなんなりして、こうして監禁されてしまったのだ。


 部屋の中は暗い。

 電灯がないので暗い所が苦手な人は慣れるのに時間がかかるだろう。部屋の広さはざっと大人が3、4人両手を広げて横に並べるくらいだ。


 部屋の形は正方形で、窓はない。

 扉のノブの様なものはあるが、当然ながら開かなかった。


 所持品は一応あった。

 といっても、残金200円の貧乏臭漂う財布と、継ぎ目のない大型の防水時計くらいしかないが。


 困った。

 俺は困った時でも、人から「飄々としてて、とても困った人間のようには見えない」と言われる事に定評のある人間だが、困った。


 このままここに監禁されていても良い事はないだろう。


 よくてどこかの物好きに売り飛ばされる。

 悪くて口封じに抹殺といったところだ。


 なら、やるべき事は一つだ。


 俺は、どこかに書けるものがないか探した。

 実はちょっとした得意体質なもので、何か書けるものがあればこの状況をなんとかできるのだ。


 ちょっと部屋が暗いけど、明りなんてなくても人は文字をかける。

 インクはまあ、血でいいかな。


「紙、紙、ってあるわけないよな」

「紙ならどうぞ」

「どわぁ!」


 至近距離から俺意外の誰かの声がして、その場を飛びのいた。

 視線を向けると、そこにはメガネをかけたクール系美人の、秘書風ファッション女子が立っていた。


 その人が、紙をこちらに差し出してきた。


「どうぞ」

「あ、どもども。って、普通に受け取ってどうする」


 一度床にたたきつけてみた。いきなり爆発するという突拍子の無い仕掛けがあったり、毒物で手の皮膚がかぶれたりしたらどうする。


「あ、あの一体あなたは?」


 戸惑う俺は距離を置きながら、秘書風女子に問いかける。

 相手は、こちらに一瞥することなく紙を拾い上げた。あ、何も起きない。普通の髪だ。


「私は貴方が目撃した取引中の組織の、どちらかの人間ですよ」

「は、はぁ」


 まあ、こんな所にいるくらいなのだから、そうでなかったらおかしいが。

 それにしたって、扉を開けるならもっとごつくて強い人間の方が良いのではないだろうか。

 処刑場か密輸船に詰めるなら、もっと屈強な人間の方がいいだろうに。


 それとも見かけによらず体術の心得でもあるのだろうか。

 だったら、不意を突いて逃げなければ。

 過去に色々あったせいで、運動に関すること全般は苦手だが、火事場の馬鹿時からに期待するしかない。


「本当に覚えていないのですね」

「へぁ?」

「まあ、仕方がないでしょう。ついて来て下さい、ここから逃がして差し上げます」

「はぁ……」


 一体どういうわけなのか分からなかったが、彼女はここから逃がしてくれるらしい。

 とりあえずありがたいので、大人しくついていく事にした。






 人目を忍んでどこかの建物の中を移動していく。

 どこなのか分からないが、廊下に窓が全くなかったので、地下なのかもしれない。


 順調に移動していったのだが、行き止まりにあたって困った。


「鍵が無いと開かないようですね。開きません」


 いや、開きませんて。

 人をその気にさせて置いてここで脱出終わり。はない。


「ちょっと紙かして」

「どうぞ」


 俺は、腕にある時計をカチカチ鳴らしてから、紙を貸してもらった。

 それで指の腹でも噛んで血をインク代わりにしようと思ったが。


「ペンある?」

「どうぞ」


 できる秘書は、能力も相応だったらしい。


 渡されたペンを使って「ここの鍵の形知ってる?」「確かとっては丸みがありました」聞き取りをしながらすらすらと鍵の形を書いていく。


 鍵を書き終えると、紙の中にあった鍵が浮き出て、そして本物の鍵になった。


 それを目の前のドアに差し込むと、ちゃんと回転。

 カチャリという音がして、次の区画の景色が見えた。


「超能力ですか、大したものですね」

「まあ、法律で緊急時の使用しか認められてないけどね」


 紙とペンを返して、再び腕時計をカチカチ。

 必要時以外に超能力を制御する必要があるので、超能力者は皆、抑制のための機械を身につけている。


 人によって形は様々だが、俺の場合は時計だった。


「でも、そんなささいで大した力があるから、僕達超能力者はトランクに詰めて珍しい骨董品扱いされるんだけどね」

「……」


 助けてくれた人に言うセリフではなかったかもしれない。

 秘書風女子は黙ってしまった。


「まあ、人には人の事情があると思うけど」

「……先に進みましょう」


 それからもさくさく進んで、時々行き止まりに当たっては、髪とペンと描写力を使って切り抜けてきた。


 そして、十数分かけて俺はやっと日常の空気に触れることができたのだった。






 人通りの多い大通りまでやって来た。


 ここなら仮に追手がやってきても、白昼堂々拉致される事はないはずだ。


「ここまでくればもう大丈夫でしょう。あとは警察にかけこむなりして、保護を頼んでください」

「ああ、そうさせてもらうよ。ありがとう」


 できる秘書風女子に礼を言う。


 闇組織に拉致られた証拠になるという、情報の入ったメモリーディスクを色々もたされた。


 僕は再び闇の組織に戻らなくちゃならない彼女へと声をかけた。


「お互い大変だね」 

「何の事でしょうか」

「潜入捜査官」

「……やはり、貴方もでしたか」


 幼い頃にひどい目に遭った人は、トラウマを抱えながら一生を過ごすか、立ち向かうか選択する時が来る。

 どちらが凄いとか優れてるとか言うつもりはない。

 ただ俺は後者だっただけだ。


「最初に俺と会った時、敬礼しかけただろ。動きが不自然だったから。あとは勘かな。雰囲気、君欲張れなかったな。組織には新入り?」

「ええ」


 でも一つ気になる事がある。


「参考までに一つ聞いても良い? さっきやはりって言ったのは? 俺はあそこで、一般人みたいに動揺したりはしてなかったけれど、君みたいなヘマはしてなかったはずだけど」

「5年前の人身売買。助けてくれた恩人。それだけ言えば分かりますよね」


 なるほど。

 彼女も僕と同じ、立ち向かう方を選んだ人間の様だった。


「貴方が目撃した取引の被害者は、今度は私が助ける番です」

「そうか、頑張ってな」


 手を振って別れる。

 

 その背中を見届けた後。

 俺は、近くのコンビニで購入した紙とペンと、そして想像力を使ってある物を書き、実体化させた。

 

「現実にあるものだけが、作れるわけじゃないんだよ」


 超能力者は貴重な骨董品。

 けれど一度の輸出で一人じゃ割に合わない。


 おそらく、あのトランクに入っていた被害者以外にも、大勢いるだろう。

 

「彼女の手に負えない時は、頼んだぞ」


 大きな体格をしたユニコーンたちが翼をはためかせて、空を舞う光景を見て手を振った。


 俺が一度作った物は、能力を解除してもしばらく残り続けてくれる。

 きっとちょっと抜けた新米を助けてくれるだろう。


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受け継ぐ者 仲仁へび(旧:離久) @howaito3032

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