紙とペンとスト〇ングゼロストロング

あかさや

第1話

 私は紙とペンを机に置いた。たいした理由はない。なんとなく、なにか書きたくなったのだ。


「しかし、なにを書けばいいのやら……」


 なにか書きたい、なんて思ったものの、普段からなにか書く習慣があるわけでもない私はなにを書いたらいいのかよくわからない。というか、書いたことなんてろくにないのに、どうして書きたいなどと思ったのだろう。先ほど、小説家が主人公の映画を観たせいかもしれない。


 確かに、書きたいという気持ちがあるのは間違いない。それは間違いないのだが、自分が書きたいもの、書けばいいものがよくわからないのだ。あの映画の主人公のように、普段からなにか書いている人というのは一体どのようなことを考えて書いているのだろう、と思った。


「仕方ない……なにか飲もう」


 そう思って立ち上がったが、そこで冷蔵庫の中が空であることを思い出した。仕方がないので近くの財布を持って近くのコンビニまで出向くことにする。寝間着にコートを一枚羽織って、サンダルをつっかけて扉を開ける。深夜に外出するのは久しぶりだった。


 コンビニは歩いて五分とかからない場所にある。深夜に買い物に行くことは滅多にないが、たまにそういう気分になった時に開いていると便利なものだ、と私は思った。


 外に出た。そろそろ温かくなってきた頃だが、夜になるとやはり寒い。面倒だからといってサンダルで出てきたのは間違いだったかもしれない、なんて後悔をしたが、どうせ一番近くのコンビニに行くだけなのだ。多少寒くてもいいだろう。明日も休みだし。


 そこで――


「あれ?」


 もう一つ角を曲がればコンビニ、というところで光が見えた。それが気になって足を運んでみる。


「こんなところに、酒屋なんてあったか?」


 この街で暮らすようになって十年になるが、こんなところに酒屋なんてあっただろうか? もしかしたら深夜にだけ営業している店なのかもしれない。それに、今どき酒専門の個人商店も珍しいなと思って、ちょっと覗いてみることにした。私は深夜にあるオアシスのような光を放つ酒屋へと向かう。


「いらっしゃい」


 店に入ると、店主らしき男が声を出した。どうにも奇妙な男である。年齢もよくわからないし、その顔に個性というものはまるでなく、目を逸らしたらすぐに忘れてしまいそうだった。


 とりあえず、冷蔵ケースの中を見てみる。そこに並んでいるのはどこかで見たことあるようなパッケージをした酒が売っていた。なんだろうこれは。某国製のパクリ製品だろうか?


 もしかして、私は変な店に足を踏み入れてしまったのではないだろうか、そんなことを思った。


 だが、この歳にもなって、深夜にひやかしというのもなんだかいい気持ちがしなかった。怪しいパクリ製品であっても構わない。どうせ酒なんて飲んでしまえば全部同じだ。まずかったら二度とここに来なければいい話である。そんなことを考えながら冷蔵ケースを眺めていると――


『スト〇ングゼロストロング レモン味』


 中毒性が麻薬よりも危険とか言われたことのある有名なストロングチューハイの明らかなパクリ製品と思しきものがあった。


 明らかに怪しげな商品だと思ったが、これにしよう。スト〇ングゼロのパクリ製品ならそれなりにうまいだろ、と思ったからである。冷蔵ケースから五百ミリの缶を二本取り出して店主が座っているレジへと向かう。


「あれ、お兄さん、もしかしてウチはじめて?」


 レジに向かうと、店主に話しかけられた。一瞬、どう答えたらいいのか迷ったものの、「はい」と頷く。


「じゃ、今日はお試しってことで安くしてあげるよ。二百円ね」


 店主は特徴のない声でそんなことを言う。


 安くしてもらえるのはありがたいが、酒は原価よりも安く販売するのは駄目なんじゃなかったっけ? と思ったが、口には出さなかった。このゆるい感じも個人商店じゃないとできないことなのだろう。私は財布から二百円を取り出してトレイに置いた。店主は「まいどあり」と言って、その金をレジに入れ、スト〇ングゼロストロングをビニール袋に入れ、私にレシートと一緒に手渡す。それを受け取った私は、歩き出した。


 自動ドアが開いた時、店主がやはり特徴のない声で「ありがとうございます」なんて言うのが聞こえた。


 暗い夜道を歩きながら、いましがた買ったばかりの酒が入ったビニール袋を見る。何故か知らないが、無性にドキドキしていた。変なパクリ製品を買ったせいか、それとも相当安く売ってもらったせいなのか、よくわからない。


 すぐに自宅に辿り着いた。コートを脱いで、再び机に向かう。机に置いてあるのは、紙とペンとスト〇ングゼロストロングの入ったビニール袋。


「買ったし、飲んでみるか……」


 私は、少しだけ逡巡したのちにスト〇ングゼロストロングをビニール袋から取り出した。スト〇ングゼロストロングの缶は、異様なほど冷たい。プルタブを開ける。それから、缶を呷って一気に流し込んだ。


「おお」


 怪しげなパクリ製品だと侮っていたが、これが意外なほど、というか本家のスト〇ングゼロよりも美味しかった。適度な甘みと苦みが心地よい。脳に直接、快感物質を流し込まれているのではないかと思うほど美味だ。これが百円なら安いものだ。いや、これほどうまいのなら正規の値段で買ってもいい。


「なにか、アイデアが降ってきたぞ……」


 スト〇ングゼロストロングを飲んだ途端、天啓を得たかのようにアイデアが思い浮かんだ。忘れないうちに書き留めておかなくては。私はスト〇ングゼロストロングを呷りつつ、ペンを走らせていく。これは、すごいものが書ける。そんな確信があった。




「あ……」


 気がつくと私は机に突っ伏していた。書いている最中に寝てしまったらしい。机には空になったスト〇ングゼロストロングの缶が二本残っている。


「なんか、すごいアイデアが浮かんだような気がするけど、なにを書いたんだっけ……?」


 そう思いながら、机に置いてあった紙を見ている。そこには――


 ルーズリーフに書かれていたのは、明らかに日本語ではない言語で書かれた文字の羅列。いや、日本語どころではない。人間が使っているとは思えない文字がそこに書かれていた。しかも、ストックしてあったルーズリーフすべてがその文字で埋め尽くされている。


「これ……俺が書いたのか?」


 自分が書いたと思われる謎の文字の羅列に、私は恐怖を抱いた。自分がわけのわからない文字を異常なほど大量に書いたことも、それを書かせるに至ったスト〇ングゼロストロングにもだ。


「美味かったけど、あれを飲むのはやばいかもしれない……」


 私はそんなことを思いながら、スト〇ングゼロストロングの空き缶を持って台所に向かった。

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紙とペンとスト〇ングゼロストロング あかさや @aksyaksy8870

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