バカップル事変

新巻へもん

赤い稲妻vs青い流星

 小惑星ガリレオ391から5万キロメートルの距離に浮かぶ内惑星連合所属の巡洋艦SCハリマの艦橋から待機中のエリック・アンダーソンに指示が出た。


「アンダーソン大尉。我が方の揚陸艦に敵の機動兵器が接近中だ。揚陸艦を支援せよ」

「アイアイ。準備良し。発艦許可願います」

「アンダーソン大尉。発艦を許可する」


 エリックがスラストレバーを一杯に引く。猛烈な後方へのGが加わって、エリックの乗機パルサmkⅡ重装改はハリマの甲板から出撃する。ヘルメットからオペレータの声が入った。

「相手はガウディ、赤い稲妻だ。気を引き締めていけよ」


 3年前に一旦終結した太陽系防衛作戦で、異星人の戦艦2隻、機動兵器6機を撃破して一躍名を馳せたバーバラ・シュワルツが相手だと聞いて、エリックの体に緊張が走る。その功績で赤い稲妻の名で呼ばれるようになったバーバラは外惑星連合で1・2を争う凄腕のパイロットだった。


 一応エリックもその乗機の色から青い流星というこっぱずかしい名前を頂戴していたが、バーバラの腕前はエリックを戦慄させるのに十分だった。


 エリックの乗機パルサは大型で接近戦用の兵装も備えた耐久性の高い機体だ。対するガウディはヒットアンドアウェイに優れた高速の機体。優劣はつけがたい最新鋭のモデル同士だが、一騎打ちとなるとややガウディに分がある。


 味方の揚陸艦とその進路を塞ぐガウディの機体がコクピットのモニターに映し出された。その後方には敵方の揚陸艦の姿も見える。幸いなことに双方ともまだ戦火を交えていなかった。


 出撃前のアサクラ艦長からの説明がエリックの脳裏に蘇る。

「まだ異星人の侵略を完全に退けたわけではない状況で全面的な交戦をするのはまずい。お互いの人的損失が発生しないように最大限の注意を払え。先方も恐らくその点は同じだろう」


 アサクラ艦長の見立ては甘い。エリックはそう思い、重い息を吐く。いや、艦長はあのことを知らないからな。


 エリックとバーバラは一時期恋仲だったことがある。先の大戦中、特別休暇で訪れたリゾート人工衛星シャングリラでのこと。エリックは散歩中に湖の側の道でぬかるみに車輪をとられたバギーが脱出するのに手を貸した。そのバギーの運転手がバーバラで、泥を大量に浴びたエリックをバーバラがコテージに招待し、その日のうちに関係を持った。


 明日の命も分からぬ生活だ。そういう関係になるのは良くある話だった。それから5日間、体力の続く限り二人はお互いを求め合った。


 休暇が終わり、シャングリラの宇宙港で熱い抱擁を交わすまでは良かった。再会を期してお互いの連絡先を交換しようとしたあたりから急激に様子がおかしくなった。エリックが内惑星連合の軍人と知って、バーバラの態度が急変する。激高してエリックに騙したわね、となじったバーバラはエリックに平手打ちを食らわせ足早に去って行った。それから5年……。


 パルサの接近を感知したガウディは揚陸艦から離れるとエリックの方に高速で接近を始める。そして、ガウディの両肩の装甲版が開くとミサイルを斉射した。


 エリックは愕然とする。まさか無警告で攻撃してくるとまでは想定していなかった。パルサの姿勢制御用バーニアがフルパワーで吠える。しかし、これでは回避に間に合わない。エリックは前方にデコイを発射し、フレアをまき散らしながら、メインバーニアを吹かす。


 ミサイルはデコイとフレアに惑わされて大半がそれたが、1発がパルサを追尾し近接信管が作動する。ガンという衝撃がパルサに走った。幸い直撃ではなく装甲の厚いパルサなので大きなダメージにはなっていない。


 エリックは通信回線を開くと喚いた。

「おい。いきなり撃ってくんな。死ぬところだったぞ」

 それに対しての返答はガウディから発射されたビームだった。


 回避行動を取りながら、エリックは再び叫ぶ。

「おい。バーバラ。いい加減にしろ。どういうつもりだ?」

「あんたを殺すに決まってるじゃない」

「ちょっと待て。なんで俺を殺す必要がある。お前も軍事衝突は避けるよう言われてるはずだろ?」


「そんなのは関係ない」

「まて、落ちつけ」

「うるさい。落ちろ、落ちろ、落ちろ~」


 ガウディから連続でビームが放たれる。全部はかわし切れず、左肩に1発食らった。鏡面仕上げの装甲がビームに抵抗し明後日の方向に弾く。

「さすがにシャレにならんぞ。いい加減にしろ」

「えーい。うるさい。よくも私を弄んだな」


「弄んだ? なんのことだ?」

「忘れたとはいわせないぞ。シャングリラで私をどれだけ……」

「いや、あれは合意のうえだろ」

「毎晩、毎晩、何度私を……。さんざん遊んで捨てるつもりだったんだろう? このクズ」


「良く分からないぞ。コテージに誘ったのはお前じゃないか」

 エリックは回避行動を続けながら話しかける。時折、ミサイルだのビームだのがパルサをかすめ、その度にモニターの端の機体を表す3Dモデルに赤い部分が増えていった。


「お前が内惑星の奴だと知っていたら、あのようなこと……」

「言わなかったのはお互い様だろう」

「いや、お前は私が外惑星の所属と知っていて、遊ぶだけ遊んで逃げるつもりだったくせに」


「宇宙港で再会を約そうとしたら、急に怒り出して去って行ったのはバーバラ、君の方じゃないか」

「うそをつくな」


 パルサのモニターは今や赤い警告ランプがひっきりなしに明滅している。チャンスは1回きり。ガウディの両足の装甲版が跳ね上がった瞬間にエリックはスラストレバーを思いっきり引いて急加速する。ミサイルが飛んできたが安全装置が作動中のため機体に当たっても爆発しない。


 そのままの勢いでパルサはガウディに突っ込み、回避行動を取ろうとするガウディを捕まえた。後ろに回り込み機体の手足を絡ませる。

「くそっ。殺せっ。殺せっ!」

 通信回線をバーバラの悲痛な声が満たす。


 エリックは落ち着いた声で言った。

「ふう。情熱的なのはいいが、さすがに山猫すぎる。殺せるわけがないじゃないか。私の妻になって欲しいという女性を」

「……」


「あの時はまだ異星人との戦いがどうなるか分からなかった。戦いが終わったら迎えに行こうと思っていたんだ。もっと早く、あのコテージで伝えていれば良かった。気が効かなくて申し訳ない。私と結婚してくれないか?」

「騙されるものか」


「騙してなんかいない。私は本気だ」

「うぐ。私はお前を殺そうとしたのだぞ。それなのに……」

「まあ、これで最後にしてほしい。流石に心臓に悪い。赤い稲妻ともう1戦するのは御免だ」


「本当なのか」

「もし、嘘だったら、地上に降りてからブラスターでも棍棒でも好きなもので私を殺すがいい。生身の方が手ごたえがあっていいだろう?」


 通信回線を嗚咽の声が満たす。やがて、か細い声でバーバラが言う。

「信じていいんだな」

「もちろんだ」

「なら、答えはイエスだ。プロポーズを受ける」


 エリックは体全体をつかって息を吐きだす。全身から汗が噴き出ていた。

「バーバラ。愛してるよ。今日は大変な日だったが忘れられない日になりそうだ」

「エリック。私もよ。愛してるわ」


 そこへ、ヘルメットのスピーカーから声が入ってきた。

「あーあー。こちらは艦長のアサクラだ。交戦中だったので規定によりこちらからの通信は控えていたが、もう大丈夫なようだな」

「艦長?」


「アンダーソン大尉。そういう会話は限定回線で行い給え。回線のスイッチを確認するべきだったな。君たちのアバンチュールの話を聞かされるクルーのことも少しは考えてほしい。まあ、とりあえず、結婚おめでとうと言っておこう」


 その日、エリックは精神的に死んだ。

 こうして、後にバカップル事変と呼ばれるガリレオ391紛争は幕を閉じる。

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