匣の中の睦言 ~ 怪異譚は眼帯の巫女とたゆたう ~

佐久間零式改

匣の中の睦言(はこのなかのむつごと)



 目を開けるの。


 視界がぼやけていて、目の前に何があるのかさえ捉える事ができないの。


 光が一気に届いたからなのか、明滅を繰り返した後、ようやくピントが合ってきたの。


 何かが見えるの。


 輪郭があやふやになっていて、最初はとりとめのないものかと思っていたのだが、段々と人の顔だと判別できてきたの。


 見慣れているはずなのに、どこか懐かしい人なの。


 誰なのか分かっていても、視界に入るとこそばゆさと嬉しさがこみ上げてくるの。


「目覚めましたか?」


 私が目を開いたのを観取したからなのか、そんな柔和な声が投げかけられたの。


 これまでと同じように流香は私の傍で添い寝してくれていて、私が覚醒するのを待っていてくれたようなの。


「……私、今、流香と一緒にいるの?」


 私にはあるのかどうか分からない心を和ませてくれる声音なの。


 それだけで私は胸の辺りがそわそわしてくるの。


 匣のような小さな部屋に閉じ込められている私にとっての唯一の話し相手は流香だけなの。


 嬉しくない訳はないの。


「あなた、本当に流香なの?」


 私よりも大きな流香に触ろうと手を伸ばすと、流香はそんな私の手を受け止めてくれたの。


 流香の手は相変わらず大きくて、握ってしまうと私の手が包まれそうなの。


「ええ、稲荷原流香ですよ」


 流香は私に笑いかけてくれたの。


「相変わらず姉さんも一緒ですよ」


 そう言って、流香は左目の眼帯を少しずらして、稲荷原瑠羽の魂を見せてくれたの。


 ゆらゆらと揺らめいているけど、私を見て喜んでくれているのが分かって、私も嬉しくなるの。


 嬉しいの。


 嬉しいの。


 嬉しいの。


 流香の指に触れるの。


 私と違って、ふっくらとしていて温かみのある優しい指なの。


「ふふっ、くすぐったいですよ」


「……私、今、私の傍に流香がいるの」


「ええ」


「……私、今、嬉しいって感じているの」


 私は柄にもなくはしゃいでしまうの。


 ついつい、流香の指先をふにふにしてしまうの。


「どうしてそんなに嬉しいのです?」


 流香は目を細めて微笑んで、私を見つめてくれているの。


 出会った時の殺伐さとプレッシャーの片鱗はもうそこにはなくて、嬉しくて仕方がないの。


「……私、今、流香に抱きしめられたいの」


 流香と触れあっている以上の幸福感はないだろうと思いながらも、そうおねだりをしてみるの。


「ええ、じっとしていてくださいね」


 器用に手を伸ばして私を掴むと、細心の注意を払いながら流香の胸もとへと導かれたの。


 私にはない流香の胸と腕とかが私を包んでくれるの。


「……私、今、流香に抱かれているの」


「これでいい?」


「……私、今、幸せを感じているの」


「……そう。なら良かった」


 流香の腕も、胸もどこか繊細なの。


 私のは華奢と言うよりも壊れ物だけど。


「……私、今、流香を怖がらせてない?」


 みんな私を怖がっていたの。


 でも、流香は違っていたの。


 だから、好き。


 絶対に好き。


 でも、私の好きは流香には届かないの。


「あなたは可愛いですもの。怖いなんて全然感じませんよ、


 そういえば、私はそんな名前なの。


 流香に部屋のような小さな匣に封印されてからは、名乗る事がなくなってすっかり忘れてしまっていたの。


「私、メリーさん。今、流香と一緒にいるの」


「ええ」


「私、メリーさん。今、流香に抱きしめられて幸福感で満たされているの」


「……私で良かったの?」


 流香は封印しながらも、こう言ってくれたの。


『壊すのは簡単だけれども、あなたは封印してあげた方がいいかもしれないわね。別のメリーさんが生み出されてしまうだろうから。あなたはきっとさみしがり屋だから、たまに逢いに行くわね。だから、封印しても寂しがらないでね。私がきっと話し合いにてなってあげるから』


 その言葉に嘘偽りはなくて、時としてこんな小さな匣の中で人形の私と逢瀬してくれるの。


「……私、メリーさん。今、封印されているけど、流香と入れて幸せなの」





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