【KAC3】百年の恋

牧野 麻也

百年の恋

 ワタシは腐ってた。

 いや、物理ではなく。精神的にね。


 数百年生きた『千年の魔女』と呼ばれ恐れられたワタシですらも、心が折れちまえばただのババアだよ。


 先の戦いで魔力も封印され、若い身体を維持する事も出来ず。軟骨が減って痛む膝と腱鞘炎が頻発する腕、立ち上がるたびにクキっという腰を抱えつつも、死ぬ事も出来ずにただボンヤリと森の奥の屋敷に引きこもってたんサ。


 そんなある日。


 突然家宅侵入してきた若造に、こう言われたんだよ。


「結婚してください」


 とうとう、幻聴まで聞こえ始めたんかと思ったよ。


 ***


「一目見た時から決めてました! お願いします!!」


 部屋の扉を壊さんばかりの勢いで開けて飛び込んできた若造──金髪碧眼で物々しい鎧を纏った若い人間の男──が、ズビシと右手を真っ直ぐにワタシに差し出し、腰を九十度に曲げて頭を下げた。

「何をだい?! 一目見た時も何も、今が初見だろうが?!」

 若造が入ってきた扉から遠く距離を取っておののいていると、若造がガバリと顔を上げて、白い歯をキラリと覗かせて笑顔になる。

「時間なんて……最早もはや俺たちの間には障害にすらならないよ」


 その笑顔が逆に怖い。

 しかも、言ってる意味がよく分からない。


「それに、一体突然何なんだい?! 人の家に突然押し入ってきて! 何者だい?!」

「ああ、これは失礼。雷に撃たれたかのような衝撃を受けて、名乗るのを忘れてしまっていたよ。ウッカリな僕で……ごめんね。ははっ……恥ずかしいな」

 恥ずかしいどころじゃなかろうが。

 名乗る前に求婚する事が『恥ずかしい』で済ませられるぐらい、今の時代は変わっちまったのかい?

「俺はアデルバート。国では『勇者』と呼ばれているよっ」

『よっ』の瞬間、バチコンとウィンクを飛ばしてきたのでハタき堕としてやった。

「勇者……?」


 その単語に、ワタシはピクリとする。

 何を隠そう(隠してないけれど)、ワタシの魔力を封印したのも『勇者』と呼ばれる存在だった。

 もっとも。それは百年前の出来事であり、この若造と似ても似つかぬ男だったが。


「やっと追いついたぁ。アデルってば、早いよぅ」

 やけにブリブリした走り方に、妙に鼻にかかった甘ったるい声。完全に下着と断言出来そうな面積の少ない布に、はち切れんばかりの乳や尻を詰め込んだ女が、パタパタとワザとらしい足音を立てて部屋の中に入ってきた。

「一人で魔女を退治しちゃうつもり? んふっ。ズルいー。一緒にヤリたいのにィ」

 一言一言が、こちらの神経を逆撫でしてくる。

 やめとくれ。最近更年期でただでさえイライラし易いんだからサ。


 そんな女の登場に気を取られている隙に、いつの間にか音も無く肉薄してきた若造が、立膝になりワタシの手をとって、口付け──

 しようとしたので、ヤツの人中(※鼻と口の間の急所)に裏拳を叩き込んでやった。

 痛みに仰け反り、顔面を抑えてゴロゴロ転がる若造。

「あー!! ババア! 私のアデルに口付けさせたわね?! 何なのアンタ?!」

「どこをどう見たらそう見えるんだい?!」

「酷いわズルイわ羨ましいわ! よし。私もっ!」

 なんかよく分からない抗議の声を上げた女が、重力無視して乳をブルンと震わせた後、床に転がる若造の顔をガッチリと掴んで唇を寄せる。


 しかし、女の唇は自分の手にキスをした。

「ふっ。残像だ」

 音も無く、若造はワタシの横へと戻ってきた。

「あぁ〜ん! アデルのいけず!!」

 それを見て、クネクネと身体をよじらせて身悶える女。


 え。何これ。何のコントだい?


「いいかげんにおし。さっきから何なんだい? アンタ『勇者』なんだろう? って事は『千年の魔女』を倒しに来たってところかい。

 でもね、もうここにははいないよ。いるのはただのしなびたババアサ。

 それに、今は戦争もない天下泰平の世の中。元魔女を今更ほふっても、大した名誉にはならんだろうに」

 若造からサッと距離を取り、ワタシは腕組みして意味不明な二人を交互に見やる。

 すると、若造はその輝かんばかりの金髪をフワリとさせて首を横に降り、肩をすくめてみせた。

「ああ、そうだな。確かに、ここには千年の魔女は、もういない。

 いるのは──囚われの姫だ。美しい姫が一人、寂しさと寒さに肩を震わせ、怯えて小さくなっていただけだったよ」

「寒さって何サ。今は夏だよ猛暑だよ」

「俺は、そんなか弱い姫を自分の気持ち優先で怯えさせてしまった。ははっ。笑うといい、そんな滑稽な俺を」

「髪の毛ほどの隙もなく笑えやしない。姫って誰サ」

「最初は半信半疑だった。でも、一目見て分かったんだ。やっぱりだったって」

「お願いだよ。会話しておくれ……」

「そしてそれは間違いなく──」

 私の疑問に、若造がゆらりと動く。

 危ないと思って横に避けようとしたらその先に、瞬間移動したかのような速度で若造が待ち構えていた。

 回り込まれてしまった!!

 意図せず若造の胸に飛び込む形となり、腕に両肩をガッチリ掴まれてしまう。


「この皺々で潤いのない肌、深い谷の如く刻まれたほうれい線。水分を失ってカラカラな髪。何もかもが美しい俺の姫──キミ・さ☆」

「キモい!!」

 わずかだが身体に残る魔力を放出し、若造の身体を跳ね除けた。

 たたらを踏むが、大した衝撃も受けずに体勢を立て直す若造。

「ふふっ。恥じらうキミも素敵だよ」

「やめとくれ気色悪い!」

 マジものの悪寒が足元から脳天へと突き抜けていった。

「あァ〜ん! じゃあ私を代わりに受け止めてっ!」

 半分裸の女が、ブリンと尻を突き出しよく分からないポーズを取ると、先程のパタパタ走りが嘘じゃないかというスタートダッシュをキメて、若造の胸の中へと飛び込む。


 しかし、若造は女にサラリと払腰を放って床に転がした。

 上手く受け身をとった女は、いつの間にか取り出したハンカチをキィィと噛み締めて悔しがる。

「悪いなビビアン。もう俺のこの胸は、彼女専用のものとなったんだ」

「アデルの意地悪っ! ……でも、そんなところがス・テ・キっ」


 何処かで練習でもしたのかってぐらい、自然な流れだね。コントだろ。やっぱりコントなんじゃないのかい?


「分かった。──いや、本当はよく分からないけれど……アンタは千年の魔女を倒しに来たんだろう? で、多分、おそらく? きっと、色仕掛け? で油断した隙を突いて倒そうって魂胆だろう? (むしろそうであっておくれ)

 なら話は早い。サッサとこのババアの首を持ってっちまいな。

 ワタシゃこの世に未練なんか、とっくの昔になくなってンだよ」


 そう、あの瞬間から。

 もう、ワタシに生きる意味なんて、本当は、ない。


 こうして無様に生きてるのは──の最期の言葉を、情けなくも守っちまっているからだよ。


「もう──待つのにもくたびれたよ。

 そろそろ終わりにしようかね」


 待ってたって、はもう来ない。

 百年待った。

 もう、いいだろう?



 あの人──国の為、千年の魔女に戦いを挑んできた、百年前の勇者。

 ワタシと刺し違え、ワタシの魔力を封じる事で命を散らした、あの人の言葉。


 ──生まれ変わったら、今度はキミに、剣を向けるのではなく、真っ先に愛を伝えるよ──


 勇者の寝首をかく為、ワタシは身分を偽って勇者と一緒に旅をした。

 その時、ワタシは勇者を……好きになってしまったんだよ。

 勿論その事は秘密にして。


 しかし。

 状況とは残酷だ。

 ワタシは正体を暴かれ、勇者とワタシは戦わざるを得なかった。


 彼の身体を貫いた瞬間──彼の口から漏れた言葉に──



 愛しい人をこの手で殺した事により心が木っ端微塵になったが……ワタシは待っていたのだ。

 あの時の勇者様を。


 でも、もういいさね。


「ちょうど良いタイミングだったんだよ。

 さ。ほら、一息にやっちまいな」

 ワタシは、カッサカサに乾いた藁のような髪をかきあげ、首を露わにする。

 いくらなんでも、自分の首がカッ斬られる所は見たくなく、ワタシは目を閉じた。

 床をブーツで踏む、軋む音とコツコツという足音が聞こえる。


「だから最初から言ってるじゃないか。

 側で聞こえた若造の言葉に、ワタシは驚いて目を見開く。

「アンタなんでワタシの名を?! その名前は、もうこの世で知ってる者はいないハズだよ?!」

「そうだね。知らないだろう。

 若造が、優しげで柔らかな目でワタシを見ていた。

「言ったろう? って。

 多少衰えたって、キミの美しさは百年前と変わっていないよ」

「もしかして……」

「約束、覚えてる? 生まれ変わったら、今度はキミに、剣を向けるのではなく、真っ先に愛を伝えるよって」


 その言葉、忘れるわけがない、間違えるわけがない、その言葉は──


「まさかっ……」

「待たせたね、シーラ。迎えにきたよ」

「グレッグ……アンタなのかい?」

「ああ。今はアデルバートだけどね。生まれ変わる前の事はよく覚えていないけれど、キミの事だけは忘れなかったようだよ。

 愛しい俺のシーラ……」


 若造──私の愛した百年前の勇者、グレッグ──は、そっと私の身体を抱きしめた。

 今度は、悪寒も感じず、むしろ安心感が心の底から沸き起こってきた。


 本当に、本当に来てくれた。

 半ば諦めていたのに。

 もうダメだと思っていたのに。


 若造から身体を離して溢れる涙を拭いつつ、ワタシは若造の顔を見上げる。

 面影は全くない。

 でも、あの言葉を一言一句間違えずに言ってくれた。

 だから間違いない。

「やだよ……ワタシだけ、こんな皺々のババアになっちまって」

「ははっ。そんな事ないよマイハニー。

 ……むしろ、いい」


 は?


「弛んだ皮膚、細かい地割れのような顔の皺、枯れ木のような腕に、カサカサな首……堪らない」


 ゾッという、心底恐ろしい悪寒を感じて身を引く。

 若造の顔は……ウットリとしていた。

 え……まさか……


「老け専っ……」

 少し離れた所で立ち竦んでいた女が、微妙な顔をしてボソリとその言葉を漏らす。


「さあ! シーラ! すぐに街へ行って式を挙げよう!!」

 若造が、鼻息荒く目を若干血走らせてにじり寄ってくる。


 思わず


「お断りだよっ!!」


 百年待ったハズの愛しい人を、ワタシはそう言って全力拒否をしてしまうのだった。



 了

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