巫女衣装を脱がさないで

kanegon

巫女衣装を脱がさないで

「はぁ? 除霊? なんでそれを俺に頼むのさ?」

「あんた、お寺の息子でしょ? お経とか読めるし、僧衣を来たままバック転やジャグリングや車の運転ができるとか自慢していなかった? だったら除霊とかもできるんでしょ?」

「いや、そりゃ、檀家さんから悪霊退散とかの依頼も確かに来るけどさ。あと、俺はまだ高校生だから車の免許は持っていないぞ」

「車は運転できなくても、除霊さえできれば十分よ」

「除霊をやるにしても、タダじゃないよ」

「せっかくウチの神社まで来てもらったんだし、勿論謝礼は払うって。そうねえ。来年のクリスマスプレゼントは通常よりも奮発するってことで、どう?」

「今、三月だから、九カ月後ってことか」

「違う違う。今年、じゃなくて、来年、のクリスマスだから。一年九カ月後ということでヨロシク」

「……おいおい。そもそも神社の娘がキリスト教のイベントの話をしているって、どうなんだろうね」

「それを言ったらお寺の息子のアンタだって、わたしにクリスマスプレゼントくれたでしょ。それもよりによって十字架のペンダント」

「文句あんのかよ? だったら毎○香の方が良かったか? そもそもなんで仏教のオレに頼むんだよ。自分の家でやればいいだろう。神社の娘で、巫女なんだろう?」

「わたしは神社の娘なのは事実だけど、巫女ではないわよ。一般人だから」

「え、でも、今も巫女衣装着ているじゃん。馬子にも衣装だけど」

「これは趣味のコスプレだから」

「コスプレだったんかよ! 紛らわしいなオイ!」

「他にもメイドとか魔法少女とかケモミミとかもやっているのは知っているでしょ?」

「……ま、まあ、神社の娘ではあっても、巫女衣装を着ているだけのコスプレだってことは分かったよ。でも、除霊だったら親父さんに頼めばいいじゃないか。お父さんは本当に神職なんだろ?」

「そうだけど、丁度今、両親は旅行に行っていて不在なのよね」

「帰って来てからじゃダメなのか? 連絡してみれば?」

「ダメね。急ぎだから、こうしてアンタに頼んでいるんでしょ。それに、両親は今海外旅行だから、連絡したからってすぐには帰って来られないしね」

「海外って、ご両親、そんな遠くへ行っているのか?」

「魅力満載、仏教王国タイ七日間、だって」

「仏教王国かよ! 神社の神職が行くなよ。宗教違うだろ」

「そういうことだから、両親には頼めないのよ。だからさっさと、耳なし芳一に出てくる悪霊を祓ってほしいのよね」

「耳なし芳一に出てくる悪霊?」

「そう。夢に出てきたのよ。それで、朝起きてみたら体がずっしりと重くなっていて、悪霊に目をつけられたんだってことが霊感で分かるのよね」

「本物の巫女ではなくコスプレイヤーなのに、霊感あるのかよ?」

「別に神社やお寺の子どもじゃなくても、警察官や音楽プロデューサーや製薬会社社員の子どもでも霊感ある人はあるでしょ」

「まあ、そんな悪霊が本当にいるとしたら、対処法って一つしか無いじゃないか」

「どうするの?」

「耳なし芳一の物語通りだよ。全身に筆でお経を書き込んで、やり過ごすんだよ。当然耳も忘れずに」

「えっ、、、、、そ、それって、すごく、恥ずかしいんだけど・・・・・・///」

「筆と墨を使わせてもらうよ。とりあえず俺はそっちの準備するから、服を全部脱いで待っていてくれ」

「え、いや、ちょ、待……」




「……って、脱いでねぇし。それどころかコスプレの巫女衣装のままだし」

「当たり前でしょ。アンタ、わたしを裸にしたいだけでしょ。お寺の息子のくせにエッチで煩悩だらけなんだから。今度の大晦日、除夜の鐘に対して『うるさくて近所迷惑だからやめてください』って匿名で苦情電話してやるんだから」

「いや、マジだって。耳なし芳一の話、知っているだろう? てか、そんなにイヤなら、俺はもう帰るから、自分で書けばいいだろう」

「……はっ、言われてみればその手があったわね」

「でも、仏教のお経なんて知っているのか? 漢字を間違えずに書けるのか? それに、背中に手が届くのか?」

「うっっっっ、や、やっぱり、アンタが書いてよ。と、とりあえず、今のままでも肌が露出している手から書いてよ」

「分かった。じゃあ右手から始めるか」

「ちょ、どさくさに紛れて指を握らないでよ。は、恥ずかしいでしょ」

「動いたら安定が悪くてちゃんと書けないんだよ。だったら、腕をテーブルの上に置いてくれよ」

「……ほら、……ちょ、く、くすぐったいって」

「体をクネクネさせないでくれ。字が曲がってしまう」

「しょうがないでしょ。くすぐったいのは事実なんだから」

「……色不異空、空不異色、色即是空、空即是色。はい、次はどこに書く?」

「それなら、忘れないうちに耳に書いておきましょうよ。耳を忘れちゃう、なんていういわゆるお約束は確実に潰しておかないと」

「分かった。じゃあ、動くなよ」

「ちょ、耳に息を吹きかけないでよ!」

「無茶言うな。息をしなかったら死んでしまうだろうが」

「だからって耳に目がけて息を吹きかけることないでしょ。それに、筆がくすぐったいってば!」

「……ふう。耳に書くだけで一苦労だな。こりゃ謝礼を高く貰わないと割に合わないぞ」

「だからそれは来年頑張るから……じゃあ次は、尻尾で」

「いや待てや。コスプレの尻尾なんて、外せばいいだろう。そもそも尻尾にどうやってお経を書くんだよ。それ以前に、墨で本当に書いちゃっていいのかよ?」

「後でなんとかして洗う。落ちなかったら、その時はもう仕方ないけど」

「だから外せばいいじゃん」

「ダメよ。ケモノのパーツを外しちゃったら、神社の娘が巫女衣装を着ているだけになっちゃうでしょ。それだとコスプレにならないし」

「ミョーなところだけこだわるんだな。馬の尻尾なんて長い毛ばっかりで、書いたとしても毛が動いたら字も一緒にバラけて崩れてしまうぞ」

「でも、書かなかったら尻尾を取られちゃうでしょ。イヤよ、そんなの」

「うーん、困ったな。……じゃあ、半紙一面にお経を書いて、その半紙を丸めて尻尾をくるんでセロテープで留めたらどうだろう」

「それで大丈夫なの? 尻尾に直接書かなくてもいいの?」

「たぶん、平気だろ。だって、コスプレのパーツの尻尾だぞ? それにお経を書いたら悪霊には見えなくなる、っていうんだったら、半紙に書いたらその半紙は悪霊には見えなくなるんじゃないかな?」

「…………って、ちょっと待ってよ。だとすると、服の上にお経を書けば、それでいいんじゃないの? 服を脱ぐ必要って無いんじゃない?」

「……ちっ……」

「今、舌打ちした! 脱がなくていいんでしょ! 危うく騙されるところだった!」

「……巫女衣装にお経を書いちゃっていいのか? 洗っても落ちないかもしれないぞ」

「裸になるよりはマシよ!」




「……姿が見えぬ! これはいかん! 奴、どこに居るのか? 耳が二つあるばかりだ! ……両耳の他、身体は何も残っていない。……よし、せめてこの耳だけでも持って帰ろう……」




「……おい、どうだった? 無事か! 良かった……」

「全然無事じゃないわよ! 耳なし芳一と同じで、耳を取られちゃったじゃないのよ!」

「耳? ちゃんと般若心経を書いたぞ……って、耳も無事だろ」

「そっちの人間の耳じゃなくて、コスプレのケモミミを取られちゃったのよ!」

「……あっ、ほんとだ……無くなっちゃっている……」

「おかしいわね。ケモノミミの方にもお経を書いたはずだったわよね?」

「確かに書いたけど……あ、取られた理由が分かったかも」

「なんでなんで?」

「諺に、馬の耳に念仏、ってあるだろ。きっと、馬の耳にはお経を書いても効果が無かったんだよ!」

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