悪魔な師匠
キロール
師匠と弟子
その悪魔は非常に生真面目な性分だった。
どの程度真面目かと言うと、自分をボコボコにした老いた剣士に復讐目的で弟子入りした挙句に免許皆伝してしまい、その技を必ずや後世に伝え残すと約束してしまうくらいには真面目だった。そして、それなりの人物に技を伝授しようと品定めをしていたら、いつの間にか数百年が過ぎるくらいには真面目なのだ。
「そう、これほど真面目で立派な師匠である儂を待たせるとはどう言う了見か!」
怒り……と言う程ではないが、不機嫌さを隠さずに銀色の髪の女は怒鳴った。肩に留まっている梟が軽く身じろぎしたが、その目を開けることなく寝入っている。相変わらず図太いなと梟を眺めやりながら、男は素直に頭を垂れて。
「申し訳ありません、師匠」
「素直に謝るとは殊勝だな。何故に遅くなったのだ、
銀色の髪を背後で結わえ上げ、修行の準備に取り掛かりながら問いかける師に、晃人は僅かに言葉を詰まらせ。
「……研究へのリソースを割く事を忘れて、モニター潜水艦の開発が遅れたので」
「またシミュレーションゲームか! って言うか、何だ、その英国面な潜水艦……ドデカイ砲塔つけた潜水艦とか役に立たないだろ!」
「でも、フィッシャー提督を海軍卿にするのは、そのプランを実行するしか……」
「当たらなければどうと言う事は無い! を艦船でやった奴を海軍卿にするな!」
師のツッコミは毎度ながら激しい。だが、晃人は常々思うのだ。割りとマニアックなゲームの筈なのに師は普通に話題に付いて来るな、と。いや、歴史に恐ろしく精通していれば、歴史ゲームのネタにもついて来れるのは道理だが。
「しかし、英国で適当に遊ばないとなると
「あのゲームは第一次の時間軸からだろ!」
その言葉に晃人は思わず師の顔を見つめてしまった。銀色の髪に褐色の肌は明らかに日本人離れをしている。その美しい容姿や不可思議な力も幾つか使う事からも、悪魔と言うのもあながち嘘ではないだろう。そんな師匠が。ゲームなんて興味ないと言っていたあの師匠が、何故難解ともいわれるシミュレーションゲーム『
「師匠」
「な、なんだ」
「ゲーム好きでしょう?」
「……何の話だ? さあ、とっとと修行をするぞ!」
まくしたてる様に告げて、怪異討滅の刃を振るう矛盾した悪魔は弟子に厳しい修行を課した。
構えや素振り、果てには打ち合いを指導しながらも、彼女は考える。こんなやり取りがいつまでも続くはずもないと。
五年前にあらゆる怪異の討滅を、憎悪からでも復讐からでもなく願った十三の少年に素質を見出して、老剣士の技を叩き込んできた。見立て通り、彼は素質を開花させ、青年へと成長しつつある若者は巣立ちの時を迎えている。
高等学校を出れば
そうなれば、悪魔である彼女とは、敵対するより他は無くなるかもしれない。五年前のあの日を思い出す。あの憎悪に寄らず、復讐に寄らず怪異を滅ぼす事を願う眼差しの鋭さと清らかさに心惹かれた思いと共に。
覚悟はとうに出来ている。しっかりと羽ばたいてこい。そう願いながら、悪魔はその日の指導を終えた。
あれから、十年。
悪魔は知って居たはずだ。人生はままならぬと。討たれる覚悟で送り出した弟子は大成し、今や日本皇国が誇る
「朝飯を作って待っている師を待たせるとは何事か!」
「上陸作戦で用いたパンジャンドラム部隊が活躍して盛り上がりまして……」
「また、ゲームか! ……またぞろ、あの女吸血鬼と対戦してたのではあるまいな?」
「してました。……!」
立派に青年になった晃人は、はっとして師を見やり。
「師匠も対戦したかったんですか? コレは気付きませんで……」
「違うわ、ボケ! ええい、とっとと飯を食え! 今日も仕事だろう?」
諦めと共に悪魔は息を吐き出した。何でこんな朴念仁に育ったのだと嘆きながらも、必ず生きて帰ってくる弟子を、彼女は心から愛しく思うのだった。
しかし、悪魔で師匠な彼女は、何故弟子が自分の元に必ず戻るのか、その理由には気付いていない。
お似合いと言えばお似合いである。
悪魔な師匠 キロール @kiloul
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