この世界のシナリオは正しく間違っている

うめもも さくら

勝ったら結婚してください

はじまりの村をあとにしてからずいぶん経った。

姫が拐われ、王様に姫を助けてほしいと頼まれ勇者として旅にでた。

いろいろな村や国、時には森や海などを冒険しながらたくさんの仲間を得ることができた。

数多のモンスターと戦い、経験値を獲得した俺たちのパーティーのレベルは完璧だ。

そして今、魔王の城の最奥。

魔王の間の前に辿り着いた。


自分の背よりはるかに高い魔王の間へと続く扉は自分が前に立つとまるで意志でもあるかのようにゆっくりと音をたてて開いた。

その誘導ともいえる導きに従い、魔王の間に足を踏み入れる。

美しい飾りや妖しげな像などで飾り付けられた広すぎる部屋、その奥で影が揺れる。

まだしっかりとその輪郭を捉えることはできないがその影から発せられる身震いするほどの強い気は間違いなく魔王のものだろう。

その影はこちらに向かって近づいてくる。

そして魔王の姿をこの目で捉えた瞬間、自分は金縛りにあったかのように動けなかった。


「お……女!?魔王は女だったのですか!?」

魔王を見て隣にいた仲間が驚きの声をあげる。

魔王はそれには何も返さず俺たちを見て嗤った。

「よくぞここまで来たな勇者たちよ!姫を取り戻さんという勇気だけは誉めてやろう!」

魔王は声高に俺たちに向かって言い放つ。

「さぁ戦おうではないか!我の強さの前に敗北を認め跪け!」

辺りはひりついた空気が漂っていた。

一触即発。

既に臨戦態勢をとる魔王に剣を鞘に納めたまま俺は小さく手をあげて静かに問う。

「一言いいか?」

魔王は言ってみろと嘲笑いながら俺の言葉を待つ。


「あんためっちゃタイプだ」


「……は?」

真剣そのものの俺の言葉に反して魔王からは間の抜けた声が漏れる。

辺りの空気が音もなく崩れた。

「黒々とした髪、赤々とした唇、美しい瞳……」

「えっと、いや…うん?ちょっと待て……」

「よく響く声に細い指先、凛とした立ち姿」

「待てと言っているだろうが!どうした勇者!?」

「好みのサイズの胸に引き締まったボディー、その全てを俺のものにしたい」

「ちょっと怖いっ!!だいぶ怖い!!」

「先ほどまでとはうってかわって怯える瞳もまたいいな」

「めっちゃ怖いっーー!!」

怯える魔王に俺が見惚れていると隣から魔法使いが声をかけてくる。

「貴方にはお姫様がいらっしゃるのでは?そのためにわざわざ助けに来たのでしょう?」

「そうだ!そうだろう勇者!」

魔法使いの言葉を助け船と思ったのだろう。

魔王は何度も頷き俺に冷静になれと促す。

俺はいたって真面目で冷静だ。

「だから魔王はわたしによこしなさい」

「お前もなんかちがうっ!!」

「馬鹿言うな。姫は王様に頼まれたから勇者になって助けに来ただけで見たこともないんだぞ。でも今から思えばこの魔王……未来の花嫁に逢うためだったんだな」

「終始おまえ何言ってるの!?」

感慨深く俺が言えば魔王は愛らしく俺に声をあげる。

未来の花嫁という言葉に照れてしまったのかもしれない。

「確かに超美人だよねー!強くて生意気な目はそそられるよね!屈服させたい!」

弓使いが会話に加わると城内は大混乱だ。


「俺が最初に目をつけたんだぞ。身をひけ」

「イヤだね。あぁ格好もセクシーでいいね!」

「お黙りなさい。品のない人ですね。この方は私のようなものにこそ相応しいのですよ」

もう当の魔王本人そっちのけで行われている言い合いは止まらない。

こめかみを指先でおさえ呆れたように魔王は問う。

「お前ら我が城に何しに来たのだ!?」

「「「愛の告白に来ました」」」

「嘘つけ!!馬鹿かお前らは!!」

いけしゃあしゃあと答える俺たちに魔王は大きい声で怒っている。

怒っている顔も可愛いと愛を囁く俺を魔王は忌々しそうに見つめる。

やはり照れ屋なんだな。

それからも俺たちの言い争いは終わらなかった。


「いい加減にしろ!!何なんだお前らは!!さっさと姫を取り戻せ!私を打ち倒せ!!」

「え?押し倒せ?さすが魔王。積極的だな」

「ちがうわ馬鹿者!!倒せと、殺せと言っているのだ!!……それがこの世界のシナリオだろう!!」

魔王はそれからもなにかそれっぽいことを喚きこの世界に対する憂いを吠えていたような気がする。

正直こちらも男と男の引けない戦いがあり、未来の花嫁の言葉は若干聞き流されていた。

「聞けよ!!私の話を!!」

「妻の話を聞くのは夫の務め、わかっている。ただ少しだけ待ってほしい。今あんたを妻にできるかの瀬戸際で」

「やかましい!!」

魔王に頭を叩かれて俺たちの男の戦いが一時休戦となる。

「まったく、なんなんだ今回は。拐った奴も勇者たちもどいつもこいつも」

「拐った奴もって姫のことか?」

姫がどうしたのかと尋ねようとした俺たちの声はそれを上回る誰かの大きな高い声に掻き消された。


「お姉様ーー!!どこに行かれたのですかー?」

「げっ!!姫がくる!!」

あからさまに嫌がる声をあげ魔王は俺たちの影に隠れた。

「お姉様ー?ってあら?貴方たちどなた?お姉様との愛の巣に勝手に土足で踏み込んできて何のおつもりかしら?」

声の主は俺たちを視界にとらえた瞬間声音は急激に低くなり嫌悪感丸出しだ。

魔王の発言からして目の前の殺意の含む敵意を向けてくる女がおそらく姫なのだろう。

それにしてもお姉様やら愛の巣とは一体どういうことだ?

俺は頭はそのままに目だけを魔王に寄せる。

その目には隠す気のない俺の疑問が貼り付けられているようだった。

魔王は俺たちだけに聞こえる程度の声で訴えてくる。

「我が城を愛の巣にした覚えもあんなのを妹に持った覚えもないわ!!この世界のシナリオのとおりに姫を拐ったはいいものの扱いに困って」

そんなものかもしれない。

拐った後の姫の処遇を考えずに拐ってしまう浅はかさも可愛らしい。

馬鹿な子ほど可愛いとはこういうことなのだろう。

「欲しいものを与えていたらわがまま放題になってしまって。これはいかんと思って叱ったら初めて怒られたと言われて急にお姉様とか呼びだしてもっと叱ってとかなじってとか言われて……」

もう全然わからないと言う魔王の声は後半泣き声混じりだった。

あぁ姫はそういう嗜好の類いだったのか。

俺たちは納得しながら目の前の姫を見つめた 。

「さっさと出ていきなさいよ!野蛮な人たちね」

「ここはお前と彼女の愛の巣ではない。俺と彼女の愛の巣だ」

ちがう!!という魔王の声が聞こえた気がしたが気のせいだろう。

「なんですって!?さてはあんたたちもお姉様を狙ってやってきたのね!?お姉様は渡さないわよ」

「未来の花嫁は俺のものだ」

「私にこそ相応しいと言っているでしょう」

「俺も魔王ちゃんほしいー」

厄介なライバルが一人増えただけだった。

城内は更に大混戦となり頭を抱える魔王を見つめながら俺はこの不毛な戦いに終止符を打つべく提案をする。

「魔王、あんたは俺たちと戦いたいんだよな?」

突然話題を降られた魔王は少しの間呆気にとられていたようだが、すぐ持ち直したように頷く。

「それがこの世界のシナリオだ」

「ならば戦おう」

俺の言葉を聞くと複雑そうな顔を少し浮かべてから魔王は何かを振りきるようにここに入った時に言われた言葉を再度俺たちに言い放つ。

「よくぞここまで来たな勇者たちよ!姫を取り戻さんという勇気だけは誉めてやろう!」

魔王は声高に俺たちに向かって言い放つ。

「さぁ戦おうではないか!我の強さの前に敗北を認め跪け!」

凛とした姿で響く声で叫ぶように魔王は言う。

既に臨戦態勢をとる魔王に剣を鞘に納めたまま俺は小さく手をあげて静かに問う。

「一言いいか?」

魔王は言ってみろと嘲笑いながら俺の言葉を待つ。


「勝ったら結婚してください」


「……は?」

真剣そのものの俺の言葉に反して魔王からは間の抜けた声が漏れる。

魔法使いや弓使いの異論を唱える声や姫の甲高い反論には聞く耳を持たず俺は魔王を見据え魔王の答えを静かに待つ。

そして魔王は呆れたようにでも何かに解放されたようにため息をつくと俺に笑った。

「よかろう!!」

俺はその答えに鞘から一気に剣を抜く。

「勝つことができればだがな!!」

その目は爛々と輝き、お互いの希望がぶつかる音が辺りに響き渡る。

「抜け駆けは行けませんよ?"俺たち"ということは私にも戦う権利があります」

「止めをさした奴がっていうのはどうかな?」

殺さない程度でねと笑って言う仲間に俺は不敵笑って頷く。

「未来の花嫁をもらいうけるのはこの俺だ!!」

魔王に向かう剣に煌めくティアラがぶつかる。

「お姉様負けないでくださいませ!!この下郎どもめ!!私も戦いますわ!!」

城内は大混戦の中魔王は小さく笑って呟く。


「この世界のシナリオは呆れるほどに間違っているけれど」

ありきたりのシナリオである死ぬという選択肢は消えている魔王は俺に向かって強く気高く愛らしく笑う。


「あり得ないほど希望に満ちている」


金属のぶつかる音、詠唱する声、矢が風を切る音と甲高い女の喚く声。

そして魔王の笑い声。

この世界のシナリオは正しく間違っている。

各々の未来と希望をかけて大混乱と大混戦は続いていく。





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