【KAC3】真城先輩は騙されやすい

《伝説の幽霊作家倶楽部会員》とみふぅ

嘘はときに心を語る

真城ましろ先輩、知ってます?」


学校の食堂。僕は向かいの席でカレーを頬張っている女生徒に声をかける。


「んー、何を?」

「カレーって、リンゴとハチミツが恋をしてできたらしいですよ」

「マジでっ!?」


真城さん、落ち着いてください。先輩の大きい声に周りが奇異の視線を向けてきてますよ。


「ということは、カレーは愛でできてるということに……?」

「そういうことになりますね」

「そしてそれを噛み締める私は、愛を引き裂く悪の使いということに……?」

「そういうことになりますね」

「な、なんてことなの……」


ふるふると体を震わせて俯く真城さん。なんか彼女を見てると昔飼ってたハムスターを思い出すなぁ。


「先輩、嘘ですよ」

「え?」


ピタリと動きを止め、顔を上げて僕の顔を覗いてくる真城さん。不安そうだった表情が徐々に和らいでニコッと笑顔を浮かべる。


「なぁんだ、嘘かぁ!」

「えぇ、ですからとっとと食べてください。急がないと午後の予鈴が鳴りますよ」

「なにをぉ!純くんのせいでしょ!」


モグモグと一生懸命カレーを掬う真城さんを見ながら、僕はこっそりと溜め息をつく。

何故ならこのようなやり取りを既に数えるのも馬鹿らしくなるほどやっているからだ。


僕と真城さんは同じ文芸部に所属している。

彼女の人柄を一言で説明するならば「純粋」、あるいは「無垢」だ。

誰に対しても人当たりが良く、いつも元気溌剌。頼られれば断ることなく、自分のできる範囲で最善を尽くす。

そしてなにより相手を疑うことを知らない。

人間としては模範的な人間性なのだろう。


だが、それゆえに僕は危惧している。彼女がいつか悪意を持った人間に騙されないかと。


そんな事態を避けるために、僕はよく彼女に嘘をついている。せめて嘘だと分かる嘘を鵜呑みにしないくらいには矯正させたい。

なんでひねくれ者の僕が赤の他人のはずの先輩にわざわざそんなことしているのかは……まぁ、つまりはお節介である。端から見ていてイライラするのだ。



「やってきたよ至福の一時ひととき~」


放課後、文芸部の部室にて。

先輩は鼻唄を歌いながら手に持った紙製パネル板をシャッフルしている。うちの部活ではこの中から引いた板に書かれた題材を元に小説を書いている。


「……よし、今回は君に決めた!」

「『恋愛』……ですか」


先輩、なにドヤ顔してるんですか。そんないかにも「どうだ!」とでも言いたげな顔しても反応しませんよ僕は。


「それで、一体どういった内容の物を書くんですか?あんまりマイナーなのはお勧めしませんよ。オリジナリティが強すぎると読む前に閉じられますから」

「ぶー、分かってますよーだ。今回書くのはね、『素直になれない男の子と素直すぎる女の子』の恋愛にしようと思うの。ってどうしたの純くん?」

「いえ、なんか物凄い身に覚えのある状況なストーリーだなと」


というか狙ってやってるでしょ真城さん。


「それでね、題材と内容はともかく、肝心の告白シーンどうしようかなって悩んでるんだ」

「え?普段はそれを書いているうちに思い付いた物を組み込んでるじゃないですか」

「ま、まぁそうなんだけどね。たまには先に考えてやるのも良いかなって。それで……」


なんだ?先輩の様子がなんかおかしい。


「できたら純くんに協力してもらえたらな、と考えてるんだけど」

「はぁ、それは構いませんけど。一体なにをするんで?」

「演劇風にやってくれないかな、と」

「演劇って……告白シーンを?」

「告白シーンを」

「マジかよ」

「マジだよ」


嘘だったらどれだけよかったか。


「台詞は好きにしてくれたらいいよ。あくまで参考になればいいから」

「はぁ、分かりました」


もう、この際自棄やけだ。なんだってやってやろうじゃないか。


「えっと、それじゃあ……こほん。純くん、あなたのことが大好きです。交際を前提に結婚してください」

「謹んでお断り致します」

「なんでそんなご丁寧な感じなの!?」

「いや、わざとですよ。先輩こそなんで最初から台詞間違ってんですか」

「間違ってないよ。女の子は食い気味なほうが良いって小説に書いてた」

「そんな本は破り捨ててしまいなさい」


さっきまでの僕のやる気を返せ。


「というか、名前は僕の名前でいくんですね」

「そのほうが分かりやすいでしょ?」

「まぁ、そうですけど」

「ていくつー」


指を蟹みたいに動かしても可愛くありません。


「純くん、好きです。どうか私と付き合ってください」

「そうですか。僕はあなたが嫌いです。ですから付き合えません」

「嫌い……嫌いって……」

「……おーい、先輩?」


なんかorzみたいな感じで落ち込んでるんだけど。


「純くん、ド直球すぎない……?」

「先輩、これが演劇なの、忘れてませんか?」

「せめてそこは『好きじゃない』くらいでいいんだよ」


先輩、意外と面倒くさいんですね。


「ていくすりー」



その後、僕たちは多くの『ていく』を重ね、もう止めようかなと思いながらも、なんとかまともに見えるくらいには形を整えることができた。


「純くん、あなたのことが好きです。私と付き合ってください」

「……真城先輩、ごめんなさい。僕はあなたのことを好きになれません」

「どうして?」


悲しそうな瞳で見つめてくる真城さん。最初は台詞だけだったはずなのに度重なるやり直しのせいで演技力が向上してやがる。


「僕はあなたのその愚直さを見ているとイライラしてくるんです」

「私、愚直なんかじゃないわ」

「ならどうして、他人の言うことを疑うことなく信じるのですか?」

「それは……」

「信じていれば、いつかは相手がその想いに応えてくれると考えているのですか?」

「違う!私は……」


ふぅ、ようやくここまで来れた。台詞としては大した量でもないのに、台本一本やり遂げただけの達成感がある。

問題はここからだ。真城さんは一体どんな風に続けるつもりなのか。


「私は、純くんを信じてる訳じゃない」

「……なら、何故?」


何故、唐突に僕の方へと話が変わったのか。

真城さんの思わぬ台詞に声が震える。

彼女は僕との距離を詰めると下から見上げてきた。


「……好きな人の言葉を、信じてみたいと思うのはいけないことなの?」


僕にはその言葉が、とても演技には聞こえなかった。


「純くんは私を善人だと思ってるんだろうけど、そんなことない。私だって苦手な人はいるし、疑うことだってある。でもね、純くんは別なの。例え嘘のような言葉でも、信じてみたいと思えるの」

「嘘の『ような』ではなく、嘘なんですよ。それを信じること事態が馬鹿げています」

「それでも純くんの言葉なら構わない」

「話になりません」


彼女の言葉のせいだろうか。演技だったはずなのに、いつの間にか僕の言葉は偽物えんぎから本物ほんしんに変わっていた。


「いつか嘘に気付いて、傷付くのは他でもない先輩なんですよ?何を根拠に僕を信じてみたいなどと……」

「きゃっ」


思わずカッとして、先輩を壁に押し付ける。小さな悲鳴にしまったと、罪悪感が湧くも、それ以上の怒りに飲み込まれる。


「人は平気で嘘をつく!言葉は相手を慰めることもできれば殺すこともできる諸刃の剣です!その人に悪意がなくたって、時にそれが相手を傷付けることにもなるんですよ!だからこそ、無償の信頼なんて馬鹿げてます!僕は先輩の笑顔がそんなことで曇ってしまうのが耐えられないんです!」

「……でも、純くんの嘘はいつも優しい」


僕の鬼気迫る様子に、しかし真城さんは怯えることなく淡く微笑む。


「ねぇ、純くん。私は気付いてたよ。君がどうして嘘をつくのか。ただ私をからかうためじゃないって。私の為なんだって」

「な……」

「でもね、気付かない振りしてたんだ。そうすれば君は私にだけ、その姿を見せてくれる。私とより一層話をしてくれる。私にはそれがなにより嬉しいことだったの」


最初は、使命感だった。この人がいつの日か今は知りもしない誰かに騙されることがないようにしなければと。そんな想いから、嘘つきの仮面を被った。


「ねぇ純くん、嘘ってね、それが招いた結果で痛みが変わってくるんだよ。でも純くんの嘘はいつも他愛ないもので、しかも直ぐに嘘だってバラしてくれるじゃん。そんなのじゃあ傷付きもしないよ。むしろ会話のネタになって私は楽しい」


そう言いながら、真城さんは正面から抱き付いてくる。彼女の頭がすっぽりと僕の胸に収まる。


「せ、先輩?」

「ねぇ、純くん。……あなたのことが好きです。私と付き合ってください」


それは、先程までの演劇と同じ台詞。だけどそれは、まごうことなき彼女の本心。


「……いつか先輩が信じる優しい嘘が、悪意のある物に変わるかもしれない。それでも信じるんですか」

「信じるんじゃない。私が勝手に信じたいの。でも純くんがそう言うなら、私は純くんのここを信じるわ」


とんとんと、彼女は指で僕の胸を叩く。


「ここはとっても素直だもの。好きって言った時、鼓動が速くなったわ」

「なっ!?」


真城さんのにやっとした笑みに、僕は顔を赤らめる。


「ぷっ、純くんのそんな顔初めて見た。……ところで純くん、そろそろ私としては返事が聞きたいのだけど?」

「返事?」

「はぐらかすなー、女の子の方から告白したんだから堂々と返しなさーい」

「……分かりました」


まったく、この人にはなんだかんだで敵わないな。もしかしたら彼女の本性は純粋でも無垢でもなく小悪魔なのかもしれない。


真城さんの肩を掴み、そっと彼女の耳元に唇を寄せる。



「真城先輩、あなたのことが大嫌いです」



僕の言葉に、ビクリと彼女の体が跳ねる。


しかし、次に僕が囁いたおまじないの言葉に、真城さんはゆっくりと顔を向け――。






おまじないの言葉は一体なんだったのか?

僕と先輩の関係がどうなったのか?

それは皆さんの御想像にお任せする。



ただ一つ言えることは、この日以降、帰り道で真城先輩と手を繋ぐことがしばしばあったことだけを報告させてもらおう。

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