恋愛ワンボールワンストライク
てこ/ひかり
最終回
「ストラィイクッ!!」
『さぁ審判の右手が高々と上がり、判定はストライク!
これでワンボールワンストライクです。
九回裏、ツーアウト満塁の大変痺れる場面ッ!
この打者を抑えれば、高山北西高校初の甲子園優勝が決定しますッ!!』
「タイム!!」
『おっとここで……?
ピッチャーの高田くんがタイムを要求しました。
解説の田中さん、これは……?』
『サインの確認でしょう。
下手したら逆転サヨナラ負けだってあるわけですから。
ここは少しも後悔を残さないように、どれだけ慎重になってもいい場面ですね』
『なるほど。
さぁキャッチャーの島根くんがマスクを取って、マウンド上の高田投手の元に駆け寄って行きます……』
□□□
「好きだ」
「……なんだって?」
高田が自分の口元をグローブで隠しながら、島根の耳元でそっと囁いた。
「だから好きだって言ってんだよ」
「何が?」
「……お前が」
「…………」
「…………」
「…………」
「……この場面で?」
島根が目を丸くして、高田を見つめた。高田は息が詰まったかのように苦しそうに顔を歪め、小さく首を振った。
「ああ。この場面だからこそ、後悔はしたくない。島根にはきちんと言っておかなくちゃいけないと思ったんだ」
「……お前の思考回路は相変わらず分からん」
「…………」
「…………」
「とにかく……俺の想いは伝えたぞ」
「おい待てよ。俺はそっちのケはねぇぞ」
「伝えたからな!」
「待てって……。この状況で、伝えられても……」
□□□
『さぁマウンド上で見つめ合っていた二人が、それぞれのポジションに戻ります。
サインは決まったのでしょうか? お互いの意思をしっかり確認し合いました。島根くんは……俯いてますねえ。
座り込んで、何やら深く悩み込んでいる島根くん』
『厳しい場面ですからね。一方の高田投手は、腹が決まったみたいですよ?』
『ええ。ギラギラとした目でキャッチャーの島根くんのミットを見つめております。
島根くんはまだ、ベンチの方を振り返り、しきりに監督にサインを確認している。
ランナーは満塁。ピッチャー振りかぶりません……そのまま投げました!』
「ストラァアィクッッ!!」
『ど真ん中直球!!
なんとこの場面で、ピッチャーの高田くん、ど真ん中のストレートですッ!!
大胆不敵ッ!! この場面で、逃げも隠れもしないッ!!
白球が糸を引くように、島根くんのミットに真っ直ぐ吸い込まれて行きます!!
これはさすがに予想してなかったか、バッターも手が出ませんでした!!
田中さん!!』
『ええ。気迫が伝わってきましたね』
「タァイム!!」
『さぁ追い込んだ!! 優勝は目の前だ!!
ここで審判の手が開かれる。ベンチが動きます!
ピッチャーの高田くんの元に、伝令が走り、監督の想いを伝えに行きます……』
□□□
「好き、だそうです……」
「何が?」
マウンドに駆け寄った島根が眉を吊り上げ、目を丸くした。
ベンチから飛んできた伝令は、少し気まずそうに目を逸らした。
「だからその、監督が……高田投手のことを……」
「…………」
「…………」
「……それを伝えにきたのか?」
「はい」
「この場面で?」
「はい」
島根と高田が無言で目を合わせた。高田の目は虚空を泳ぎ、明らかに動揺を隠せていなかった。島根は高田の肩をグローブでポンと叩いた。
「おい、俺はお前を『ピッチャーとして』信頼してるからな。今は余計なこと考えず、俺のミットだけ見てろ」
「島根……」
「やめろ、抱きつくな! まだ優勝したわけじゃねえんだぞ」
「……僕は、ショートの塚地さんが好きですけどね」
マウンド上の二人を見つめながら、伝令が遠い目をしてポツリと呟いた。
「えっ……」
「……でも塚地さんは、センターの秋永さんとしばらく付き合ってて、最近じゃセカンドの……」「もういい」
島根が伝令を追っ払った。高田の目が見開かれた。
「そうだったのか……全然知らなかった……」
「落ち着け、高田! 世の中、知らなくていいことだってある! あと一球だ! あと一球に集中するんだッ」
「あ、あぁ……そうだな」
「ドロドロじゃないか、うちのチームは……」
□□□
『……長いタイムでした。
キャッチャーの高田くんの表情が、心なしか暗く見えます』
『追い込んだとはいえ、油断はできませんよ』
『次が最後の一球になるか!?
高田くんが……投げました!』
「ボール!!」
『これは外れてボール!』
『フォークが抜けましたね』
『ワンバウンドのすっぽ抜けになってしまいました。
緊張しているか、ピッチャーの高田くん。
キャッチャーの島根くんが、体を張ってよく止めた!
島根くんが両手を目一杯広げ、俺のミットを見ろと!
俺だけを見てろと、そう言いたげにマウンド上の高田くんに檄を飛ばします!
気を取り直して……怖いくらいに集中した目で、島根くんのミットだけを見つめている……高田くん、投げる!!』
「ストラァァァイックッ!!!」
『空振り三振ッ!! ゲームセットッ! 試合終了です!!
この瞬間ッ、高山北西高校初の甲子園優勝が決定しましたッ!!!
ピッチャーの高田くん吠える!! 両手を上げてキャッチャーに向かって行きます!!
島根くんどうした、ちょっとこけたのか、急いでベンチに帰ろうとしているッ!
その後ろでは、ああっ、ショートとセカンドが殴り合っております! それを止めに入るセンター……感極まっているッ みんな感極まっているッ! ベンチに戻ろうとするキャッチャーの後ろから、高田くんが飛びついて……ああっと! そこに監督が! 監督がタックルしてきましたッ 吹っ飛ばされる島根くん! もみくちゃになる三人……優勝ですッ! これが甲子園優勝!! 高山北西高校、悲願の初優勝ッ!! おめでとうッ!! みなさん、おめでとうございますッ!!!』
恋愛ワンボールワンストライク てこ/ひかり @light317
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