賢者な教え子+俺

七野りく

プロローグ

 早朝、ベッドで寝ていた俺は誰かに身体を揺すられた。


「――師匠、朝ですよ! 起きてください!」

「……まだ、寝てたい……」

「駄目です! 朝食が冷めちゃいます。さ、起きてください!」

「うぅ……」


 どうにか起きまい、と毛布に潜り込む。

 俺はまだ寝てたいんだよっ!

 あからさまに溜め息。突風が吹き、毛布だけをはぎ取られる。同時にカーテンと窓が開く音。

 渋々目を開け抗議する。


「寒っ! ……コレット、お前なぁ。毎朝毎朝、何度言えば分かるんだよ? 俺はまだ寝てたいんだよっ! 出勤するギリギリのギリまでなっ」

「駄目です。起きてください。師匠には教え子である私と、一緒に朝食を食べて、髪を結って、『ん、今日も頑張れ』と言って送り出す崇高な義務と責任があるんですから!」

「……はぁ、分かった分かった」

「ご理解いただいて何よりです」

 

 満面の笑みを浮かべているエプロン姿の教え子の少女に、俺は両手を挙げた。

 光り輝く長い金髪。瞳は美しい空色。肌は白く華奢で、最近、女性らしくなってきた。主に胸と尻が。最初会った時は、ガリガリだったんだがなぁ。背も随分と伸びたし。


 ――俺の教え子、コレット・カンタールは天才である。


 齢十三で、魔法都市カンタールの最高称号である『賢者』を授かり、同時に『カンタール』の姓を名乗ることすら許され、十四都市同盟全体に名を轟かせた。

 十五歳になった今では、大陸でこいつの名を知らない奴は、余程の世間知らず。人族だけじゃなく、魔族や竜族にまで教えを乞いにくるってんだから、とんでもねぇ。

 しかも、魔法だけじゃなくありとあらゆる分野で才能を発揮。同盟の将来―—いや、人類のこれからを背負う至宝だと、人々は口々に言いやがる。

 

 ……が。


「おい、コレット」

「はい、何でしょう」

「……着替えるから、出てけ」

「え?」

「え? じゃないっ! でーてーけー」 

「嫌です! 私には師匠の身体的成長を見守る義務があります! 私と初めて会った時の、二十代前半の師匠と今の師匠……どっちもそれぞれいいんですっ!」

「んな義務はねぇ。ほら、とっとと出てけ!」

「……は~い」


 渋々、といった様子でコレットは出て行った。階段を下りていく音。

 ……毎朝毎朝、本当に飽きずによくやるもんだ。

 『賢者』と讃えられる天才少女も俺の前では昔と変わらず。いい加減、師匠離れしてほしいんだが、ここ最近は真逆の方向へ突き進んでいるような。

 シャツを脱ぎ――指を鳴らす。何かが壊れる音。


『あーあー!! 師匠、映像魔法式だけ壊すなんて、非道に過ぎますっ! 私の楽しみを奪わないでくださいっ!』

「…………俺は心配だよ。お前、本当にそんなんできちんと『賢者』様やれてんのか?」

『??? 師匠以外の裸を見て、私に何の得が? 心配してくださるのなら、この瞬間、すぐにでも私の補佐官になってくださいっ! 今なら、天才な私もついてきますよ? ユーグ・カンタール――世界最高の響きじゃないですかっ!』

「え、やだ」

『……師匠のいけずぅ……』


 音が途切れた。三十路前の師匠の裸を見ることを日課にしようとしないでほしい。『賢者』の補佐官って……ぜってぇ大変じゃねーか。しかも、そこでどうして俺にも『カンタール』なんて重い姓をつけるんだか。

 人には分相応、というものがある。俺には、しがない学校の講師くらいがちょうどいいのだ。

 着替え終わり、階段を下りていく。ベーコンが焼けるいい匂い。「師匠は~いけず~♪ でもでも~そこが愛しいの~♪」……適当な鼻唄にも関わらず、やたらと上手い。少々腹が立つ。

 顔を洗い、リビングへ。テーブルの上には豪華な朝食が準備されていた。どういう時間管理をしてるんだかなぁ。

 ニコニコ顔のコレットは椅子を引いて俺を待っている。


「さ、師匠、どうぞ!」

「……あのな。そういうのはしなくていいんだって」 

「私がしたいんですっ! 出来れば一年中ずっとずっと尽くしてたいですっ!!」

「やめぃ。ほら、座れ座れ」

「は~い♪」


 コレットが目の前の椅子に座ったのを確認し、俺も着席。二人で軽く目を瞑り、簡単に祈る。

 俺は別に神なんざ信じちゃいない。ただ、教え子の将来を祈るくらいは許されるだろう。……おい、規格外過ぎだっ! 俺なんぞに押し付けるなっ!!

 同時に目を開け、食べ始める。


「お、美味いな、このスープ」 

「ふふふ~♪ 当然ですよ。世界の質量よりも重い愛情が込められてますからね!」

「……つまり……猛毒!?」

「はいはい♪ 照れなくても大丈夫ですよ? 師匠は私のことが大好きなのは知ってますから!」

「……お前なぁ」


 コレットは頬杖をつき俺を見ている。心底、幸せで満ち足りている表情。

 ……こんな顔をしている美少女にかける言葉を俺は持ち合わせていない。 

 食べ終わり、食器を二人並んで洗い、歯を磨くと、着替え終わった教え子は椅子を持ってきて、ちょこんと座った。


「師匠。お願いします!」

「あいよ」


 ゆっくりとブラシで綺麗な髪をとかし、編んでいく。

 まだコレットがチビだった頃からの習慣だ。結果、未だこいつは俺以外に髪を触らせようとしない。

 ――出会ってもう


「そう言えば今年で師匠に拾ってもらって、七年になるんですね。嫁にいく準備は万端ですよ! 胸もお尻も大きくなってきましたっ!! 私に出来ないことは――え、えっと……よ、よ、夜のだけ、で……でもでも、ちゃんと勉強してますからっ!」

「…………今、俺はちょっと泣きたい気分だよ。とりあえず、お前はいい加減、家を出ろ」

「え? 嫌です。そんなこと言うなら、拘束魔法かけて強引に襲いますけど、いいんですか?」

「――ほら、出来たぞ。とっとと行けっ!」

「……師匠のいけず。意気地なし……」


 コレットは唇を尖らせながら立ち上がった。何かを要求している。

 ……結局、俺も甘いんだよなぁ。 

 手を伸ばし、頭を一撫で。目を嬉しそうに細める。


「ん、今日も頑張れ」

「―—師匠の名を汚さぬよう、頑張ります!! あ、昼食は」

「普段通りの時間だ」

「は~い♪ いってきまーす」


 笑みを浮かべコレットは転移魔法を発動。同盟の中枢都市バリエへ跳んだ。

 ―—因みに、カンタールとバリエは飛空艇でも一日がかり程度の距離がある。

 俺の教え子は、普通の魔法使いが一生かかっても習得出来ない転移魔法を、通勤手段に使ってやがるのだ。で、朝昼夕と、必ず俺と一緒に飯を食べる。

 『賢者』就任後、バリエでの仕事が決まった際、俺はてっきり家を出るもんだと思っていた。が、あっさりと『え? ここから通いますよ?』……もう、何も言えん。同盟のお偉いさん達からも、『機嫌を絶対に損なうな』とか言われてるしなぁ。

 死にかけてたのを拾われたせいか、あいつはどうも俺に依存し過ぎている。もうとっくの昔に、恩は返してもらったんだが。


『師匠! 何を考えこまれるんですかっ!! その表情、いいですっ!!! 私にもその御顔をもっともっと見せてくれてもいんですよ?』

「無駄に映像魔法式を仕込んでいくなっ! この馬鹿弟子がっ!!」


 まぁ、俺にも育ててしまった責任があるわな。

 ―—これは、とんびな俺が偶々拾った孤児を育ててみたら、鷹どころか、鳳凰だったっていう話であり、俺と教え子の何でもない日常の話だ。……多分。

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賢者な教え子+俺 七野りく @yukinagi

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