花粉症の聖騎士は杉の木の精霊ちゃんと交際したい
吉岡梅
とある辺境の村にて
「なあ
「なんだ
「いや、今日はその話ではない。実は、その……」
「どうした? モジモジとらしくもない。体調悪いのか? ああ、薬の調合?」
「薬。薬か。薬で治れば苦労は無いのだがな。フフ」
「何だよその力ない笑いは。気味悪いな」
「済まない。気を悪くしないでくれ」
「やけに素直じゃねーか。逆に怖いわ。で、用ってのは?」
「実は……こ……恋をしたようでな」
「恋」
「そこでお前に相談に乗って貰おうと。迷惑だろうか」
「詳しく聞かせろ。相手はどこのどいつだ」
##
「彼女はこの森に住んでいるんだ」
「ウチの実家の近くじゃねーか。まさかお前がエルフに!?」
「いや、エルフなどではない」
「だよなあ。でもこの辺に人間なんていたかな?」
「しっ! 隠れろ!」
「なんで隠れなくちゃ……ってモンスターか!? あの緑髪に白いワンピース、
「待て。あの子だ」
「あの子……?」
「///」
「……お前まさか」
「ああ」
「マジでか」
「マジです」
「曲がりなりにも聖騎士という立場のお前がモンスターにか」
「くっ。分かっている。私も頭では分かっているのだ。私の心血は既に陛下に捧げている。恋などもっての外。そして、モンスターは忌むべき存在であることも」
「だよなあ。お前達エルフですら当たりキツいもんなあ」
「しかし、そう自分を納得させようとしても、体が言うことを聞かないのだ。彼女が傍に居るだけで胸が疼く。こんな事初めてだ」
「聖騎士……」
「私はどうすれば。苦しくてたまらないのだ。なあ錬金術師、教えてくれ。人とエルフの
「お前今、どさくさに紛れてすげー失礼な事言ってるからな。気を付けろよ。で、詰まるところあの子と仲良くなりたいってわけな」
「あ、ああ」
「やれやれだ。んじゃ、まずは話しかけてみろよ」
「話しかける!!」
「何をそんなに驚いてんだ。声かけるくらいできるだろ。ほら、行くぞ」
「ま、待て!」
##
「やあ。おっと怖がらないで。大丈夫だから。私、錬金術師なの。森に薬草を摘みに来ただけなんだ」
「は、はじめま……クション! ハクション!」
「おい、何やってんの。いきなり噛むなよ。ごめんね、こいつは聖騎士。悪い奴じゃないよ。堅物だけど、怖がらなくても大丈夫……っておい、聖騎士?」
「あ゛あ゛。な゛ん゛だ」
「こっちの台詞だ。何お前その顔マジか。テンパりすぎだろ。頬っぺた真っ赤にして涙目で……鼻……水?」
「ド゛リ゛ア゛ド゛殿゛、私゛は゛聖゛騎゛士゛だ。よ゛ろ゛……」
「はい、いったん戻りまーす。ごめんね、またね。ちなみに君の樹木の種類何? あ、杉。やっぱり」
##
「はー、助かったぞ錬金術師。すっかり舞い上がってしまって」
「お前いつもあんなになるの?」
「恥ずかしながら。彼女を目にしただけで胸はざわめき、視界はぼやけ、頭はなにかぼうっとしてはっきりしなくなって……」
「鼻は」
「鼻? 鼻もまあ、ざわめいているかなあ」
「くしゃみは毎回あんなに出るのか」
「ああ、そう言われれば出るな。大抵隠れて見ているから、毎回音を出さずにいるのが大変……」
「これ、彼女の髪から採ってきた花だけど、匂ってみて」
「いつの間に! に、匂うなどそんなはしたない事ができるか! ……でもお前がどうしてもと言うなら、……ハ、ハクション!!」
「ああー。こら重症だな」
「やはりそうか。そうなのだ。彼女に会うと毎回身悶えするほど体がおかしくなってしまうのだ」
「毎回」
「ああ。こんなのは初めてだ。これが……恋」
「花粉症だ」
「え」
「花粉症」
##
「つまり錬金術師は、私が恋をしているのでなく病気だと言うのだな」
「病気っていうか、まあ似たようなもんだ」
「嘘だ!」
「は?」
「私がこういう事に免疫が無いから騙そうとしているのだろう!」
「どっちかって言うと免疫がありすぎて過剰反応してんのが問題なんだけどな」
「また訳のわからないことを言って。……そうか、分かったぞ。また得体の知れない薬を作って、治療とか何とか言って私を実験台にするつもりだな! もうその手には乗らんぞ!」
「はいはい、これ薬な」
「あっ、いつもより苦くなくて飲みやすい」
「即飲んでるじゃねーか。聖騎士はそういうとこ素直だよな」
「錬金術のインチキを証明するための人柱になるのだ。で、どうすれば良い?」
「しばらく待って、またさっきのドリアドちゃんに会いに行こう。それで体の反応が無くなっていれば、症状から言って花粉症だ」
「わかった、しかし私は本当にその花粉症とやらなのだろうか」
「たぶん。だって聖騎士は、私といるときは別にドキドキしないだろ? 少なくとも、異性に対する免疫ってわけじゃあ無いよ」
「ドリアド殿が特別な存在という事は無いのか」
「あー、それはあるかもね。ドリアドちゃん、髪もふわふわで、おっとりしてて可愛かったもんね。やっぱりああいうのが好みなんだ」
「可愛い、か。確かにそうだが、容姿だけでいえば、錬金術師の方が遥に可愛くて綺麗だぞ。スタイルもいいし、目鼻立ちも整っている」
「え///」
「だが、体がおかしくなるのはドリアド殿の傍に居るときだけだ。少なくとも、容姿が特別だからという訳ではないだろう」
「そ、そうか」
「ああ」
「……そういう無自覚なとこ気を付けろよ」
「何がだ」
「何でもない! さ、そろそろ行くか」
##
「はーいドリアドちゃんまた来たよ。さっきはごめんね。でね、この聖騎士が話があるんだって。聞いてあげて」
「ど、どうも。聖騎士です。本日はお日柄もよろしく」
「何の話する気だよ。でも、くしゃみや鼻水は止まってるな。よしよし」
「実は、貴女をお見掛けするたびに、胸の疼きや鼻の渇きや頭痛や……あれ? 治まっている?」
「ふふふ、見たか。錬金術の神髄を。さあ、聖騎士さんはどうするのかな~?」
「良かった! これでマトモに話せる! お見掛けするたびに、もっと仲良くなりたいと思っていました。是非、私と友達になって下さい」
「あれ?」
「いいんですか! そんな手を取って喜んでいただけると私も嬉しいです」
「あれれ? って私も? え、ええ、もちろんいいけど。うわ、花をポンポン咲かせて、そんなに嬉しいの? え? エルフ以外の友達は初めて? そうなんだ」
「これからよろしくお願いします。ああ、今日はそろそろお帰りですか。はい。ではまたここで」
「またねー、って行っちゃった」
「ああ、でもこれで友達に。ゆくゆくは交際まであるやも!」
「よ、良かったじゃん」
「ああ、錬金術師のおかげだ。ありがとう」
「握手とか止めろよ大げさな……って、うわ! 何その手」
「ん? なんだこれは。ドリアド殿の手の形に腫れあがってるな」
「アレルギー超出てんじゃん。さすが杉の木の精霊」
「なんと。これが錬金術師の言っていた症状か。本当に私は病気なのだな。だが、薬さえあれば今後も彼女に会えるのだな! 頼むぞ、錬金術師」
「錬金術は信じないんじゃなかったのか」
「錬金術は信じないが、お前は信じる」
「……ほんと気を付けろよな」
「何がだ」
「何でもない!」
##
「だが、これで問題解決だ。いやあ、明日からが楽しみだ」
「……」
「どうした?」
「あー、えーっと、実はさ、若葉の月から私、王都に2月ほど呼ばれてて」
「そうなのか」
「だから、だからしばらくは聖騎士に薬を渡すことはできないんだ。ごめん」
「そうか。では、私がドリアド殿に会うことも難しいな」
「ガッカリした?」
「まあ、な」
「どうせ人間と妖精じゃ種族も違うし。寿命とかもさ。だからきっとうまくいかなかったよ。気を落とすなって」
「ありがとう。気を使わなくて良いぞ。それはそうと、錬金術師も王都に行くのであれば忙しくなるだろう。おめでとう。良い研究ができると良いな」
「あ、ありがとう。まだちょっと先だけどね」
「そうか。ドリアド殿には事情を話して分かって貰おう」
「あ、ああ。じゃあ今日は帰るか」
「そうするか」
##
「錬金術師、いよいよ出立か」
「ああ、なんだかんだでいろいろ世話になったな」
「こちらの台詞だ。元気でな。回復役がいなくなるのは辛くなるが、心配するな。なんとかする」
「聖騎士も回復役のはずだろ。少しは魔法の勉強もしろ」
「ははは、そうだな」
「でさ、回復役の話なんだけど」
「ああ、頑張るとするさ」
「じゃなくて、実は、代わりを用意してあるんだ」
「なんと」
「紹介する。おーい、こっちに来て」
「ド……ドリアド殿ではないか!?」
「はい、薬飲んで」
「あ、ああ。あっ、ちょっと苦い」
「それ、ドリアドちゃんが作ったやつだから」
「そうなのか」
「レシピを教えておいたから、これからはドリアドちゃんに作ってもらって。貴重な回復役だからね、仲良くやるんだぞ」
「ああ、ドリアド殿、よろしく頼みます」
「ふふ、そんなに花咲かせちゃって。これで私も安心だ。じゃあ、行ってくる」
「また会おう」
「ああ、また」
##
「さて、じゃあ王都へ行くとしますか」
「聖騎士、嬉しそうだったな。ドリアドちゃんも」
「……今度、私も花飾り着けてみよっかな」
―了―
花粉症の聖騎士は杉の木の精霊ちゃんと交際したい 吉岡梅 @uomasa
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