第4話 弾ける橙色、気づく桃色。

四月だというのに 交互にやってくる。今年は雨が多い。数人の先生とすれ違いながらその場所へ向かう。自分の足音しか聞こえなくなって、隔離された秘密基地のようだと思う。周りの教室も今は物置として使われているばかりで滅多に出入りしないらしい。相談室。一年間、俺の職場となる。


予想していたよりも早く彼女は俺の元に現れた。

体育座りをして相談室の扉に体重を預け、もたれていた。窓から入る朝の光と亜麻色の彼女の髪色は相性が良く、髪に光を含みきらきらと靡いていた。

両手で俺の置き土産を抱えて。

彼女の傍にしゃがみこむと微かな寝息が聞こえる。顔にかかるその柔らかな猫っ毛を払うと思いがけず指先が彼女の頬にふれてしまった。瞼がぴくりと動き、意識がこちらの世界へと戻ろうとする。

夢との狭間で揺らぐ意識を繋ぎ止めるように声をかける。

「おはようございます」

徐々に瞼を開いていくと、ぼやける視界の奥に俺を映し出す。

瞬間、俺との距離をとるために身を引いてしまい

後頭部を勢いよく強打した。一瞬の出来事だったため、庇おうとした手は行き場を無くしてしまった。

彼女の肌はみるみるうちに色がついていく。内側からじわじわと頬が赤く染まり、瞳はうるみ始めた。

かける言葉が見つからずにその様子を眺めていると、彼女は勢いよく立ち上がる。今俺の顔がある位置はとても悪い。あらぬ誤解を受けぬように俺も立ち上がる。

そして、目線は床に固定したまま、腕を伸ばして俺の置き土産を返却してきた。昨日のお昼に彼女の肌を守った細身のアイツだ。

受け取らずにいると、押し付けるように差し出してはお辞儀をしてその場を立ち去ろうとする

反射的に、手が伸びていた。

「お茶でも、どうですか」

こんな言葉で彼女を引き留められるとは思っていない。

よく考えなくても分かる。わざわざ時間のない朝早くに学校に来て、傘を返す理由。話すことがあるのなら、俺と関わる気があるのなら、昼休みなど時間の取れるときに来るはずだ。この時間に来るのは、すぐに返してしまいたい、俺に関わる気はないと、言っているようなものなのだ。傘を置いて帰らなかったのは、彼女の良心がそうさせたまでだろう。


案の定、その言葉は彼女を守る透明な壁にぶつかって砕けた。

しかし俺はこれで手を離すわけにはいかない。正直、ここからどのように彼女をつなぎ止めるかは考えていない。しかし、一つ一つのチャンスを大切に、少しでも長い時間を共有することから始めようと思っている。多少嫌われても問題はない。俺自身に彼女に好かれようなどという意思はないため、ダメージはないからだ。

彼女の身体を巡る感情が、熱を通して伝わってくるようだ。

「は、して、くださ......」

絞り出すように、ではない。本当に言葉を絞り出している。彼女の身体の仕組みに抗っている。命を削るのと同じこと。そうしてまで、俺と目も合わせたくないというのか。息が荒くなって今にも倒れてしまいそうだ。

ーー口実もできたことだし、行動に移すことにするか。

彼女の手を引き寄せ、そのまま俺の方に向かせると、素早く足を持ち上げて抱える。いわゆるお姫様抱っこという形だ。彼女は言葉を話そうとした時点で体力は落ちていて、体の力も抜けていた。そのため、小柄な身体は軽々と持ち上げられた。

その瞬間、彼女の身体から、宝石が溢れ出した。ポップコーンが弾けるように、無数の桃色と橙色の光の粒が宝石となり、音を立てて地面に落ちた。

しかしその宝石たちは欠けることなく、綺麗なままで床に転がっていた。彼女が作り出す宝石は、強度も世界一である。この程度で割れることはない。

それにしてもひとつひとつ、色や形が同じ物がない。大きく分ければ桃色と橙色の2色の宝石ではあるものの、色の濃さや艶、丸みを帯びたもの、触れれば怪我をしてしまいそうな程鋭利なものなど、多種多様な宝石がある。


宝石に夢中になっていると、ふと彼女の身体が重くなるのを感じた。

案の定、彼女は意識を飛ばしていた。

俺はこの瞬間、勝ちを確信していた。彼女は思っていたよりも"普通の女の子"だ。1年を待たずとも役目は終えられる。そして、自由が手に入る。


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透明な色を探して 結城透花 @yuki_touka

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