浦島カメ子

かめかめ

浦島カメ子

玉手箱をもらった浦島太郎は亀の甲羅にまたがって陸へと上っていく。ごきげんで鼻歌を歌っている太郎に亀が言った。

「太郎さん。その玉手箱はぜったいに開けてはなりませんよ」

「もうなんども聞いたよ。乙姫様からもしつこく言われたしね。二人とも心配性……、おっと、一人と一匹は心配性だなあ」

「別に二人でもかまいませんよ。私も人型になれますから」

「え! そうなの!? 見たい、見たい!」

「ここで人型になったら溺れてしまいますから、陸に上がったら見せてあげますよ」

「ああ、楽しみだなあ」

太郎は腕には玉手箱というすばらしい宝物があるし、亀も楽しいものを見せてくれそうだし、良いことばかりが起きるなあとほくほくした。


太郎が元いた浜に戻ってきてぐるりとあたりを見まわしたが、なんだか様子がおかしい。

「あれっ! 俺の家がないぞ!」

ぐるぐるとあたりを駆けまわる太郎に亀が大声で呼びかけた。

「太郎さーん、陸ではもう三百年がたってるんですう」

「なんだってえ!?」

太郎はあわてて亀のところへ戻ってきた。

「竜宮城での一日は人間の世界での一年になるんです。太郎さんは三百日ご滞在だったから」

「じゃあ、俺の家はとっくの昔に朽ち果てたのか……」

太郎はがっくりと肩を落として砂に膝をついた。

「そんな……、家が俺の全財産だったのに……。知り合いもいないこんな世界で俺はどうやって生きていけば……」

「太郎さん、太郎さん」

亀が太郎の頬をぷにぷにとつっつく。

「なんだよ! 人が落ち込んでるのにぷにぷにすんなよ……って、あれ? 乙姫様!?」

「違いますよー、私、亀ですよ」

「いや、なに言って……。どうしたんですか、乙姫様、なんで陸に?」

「違いますってば。竜宮城に住んでいる海の生き物は人型になるとみんなこの姿になるんです」

「ええええええ!? じゃあ、鯛やヒラメも人型に化けてくれたらハーレムだったんじゃ……」

「そうですねえ。でもそれは乙姫様がゆるさなかったかも。あの人、粘着気質だから」

「ちなみに、乙姫様も人型に化けてるだけで、海の生き物の姿が本性なの?」

「もちろんですよ」

「どんな生き物?」

「なまこです」

「……ああ、どうりで……」

「なにが『どうりで』なんですか?」

「いや、なんでもない! 気にするな、大人の事情というものがある! それより、なあ。俺これからどうやって生きていこう」

「漁師なんだから魚を獲ったらどうですか」

「釣り竿も魚篭びくもなにもなくて、どうしろっていうんだよ」

「元手を稼がなきゃですねえ。大道芸でもしてみたら」

「そんなことできるなら竜宮城で雇ってもらうよ」

「そうだ、竜宮城にもどって乙姫様の婿に……」

「いや、ごめんこうむる。なまこの婿にはなりたくない。しかたない。この玉手箱を売ろう」

「え!だめですよ! それはとても大切なものなんですから、大事に持っていてください」

「でも開けたらダメな箱をいつまで持っていてもムダだろ。それにこの箱、塗りもいいし、螺鈿らでんも豪華だし、きっと高く売れるぞ」

「ダメですってばー!」

太郎は街を目指して歩き出した。人型に化けたままの亀がよたよたとついていく。

三百年たっても街は同じ場所にあった。だが建物は巨大になり、人はあふれるほどいて、みんなわけのわからない服を着ている。

「こりゃ大したもんだな。三百年もたつと何もかも変わってしまうのか」

そばを通り過ぎる人たちが太郎と乙姫亀をじろじろと見ていく。太郎の着物と腰蓑こしみのという服装がどうにも浮いている。

「太郎さん、ほかの服は持っていないですよね」

「家がないのに服なんかあるわけ……って、亀! お前なんで着替えてるんだ!」

「化けただけですよ」

「そのヘンチクリンな服はなんだ!?」

「レースをあしらったウエスタンシャツと、濃い色デニムのガウチョパンツ、そこにエスパドリーユで自由さを表現してみました」

「なんだって?」

「乙姫様から解放された喜びをファッションで表現して……」

「ちょっといいかなあ、君、すっごいナウいじゃん?」

いつのまに忍び寄っていたのか、色黒で金髪の男が乙姫亀の肩に腕を回した。黒のスーツに黒いシャツ、金のネックレスと金の指輪、サングラスを額に押し上げた、軽そうな男だった。

「もしかして、どこかの事務所に所属してたりするぅ?」

「はい。WWFに所属しております」

乙姫亀の答えに太郎が「だぶりゅーだぶりゅーえふってなに?」と言ったが亀は無視した。ちなみに、世界自然保護団体の略称である。

「えー、そうなのー。聞いたことない名前の事務所だなあ。弱小なんじゃない? うちに移籍しないかなー。有名なモデルいっぱいいるんだよ」

「もうかります?」

「もちろん! 君ならすぐにトップモデルになれるよ!」

亀はほいほいとスカウトの後についていき、太郎も置いて行かれては大変と慌てて亀の後ろに続いた。

こういったスカウトには詐欺も多い、などということを亀も太郎も知らなかったが偶然にも男の会社はまっとうな芸能事務所だった。ただし、弱小であった。

だが乙姫亀はその絵にも描けない美貌でモデルとして急躍進したのである。

あれよあれよという間にトップモデルに駆け上がった亀を、太郎は隣でぼーっと見ていた。



「太郎さん、いいかげんに起きてくださいよう」

「う……んー、うるさいぞ、亀」

酒瓶をかかえた太郎は寝ぼけたままムニャムニャと返事をした。

「もう、私にばっかり働かせて。太郎さんなんか、すっかりヒモじゃないですか」

「仕方ないだろう。戸籍もない俺に就職なんて無理だって」

乙姫亀は大きなため息をついて豪華な7LDKタワーマンションの部屋を出た。世界的に有名になった亀は今や大金持ちだったのである。太郎はその金で呑み暮らしていた。

「太郎さん、昔はすてきだったのに……」

太郎に命を救われた亀は今もその恩を忘れてはいなかった。自分がいては太郎がだめになる。そうしないために亀は覚悟を決めた。


その夜、亀はいつまでたっても帰ってこなかった。

「亀のやつどこにいったんだ。まさか浮気なんかしてないよな……」

そう思った太郎の酔いが一気に醒めた。亀に捨てられたら生きていけない。太郎は初めて亀への愛を自覚した。

「探しに行こう!」

太郎は街へ駆け出した。亀が行きそうな場所をあちらこちら探し回ったが亀はどこにもいない。

「そうだ、浜だ!」

海へと走ると、そこに確かに亀はいた。乙姫の姿ではなくウミガメの姿に戻っていた。

「亀! お前、何してるんだ」

太郎が呼びかけると亀は首を伸ばして振り返った。

「太郎さん、私は竜宮城へ帰ります。今までお世話になりました」

「おい、待てよ。俺が悪かった、これからは気持ちを入れ替えてしっかり働くから……」

「最後に太郎さんに贈り物があります」

そう言うと亀は大きなひれで砂を掘りだした。涙をぼろぼろこぼしながら辛そうに掘っている様子はまるで産卵を控えたウミガメのようだ。

しかし亀が掘りだしたのはタマゴではなく玉手箱だった。

「これを」

「なんだよ、また玉手箱かよ。開けちゃいけない箱なんかいくつも持っててもしょうがないよ」

「いいえ、これはすぐに開けて欲しいのです」

亀がぐいっと箱を押し出す。太郎は言われるがままに箱の蓋を開けた。

すると箱からはモクモクと白い煙が噴き出して太郎を包みこんだ。

「うわあ、なんだこれは!」

煙のなかから太郎の叫び声が聞こえる。亀ははらはらと涙をこぼし続けながら海へと進みだした。

「亀、待ってくれ! こんな姿の俺を置いていかないでくれ!」

白い煙が晴れると太郎は着物に腰蓑、釣り竿を持ち魚篭を腰にぶらさげた昔の漁師スタイルに戻っていた。

「太郎さん、最近のあなたはダメ人間にまっしぐらです。私はあなたを幸せには出来ない。だからせめて私と出合った時のあなたに戻って欲しかった」

「だからって、この服装はないだろう」

「太郎さん、あなたは知らなかったでしょうけれど、私は出会った時から太郎さんのことが好きだったのです」

「亀……」

涙ながらの亀の告白に太郎の胸に熱いものが込みあげてきた。

「亀の姿のままでいい!俺の側にいてくれ!」

振りかえった亀はぱちくりと瞬いた。

「本当に、本当に私でいいの?」

「ああ。だからいかないでくれ。俺がちゃんと魚を釣ってお前に食わせてやるから」

「嬉しい」

こうして亀と太郎は愛を誓いあい、心を入れ替えた太郎は毎日漁に出かけた。だがウミガメは魚を食べない。亀は一生、愛を以って太郎を食べさせていったとさ。

めでたしめでたし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

浦島カメ子 かめかめ @kamekame

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ