ラブコメを書かせたい編集者と小説家の戦い

のーはうず

だからラブコメはわからない

「せ・ん・せっ、先生! お願いしますよおー。チャンスですよ! 一皮剥ける!」


「だーかーら! 俺はラブコメなんて書けないって!! 歴史・時代・伝奇枠だぞ!? ラブコメと一番遠いところにいるの。わかるでしょ? 歴史物、硬派なの。縄文時代について書いてるの。シビアなの。縄文時代の平均寿命15歳なの。恋愛とかしてる暇ないの!」


「でも、ほら、縄文土器でドキ・ドキッ! なんて・・・」


「しないわ! そんなのオヤジギャグですらないわ。なにそのセンス、どこで身につけたわけ? 編集者から底辺ユーチューバーにでもクラスチェンジ予定か!? やばい動画見つづけて変になったか??」



担当編集はいつにもまして、変なテンションでくねくねしていた。

硬派な純文学作家として慣らし、そろそろ中堅と呼ばれた頃についた新人編集が、今日になって突然、わけのわからない要求をしてきたのだ。今書いているのとは別にラブコメで新作を書いてくださいと言い出した。ラブコメなんて書けるわけがないだろう。



「いや、ほんと、ほんのちょっとでいいんで。原稿用紙3〜4枚でもいいんです。ほんと。ほんの先っちょだけでもいいんで!!」



「・・・。いや、ほんとお前どうした? 誰かに書いてもらった原稿無くして俺に穴埋めさせようとしてないか?」


「いやだなー、そんなするわけないじゃないですかー・・・。私はただ、た〜ぁだ先生に! 先生にラブコメを書いて欲しいんですよ!! 私、ラブコメ好きなんですよね。


(ここからどれだけラブコメが好きかを語ったセリフがありましたが、全カット)




あまりにも長いので、お湯をお水から沸かして茶葉からじっくり蒸らした紅茶を入れることができました。


「・・・と言うわけなんですよ。」


長い演説も終わったようだ。


「ん。終わった? ごめん、聞いてなかったわ。」


「ズッコー! 先生それは酷すぎマン!!」


「ほら、紅茶入ったぞ。ミルクありの砂糖なしだったな。」


「・・・。 先生いいひとすぎマン。」


茶でも飲ませておけば、黙るんじゃないかという打算もあったが、語り疲れたのか、みごとにおとなしくなってくれた。それにしてもなんで、突然ラブコメなんて書かせたがっているのだろうか。編集者というのも大変な職業で、作家の機嫌をとるために、変なテンションで太鼓持ちをしなければいけない。彼女も本当はそんな性格ではないのだろう。疲れたときなど時々素が覗いている。編集者などを生業にする前はたぶん読書好きの普通の女の子だったのだ。



「あ、わかった。ラブコメが無理ならお米のラブ、コメラブについてなら書けるんじゃないですかね! 縄文時代やめて弥生時代に行きましょうよ!!」



前言撤回。おとなしくなったと思ったら何を考えてたのだこいつは・・・。


まだ黙らせる必要があるようだな。

編集が前に好きだと言っていたので、密かに取り寄せていた、特注のドライフルーツたっぷりのタルトを出してやる。目を見開き、もぐもぐと真剣なかおでパクついている間は、お淑やかなものなのだが・・・。



「バレンタインデーのお返しでケーキぐらいはと用意しておいたんだ。でも、美味しいだろ?」


「悔しいけど、とても美味しいです・・・・。」



「だから、何故悔しがる・・・。そうか、今日はホワイトデーだから遠回しにお返しを催促してたのか? ラブコメ、ラブコメって。」



「先生は・・・わかってない!」



いったい、何をわかっていないというのだ、二人のティータイムは今日も静かに終わりをつげた。

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