初恋殺人事件

三木光

第1話 

「そんな重要なこと、どうして今まで黙ってたの!?」


 お母さんに叱られているあいだ、僕は目撃証言をしたことを早速後悔し始めていた。

もしお母さんにあのことがバレたらと思うと、その恥ずかしさで顔中が火を吹くように熱かった。黙っていた理由なんて単純だ。あのことを秘密にしたかったから。


「お母さん、このくらいで許してあげてください。きっと息子さんだって、どう話したらいいのかわからなかったんだと思います。あんな恐ろしいことに遭遇したら……」


 ありがたいことに刑事さんは、耳まで赤くなった僕のことを、叱られてベソをかいているのだと誤解してくれていた。


 恐ろしいこと。


 そう、僕たちが遭遇したのはどうやら殺人事件の犯人、彼が死体遺棄をし終えた帰りの様子らしかった。





 実のところは、僕はほとんど怖がっていなかったし、どちらかといえばこの殺人事件に対しても実感がない。


 知っていたら怖がったかもしれないが、それを目撃した晩はまだ知らなかった。知らなければ、犯人だってただのオッさんである。手ぶらのオッさんをみて、何が怖いものか。それに何より、僕は僕でもっと重要なことにかかりきりだったから。


 質問が一通り済むと、刑事さんは、


「また何か思い出したことがあったら、今度からはすぐにお母さんに伝えるんだよ。おじさんと約束だからな」


 こうして僕は、警察からは解放された。





 ……が、まだお母さんからは解放されていなかった。そしてとうとう、お母さんは秘密の核心に迫る質問をしてきた。 


「あんな夜遅くまで、一人で何してたの? 皆川くんたちと遊んでたんじゃないの?」


 聞かれた!


 僕の心臓は口から飛び出しそうなほどバクバクと跳ね上がった。でももう刑事さんはいない。今は僕一人だけで、お母さんを騙し切らなければならない。


 どうか嘘とバレませんように。


「ああ、うん。秘密基地に忘れものをしたから、僕だけ取りに戻って、そしたら……」


 どうかバレませんように。


 どうかバレませんように。


 どうか……。


 しばらくの間お母さんは探るような目線を僕に投げかけていたが、やがて諦めたように、


「わかったわ。でも今度から、次の日明るくなってから取りに行くようにしなさい」


 僕はホッとした。


 本当は違う。


 一人じゃなかった。あの夜、あの場所には、僕と犯人とを除いて、あともう一人だけいた。クラスメイトのアヤちゃんと。


 皆川くんたちと別れたあと、僕たちはこっそりと示し合わせて秘密基地のある裏山に戻り、夜の山道を登っていった。懐中電灯も持たずに。中腹から見える、夜空の星々を二人きりで見るために。

繋いだ彼女の手は、この世のものとは思えないくらいに温かかった。


 途中でやってきた犯人は、星を見ながら一緒にいた僕たちを見て、何かに負けたような情け無い顔をして帰っていった。


 そんなオッさんのことで、僕は通報しようとは思わなかった。


 通報してあの夜のことを聞かれるのが嫌だったから。


 答えることで、あのことを覗き見られてしまう気がしたから。


 あの夜のことを、永遠の宝物として秘密にしておきたかったから。



 なぜなら、

 


 僕らがそのときしてたのは。



 一生に一度、生まれて初めてのキスだったからだ。

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