彼女の涙の意味
しろもじ
第1話 もしかして:計画通り
「いや、だから……やっぱり、そういうのって良くないんじゃないかって」
「え、なんで?」
「だって、ほら。私たち女の子同士だし」
「あぁ、大丈夫よ。私、そういうの気にしないから」
「……でも、普通じゃないでしょ?」
「そう? A組の片西さんと花房さん、二年の小暮先輩と大山先輩も付き合ってるのよ。他にも――」
「そういうことを言ってるんじゃなくって」
「あら意外。結月ちゃんって、案外古風なのね」
「……古風って」
「でも、そういうとこ……好きだよ」
ダメだ、何を言っても通じない。
結月にしてみれば言葉通りの「よい友達として」というつもりだったのだが、朝海はそうは受け取っていなかったらしい。
はっきり言わなくちゃ。何度もそう思うのだが、冷静に説得しようとすればこのように噛み合わないし、いっそ冷たく接しようと心を鬼にしてみたものの「結月ちゃん……私のこと嫌いなの?」と涙ぐんだ目を向けられてしまい、つい「いや、そんなことは」と返してしまう。
結果「私も大好き!」と抱きつかれることとなる。
(悪い子じゃないとは思うんだけど……)
ようやく朝海の追跡を巻いた結月は帰路につきながら、はぁぁぁと深い溜め息をつく。と同時にスカートのポケットに入れてあったスマホがブルッと震えた。
またか……。
件の告白以降、結月のスマホに届く通知は(控え目に言って)倍増した。授業中、放課後、帰宅後、深夜、早朝。時を問わず、朝海からのメッセージが届き続けている。
今朝、母親とご飯を食べているときなどは
「結月、どうしたのボーッとして」ピローン
「……え、ううん。何でもないよ。ちょっと寝不足で」ピローン
「夜更かししてたんじゃないの? あんた最近――」ピローン
「大丈夫大丈夫。勉強には支障はないから」ピローン
「ねぇ、スマホ鳴ってるけど?」ピローン
「これは……いいの」ピローン
といった感じ。
文武両道。しかも並外れた容姿の持ち主で、誰からも尊敬され憧れの対象ではあるが、その分ちょっと近づきにくい。「クール&ビューティ」それは朝海の世を忍ぶ仮の姿だった。本当の彼女は「構ってちゃん」であり「依存体質」であり、端的に言うと「メンヘラ」だった。
(それだけじゃ足りない。こちらの都合も関係なしだし、私の話を聞かないし。自己中で傲慢だ)
だが、そんな彼女のことを憎みきれない、というのも事実だった。それは朝海が送ってくるメッセージが「今度、ゴハン作ってあげる。何が食べたい?」とか「大丈夫? 調子悪いの?」みたいに、自分のことを想ってくれていることがにじみ出ているというのを、結月自身が感じ取ったからだった。
それ故に無碍にできない。いっそ彼女が自分のことだけを考えるような人間であれば楽だったとも思う。でも人間は、気にかけてくれる人には弱いものだ。
そうは言っても、家に帰っても心休まるときがないのも事実であり、震え続けるスマホに怯えながら一晩過ごした結果――翌朝目を覚ますと、身体がダルい。フラフラする。真っ直ぐ歩けない。体温計で測ると三十八度を超えていた。
「学校には電話しておくから、ゆっくり休みなさい」
母親の言葉に従い、結月は布団に潜り込んだ。薬を飲んで横になると、すぐに意識が遠のいていった。結月は夢を見ていた。
「あなたの一番になりたいの」
夢の中で朝海は、頬を染めてうつ向いていた。結月は朝海の恥じらいにも似た表情に、思わず胸がキュッと掴まれたような思いがしていた。
「二番じゃイヤなの」
そう言って朝海は結月の首元に手をやる。ひとつひとつボタンが外されていく……。
「一番になりたいの」
って、ダメー! それはダメっ!!
そこで目が覚めた。思わずベッドから飛び起きる。胸元を確認する。パジャマのボタンが二つ外されて、胸があらわになりかけていた。
あ、え、えええ? なんで!?
「大丈夫?」と声をかけられて慌てて振り向くと、そこには朝海が座っていた。手にはタオルが握られて、表情には戸惑いと驚きが見て取れる。
「あの、汗が凄かったから……」
朝海の言う通り、結月のパジャマは汗でグッショリと湿っていた。
「結月のお母さんから、替えのパジャマ借りてきたから着替えて」
朝海が手を伸ばしてくる。「止めてっ!」その手をはねのけた。
「触らないで!」
同性であっても、それほど親しい人間でない朝海に身体を触られるのは、結月にとって恐怖を覚えることだった。それでも、冷静なときであればもう少し対応も違っていたかもしれなかった。しかし多少下がってきたとはいえ、熱で寝込んでいた後ということもあって咄嗟に取った対応は、自分でも少し酷いものだと結月は感じていた。
それでもまだ少し残っている恐怖心と自分自身への嫌悪感で、結月は布団に包まるとそのまま何も言うことができなかった。
しばらくしてから「ごめんね」と消えるような声が聞こえてきた。続いてドアの閉まる音と階段を降りるトントンという音。そっと布団から顔を出してみると、朝海の姿はどこにもなかった。
ちょっとだけホッとしつつも、自分のしたことへの後悔を覚え始めた結月の視界に、床に置かれたコンビニの袋が目に入ってきた。ヨロヨロとベッドから降り、それを開けてみる。
中にはヨーグルトにプリン、バナナ、スポーツドリンク、栄養ドリンクなどが詰め込まれていた。それらの上には小さなメモが置いてあり、開いてみると『早く良くなってね』と可愛らしい文字で書かれていた。
「どうしたの? 何かあったの?」
心配した母親が様子を伺いに部屋へ来る。
「お友達と何かあったの? なんか泣いてたけど」
その言葉に、反射的に結月は飛び起きる。椅子にかけてあったカーディガンを掴むと、階段を降り玄関から外へ出た。左右を見回すと、少し離れた場所を歩く一人の女子生徒の姿が見えた。
「朝海……」
まだ少しふらつく足で結月は駆け出した。「朝海っ!!」
かすれた声で何度か彼女の名を叫ぶ。振り返った朝海の顔は、驚きから喜び、そして泣きそうなものへと目まぐるしく変化していた。朝海も結月の元へと駆け出す。
「朝海!」
「結月……ダメじゃない。寝てなくちゃ」
「ううん。そんなことより……ごめんね。私、酷いことを……」
息が切れて言いたいことが上手く言えない。いや、それだけのせいじゃない。悪いことをしたのは自分なんだ。それはちゃんと謝らないと。
「……ごめんなさい」
結月が頭を下げると、朝海は少し困った顔で笑う。それは彼女がいつも見せている、華麗でクールな笑顔とは違って、本当の彼女の表情のように思えた。
「いいのよ。私、気にしてないから」
優しい、包み込むような朝海の口調に結月は救われたような思いがした。色々言いたいこともあったけど、やっぱり朝海は自分のことを心配してくれている。結月は心が何かに満たされていくような感触を覚えていた。
「ダメじゃない。ちゃんと着替えないと」
朝美が結月の肩を抱くようにして支える。
「え、いや、自分で歩けるから」
「ダーメっ! 結月ちゃん、調子悪いんだから」
朝海の瞳がキラリと光る。
「私が着替えさせてあげる」
「ヒィッ」
結月は熱とは別の悪寒を感じ、朝海の手から逃れようと身体をひねる。だが、ガッチリと回された朝海の腕は、まるで拘束具のように彼女を捕らえて離さない。
「さ、部屋に戻りましょう」
朝海が楽しそうに笑う。結月はその表情を見て、しょうがないかと思う。自分を想ってくれる人が、たまたま同性だったというだけだ。そういう愛もあるのかもしれないと思い始めた。
少し安心すると身体の力がガクッと抜けてきた。朝海に抱えられ、ゆっくりと家へと歩く。また意識がぼーっとしてきたなぁ……。
そんな結月に朝海がポツリと言った一言は耳に届いていなかった。
「案外チョロいのね、結月ちゃん。やっぱり私が守ってあげないと」
彼女の涙の意味 しろもじ @shiromoji
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