ケルベロスとグリフォンの、いちゃいちゃ八百長デイズ
市亀
君の翼が、私を幸せへ連れていく。
召喚獣。
異界より呼び出され、人間を遥かに凌駕する力を振るう幻獣たち。
その圧倒的な力は、この世界の人間たちの争いにおける決定打であり、彼らを使役する
召喚獣と渡り合える力を持つのもまた、召喚獣。よって近年の重要な戦闘は、召喚獣同士の激突によって決することが多い……というのは、人間側にとっては揺るぎない事実なのだが。
一方の召喚獣にとっても同じかというと、そうとは限らない。
多くの召喚獣は神によって同胞への仲間意識を消され、闘争心と契約への服従心を植え付けられているのだが、たまに、その手の洗脳が失敗する個体もいる訳で。
「いや、わたし、召喚獣同士で闘いたくないんすけど」
みたいな意識のまま、呼び出される奴も、割といるのだ。
これより語られるのは、そんな召喚獣たちの自演劇の一幕である。
*
「……並び立つ其の三柱は
異次元から聴こえるマスターの
大嫌いな声にうんざりとしながら身体を起こそうとするとが――だめだ、全然疲れが取れてない。あのクソマスター、絶対に私の休養のこと考えてないでしょ。他の子も使えっての、男どもは休みすぎだ。
幻獣界から人間界への門の役割を果たす
身体が紋章に吸い込まれていく中で、ふわあと欠伸――さて、働きますか。
人間界側の地面に描かれた紋章からケトレが――ケルベロスの
目を開き、適当に唸り声を上げながら見回すと。砦の前で守りを固めている兵たちの旗は、今のマスターの敵方だった。後ろを見ると、平原側に陣取っているのはマスターの軍勢。なるほど、攻城戦か。
きりり、ケトレを刺す感覚。マスターとの接続が完了したらしい、魔力が流れ込んでくる。
「さあケルベロスよ、そなたの荒ぶる力を解き放ち給え!」
若い癖に高慢ないけ好かないマスターが、芝居がかった仕草で命令する。その言葉と共に、ケトレを制御するための魔力がより強く流れ込む。
はいはい、働きますよって。働かないと存在できませんし我々。
腕を振るえば、何体もの人間が造作もなく吹き飛び。
足が地を蹴れば、巨躯は砲弾のように宙を翔ける。
豊かな毛並みに隠れた皮膚は、刃も矢も全く通さず。
右の頭は炎を吐き、左の頭は地も生物も凍てつかせ、中の頭は全てを竦ませる咆哮を上げ。
三つの頭の全てが、何もかもを貫き砕く、強靭な顎と牙を持つ。
……という訳で、人間がいかに装備を揃え列をなしても、ケルベロスの敵ではなく。
ケトレは準備運動のような気分で、砦の前の兵たちを蹴散らしていた。
「お前ら逃げるぞ、敵う訳ねえ!」
敵兵たちが散り散りに砦へと引き返していくのに乗じ、自軍は一気に門を突破。
まあ本番はこっからですよねと、ケトレが敵の出方を伺っていると。案の定、向こうからも召喚の気配。
幻獣たちは、小さい頃は共に育てらる。成長した彼らの中で召喚獣となる者は神による洗脳を受け、仲間意識の一切が消されることで、召喚獣に必要な感情だけが残ることになっている。
しかし一部の洗脳は失敗し、それまでの記憶や感情を持ったまま、他から隔離され召喚に応じることになる。ケトレもそのパターンだ。
よって人間界で会う召喚獣の大部分は意思疎通ができず、戦わざるを得ないのだが。一部は意思疎通ができ、「お互い痛くないくらいに、戦ってる振りで済ませましょう」となる。もっとも、真剣勝負を挑みたがる物好きもいるのだが。
ケトレは幻獣にのみ通じる念を、あちらへ送る。
(もしもしー、お話できる方ですか? 応答願います~)
すると、驚いたような気配が返ってくる。
(うっわあ、え、仲間いるの!?)
なんだか聞き覚えのある、女の子の声。
(はいはい、あなたの敵のマスターの召喚獣です。戦わないで済むならそっちの方がいいんで。あ、私はケルベロスのケトレです)
(うええ、ケト先輩!?)
その呼び方に、記憶がよみがえる。
(もしかしてフリュール?)
(そうですよ~、うっわびっくりです!)
グリフォンのフリュール。幻獣学校に通っていたときに仲の良かった後輩で、ケトレのことを姉のように慕ってくれていた。
成績が悪く召喚獣くらいしか勤め先がなかったケトレに対し、フリュールには守護獣だったり師範獣だったり、より待遇のいい職を望めたと思うのだが。
(そっかー、あんたも召喚獣か……)
(まあ、色々あってです……)
感傷に浸っていたケトレを、魔力の痛みが襲う。マスターの「鞭」だ。
「行け、ケルベロス。彼奴らの召喚獣を倒すのだ!」
……っるさいな、はいはい、行きますって。
咆哮を上げて城壁を跳び越えながら、フリュールがいる方向を目指す。
(じゃあフリュール、分かってると思うけど、召喚獣の務めは果たしているって見せかけないといけないから。とりあえず戦う振りするよ)
働きの悪い召喚獣は召喚されなくなる。そうなると神から存在価値なしとみなされ、やがて食い物にされる。幻獣界は世知辛い。
(せーーーーんぱーーーーい!!)
兵たちを蹴散らしながら砦を駆け抜けるケトレの前に、雷光のように天から舞い降りた影。
きりりとした空色の瞳、白銀に煌めく翼、ふさふさとした黄金の毛並みの胴体。何より、グリフォンとしては珍しい紅い嘴。
間違いない、妹分のフリュールだ……良かった、彼女にも洗脳は効かなかったのか。
(おお、ほんとにフリュールだ……っと、ゆっくり再会喜んでる訳にもいかないから)
(は、はい、戦う振り、ですね!)
念で会話をしながらも、にらみ合うような素振りは欠かさない。
(じゃあ私から、そこに突っ込むから上に避けて――さん、はい)
猛然と飛びかかると、フリュールは余裕を持って飛び立ってくれた。
(次、右……あんたから見て左寄りに炎弾撃つから、右に飛びつつ接近して。せーの、)
空気を焦がす炎弾が外れた隙に、フリュールが接近する。
(ギリで避けるから、降下蹴りして!)
(はい、とうっ!)
待った、こんなに速いの――ごふっ。
フリュールの蹴りが直撃したケトレは、地面を転がり城壁に激突。
(せせせ、せんぱい!?)
(……大丈夫、叫ぶからね)
咆哮を上げる。多分、反撃に激高したように見えるはずだ。
(上から氷を落とすよ、離れて!)
(そおいっ!)
(風の刃とか出せたよね)
(はい、壁の方に避けてくださいね、おりゃっ)
彼女たちが見せかけの激闘を繰り広げるうちに、周囲は原型をとどめないほど破壊され、兵たちも巻き込まれないように離れていた。恐らく、マスターもそう近くにいないはずだ。
(さて、と。あんた、まだ召喚獣やって浅い?)
(まだ四回目ですけど、負けっぱなしです)
(じゃあ、そろそろ白星あげないとマズイな……今回は勝ち譲ってあげる。砦正面の部隊襲えば、すぐ撤退すると思うよ)
(そんな、それじゃ先輩の評価が……)
(最近は勝ち続きだったし。連戦で調子鈍ったみたいに思ってくれるよ)
(はい、じゃあ、お言葉に甘えて……)
(その前に。適当に私の身体に傷入れといて。軽めに)
(し、失礼して……)
(あたっ……そうだね、手加減も覚えよっか)
*
それからというもの。
ケトレとフリュールは遭遇する度に激闘を「演じ」、慣れてからは戦いに紛れて遊ぶようにもなった。
召喚獣たちは幻獣界ではお互いに交流できないため、召喚されないことには他と会えないのだ。だから、召喚されている内にできるだけ一緒にいたい。
あるときは、威力を弱めた炎弾と風刃のぶつけ合いっこをして。
(これが偏差射撃じゃあい!)
(むかーっ、仕返しですっ)
(があっ……手加減! 手加減!)
あるときは、接近戦の振りをどこまで派手にできるかに挑戦して。
(右、左、上、)
(爪、嘴、バック、)
(前に出て――)
(――カウンターのキック、)
(錐もみ! バタン!)
(カット!――すごい、決まりましたよ!)
あるときは、組み合う度に睨めっこをして。
(三つの頭で笑わせに来るの、ずるいです!)
(私ヒュドラに勝ったことあるもん、ってか三倍笑うリスクある私の方がきつくない?)
あるときは、城下町を破壊して回りながらグルメツアーを敢行した。
(うわー、豚って美味いんですね!)
(ねー……召喚獣って豚とか食えるのかな)
(人間食う奴いっぱいいますし、平気ですよきっと)
あるときは、同時に召喚されたドラゴンの暴走を止めた。
(おうらぁ――ノドがら空きです、せんぱい!)
(ナイス、よっと、止めぇっ!)
あるときは、谷底に道連れにされた振りをして、洞窟で気の赴くままにじゃれ合った。
「わあ、やっぱり犬系はもふもふだあ……もっともふもふさせてくださいせんぱい、もふもふ!」
「ちょ、フリュールやりすぎ……いたっ、爪! どうにかして!」
「……痛がるせんぱいって、なんでこんなに可愛いんですか」
「怖い! 嘴を光らさないで!」
あるときは、フリュールに連れていかれた振りをして、山頂から夕焼けを眺めた。
「せんぱい」
「うん」
「大好きです」
「私もだよ」
「……せんぱいの好きとは、違う好きです」
「フリュール、愛してるよ」
「――っ!」
「フリュールは?」
「……愛してます、せんぱい」
*
そうして、季節は巡り、マスターは何度も代わり。
戦いだけしかなかった、大嫌いだったはずの日々が嘘のように。
今では、詠唱が聞こえるたびに心が弾む。
たったひとりに会いたくて、その声を待ち続ける。
ねえ。今日は、君に会えるかな。
ケルベロスとグリフォンの、いちゃいちゃ八百長デイズ 市亀 @ichikame
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