桜美丘の乙女たち
三谷一葉
絶対妹宣言!!
「お姉様って良いよねえ」
「何だよ突然。気持ち悪い」
「気持ち悪いとは失礼な。
「桜美丘?」
「知らない? 私立桜美丘高校。あそこ、姉妹制度があるんだよ」
「何それ」
「上級生が下級生の面倒を見るんだよ。実の姉妹みたいに。だから、先輩の方がお姉様で、後輩は妹になる」
「美弦はお姉様が欲しいの?」
「いや、どっちかって言うと妹の方が欲しいかな。お姉様って呼ばれてみたい」
「…………」
高校生が大人と同じように見えていた、小学生の頃。
確かに、そんな話をしたのを覚えている。
☆☆☆
私立桜美丘高校のモットーは、「楽しく学び、正しく遊ぶ人間を育成する」である。この後にいずれ良き母良き妻となるようにと続くので、男女平等が叫ばれる現代で何を時代錯誤なと言われることも多い。しかし、これで意外と先進的なところもあり、生徒たちの制服は、スカートでもスラックスでもどちらでも構わないという学校でもある。
「ご機嫌よう、お姉様」
「あら、ゆかりさん。ご機嫌よう」
上級生が姉、下級生が妹となる姉妹制度があるために、桜美丘高校へ向かう道には、二人連れの女子高生で溢れている。そんな華やかな光景を横目で見ながら、
「お姉様────っ!」
背後で、誰かが叫ぶ声がする。
ちらりと後ろを振り返ってみると、手をぶんぶんと振りながらこちらに向かって爆走して来る生徒の姿があった。
まだ桜美丘に入学して間もないらしく、スカート丈は標準通りで、胸元のリボンの結び方も校則通り。外見だけなら至って真面目な女子高生だ。
一度立ち止まり、はてあの子のお姉様は誰だろうかと考える。美弦の姉は去年卒業し、特に世話をしている妹も出来なかったため、今は気楽な独り者である。
だから、自分ではないと判断した。前を向いて、学校に向かって歩き出す。
「お姉様お姉様お姉様お姉様っ! 美弦お姉様ってば!」
自分の名前を聞いた時、嫌な予感がした。
本能に従って、一歩横に移動。
「美弦おねえ────もがっ」
爆走の勢いのまま美弦に飛びつこうとした幼馴染は、美弦の脇をすり抜けるように通過してそのまま地面と熱いキスを交わすことになった。スカートが盛大にめくれあがったが、乙女の嗜みとして体育用の短パンを履いていたので特に問題は無い。
「朝から元気だね、トモ。大丈夫?」
「ああお姉様、なんてお優しいの! トモ感激!」
「あのさ、トモ。お姉様って何? どういうこと?」
「ああ、ごめんなさいお姉様。まずはお願いしないとでしたわね」
地面との抱擁を終えた幼馴染はむくりと起き上がると、まずはめくれあがったスカートを直し、制服についた土埃を手で払い落とし、それはそれは綺麗な笑顔で、
「桜美丘に入学できたら、美弦お姉様に姉になってもらおうって決めてたんです。だからお姉様、トモを妹にしてください」
「妹? トモを?」
「はい」
「え、無理」
「わあ嬉しいおねえさ…………ってあれ? お姉様、今なんと?」
「だから、無理。トモが妹とかありえない」
「ええええええっ!?」
その後の通学路は、美弦にとっての精神修行の場となった。
何しろ、腰に半泣きの下級生をしがみつかせたままの登校である。周りの視線がとても痛い。
それに、いくら美弦が女子高生にしては高身長で、制服にスラックスを選択するような人間だったとしても、それでもか弱い少女である。腰にしがみついた下級生をずるずると引きずりながら歩くのは、なかなかの重労働だった。
「妹にするって言うまで離れません!」と頑張っていたトモだが、校門前で挨拶運動中の教師に見咎められ、あえなくお縄となった。
やれやれやっと自由になったと息をついた美弦だが、トモは全然まったくこれっぽっちも諦めてはいなかった。
朝礼が終わり、そろそろ一限目が始まろうかという頃。
教室の外の廊下から、よく知っている声が聞こえてきた。
「絶対に、ぜえったいに諦めませんからね、お姉様────っ!」
随分情熱的な子だね、誰の妹なんだろうとにこにこ笑う同級生。
誰だろうねえと合わせながら、美弦の頬は引きつっていた。
二限目の終わり。休み時間。いつもは入らない校内放送が始まった。
「一年某組匿名希望。お姉様への溢れる愛を詩にしました。どうぞお聞きください。ああお姉様お姉様、あなたはどうしておねえ────ちょ、まっ、何だよ今良いところだろっ、離せ! 離せってば、あっ───」
唐突に始まった校内放送は、唐突に終了した。おそらく放送委員が勝手に校内放送を始めた不届き者を確保したものと思われる。後で放送委員に差し入れでも持って行こうと美弦は思った。
昼休みの終わり間際。屋上にて。
美弦を探して校内を走り回っていたらしいトモが、可愛らしい弁当箱を片手に登場した。ぜえぜえと息を切らせながら、それでも笑顔で、
「ふ、ふふふふふ。やっと見つけましたよお姉様」
「よくここがわかったね…………ここ、私くらいしか来ないのに」
「お姉様と一緒にご飯って決めてましたから! ほら、愛妹弁当! お姉様のために作ったんですよ!」
「あー、ごめん。お昼はもう食べちゃったし、もう時間切れかな」
「そんなっ!?」
「もうそろそろ授業始まるしね」
そろそろ教室に戻らないといけない時間だった。可哀想だが食べる時間はない。
弁当箱を美弦に向かって差し出した姿勢のまま、トモはショックを受けたように固まっていた。その横をすり抜けるようにしながら、トモの手から弁当箱を取り上げる。
「お昼に食べるのは無理だけど、オヤツ代わりに貰おうかな。明日洗って返せば良いよね」
トモからの返事はない。まあ問題ないだろうと、美弦はそのまま教室に戻った。
そして放課後。下校の時間である。
トモは校門の前で美弦を待っていた。自宅は隣同士のため、必然的に並んで帰ることになる。
「なんで妹にしてくれないんですか」
小さな子供のように頬を膨らませるトモに、美弦はため息混じりで答えてやった。
「なんでも何も、トモは妹にはなれないでしょ。だって男なんだし」
私立桜美丘高校のモットーは「楽しく学び、正しく遊ぶ人間を育成する」である。この後に良き妻良き母になるように、また良き夫良き父になるようにと続く男女共学の高校だ。
古き良き伝統を大事にしているようで意外と先進的なところもある。制服はスカートとスラックスの二種類あり、女子がスラックスを履いても問題無いし、男子がスカートを履いていても問題無い。
上級生が下級生の面倒を見る兄弟姉妹制があり、大体の生徒は同性と兄弟あるいは姉妹になる。
「なんでいきなり妹になるとか言い出したの? トモなら他に良いお兄さんが出来そうだけど」
「…………だって、言ったじゃないか」
「え?」
いつもの男の子の声で、トモ────智樹は拗ねたように言った。
「美弦、言ってたじゃないか。妹が欲しいって。お姉様って呼ばれたいって」
「言ってた…………かな、そんなこと」
確かに言ったかも知れないが、大分昔のことだったような気がする。年下の幼馴染は、律儀にそれを覚えていたようだ。
「言ってたよ。だけど、高校じゃあ妹できてなかったみたいだし。それなら俺が桜美丘入れたら、美弦の妹になろうって」
「おやまあ」
「何だよ、何か悪いかよ」
言っているうちに恥ずかしくなってきたのか、智樹の顔が真っ赤になっている。
女の子みたいな格好をして、女の子みたいな話し方をして、愛妹弁当なんてものまで作って。
彼は大いに真面目だった。美弦の妹になるために。
「ごめんごめん。ありがとうね」
「何だよそれ。俺、一生懸命だったんだぞ」
「うん、そうだよね。だからさ、妹は無理だけど、弟ならどう?」
「え?」
「トモとなら、姉弟になるのも悪くないかなって」
「……………………。それは、やだな」
「おやまあ」
予想外の返事だった。何が不満なのだろう。
首をかしげる美弦に向かって、智樹はびしりと指をさして、
「なるなら、妹! 妹が良い! いつか絶対認めさせてやるから、覚悟しとけよ!」
風にはためくスカートに、胸元で揺れるリボン。
そんな可愛らしい格好で、二歳下の幼なじみは高らかに宣戦布告をした。
桜美丘の乙女たち 三谷一葉 @iciyo
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