スタバティック・ラブ

蔵樹 賢人

さくら色のスタバティック

 わたしは咲良さくら。コーヒーショップ「スタバティック」のアルバイト。言っておきますけど、「スタバ」じゃありませんわ。「スタバティック」ですの。

 アルバイトと言ってももうベテラン。高校一年のときから始めてもう五年。高校卒業してからはほぼ一日中ここで働いてますわ。

 アルバイトだからって馬鹿にしないでくださる? わたしはこの仕事に誇りを持ってますの。その証拠に常連の好みはほぼ完璧に覚えていますわ。

 奥のボックスにいるフチなしメガネちょいワルあご髭おじさんは毎朝ラテにドーナツ、支払いは現金ですわ。

 カウンターのショートボブイケイケシカゴな米倉お姉さんは三時に600mlのグラマラスタンブラーでトールドリップ。はちみつとローファットミルクを足していきますの。支払いはアプリですわ。

 あそこの電源テーブルで真っ赤なBeatsでMacbookやってる学生さんは、とにかくスコーンがお気に入り。そしてモカ。いろんなトッピングを楽しんでますの。支払いはLINE Payですわ。

 そして最近注目なのが、ロイドメガネのふわふわマッシュ爽やかイケメン多分新人サラリーマン。彼はまだスタバティックな注文に慣れてませんの。ドリップだったり、ラテだったり、ドーナツだったりシナモンロールだったり。支払いも現金だったりEdyだったりQUICPayだったりPayPayだったり。とにかく行動に一貫性がありませんわ。試行錯誤ですの。

 わたしはスタバティックなプロフェッショナル。誇りをもって彼の好みを把握してみせますわ。


 僕はコーイチです。今年大学を卒業して社会人になりました。田舎から上京してきたんですけど、すっかり都会ライフを満喫しています。地元じゃあスタバに行くのに車でドライブスルーだったんですけど、ここじゃあ歩いて行けます。びっくりです。いま気に入ってるのはスタバティック。スタバに似てるんで大丈夫かなって思うけどコーヒーは美味しいです。毎日いろんなメニューを楽しんでます。支払いもいろんなものに対応してて、マーケティングの仕事をしてる僕としてはいろいろ試せるのがいいです。

 毎日通ってたら店員さんが覚えてくれたみたいでちょっと嬉しいです。特にポニテのバイトの女の子が一生懸命で好感が持てます。なんだか僕のときにはあたふたしてるのが可愛いです。僕のことが好きなのかもです?


 来た。ロイドくん来ましたわ。昨日はドリップとニューヨークチーズケーキでしたけど、今日はどうですの?

「えと。さくらソイラテのトール、エキストラホイップで。それからさくらシフォンケーキください。こっちにもホイップ乗せてください」

 ええ? いきなりスタバティック! エ、エキストラホイップだなんて。どこでそんな技を覚えましたの? 昨日までとはまるで違いますわ。もしや他の店舗で? それはイヤ。それはダメですわ!

「あ、店内で」

「……」

「あの。どうかしましたか?」

 はっ。いけない。いけないわ。わたしはスタバティックなプロフェッショナルなのに。こんなことで動揺するなんて。しっかりしなくていけませんわ。

「か、かしこまりました。さくらソイラテ、トールサイズ、エキストラホイップでお一つと、さくらシフォンケーキお一つ、こちらもエキストラホイップでございますね。で、店内でお召し上がり。お支払いは……」

「これで」

 わわ、スタバティック・アプリですわ! どこでそんな技を。うれしい。うれしすぎますわ。

 いけない。いけないわ。浮かれてないでロイドくんの好みをチェキラですわ。

「アプリ、入れてるんですのね」

「あ、そうなんですよ。なんかみんな入れてるしオシャレかなって」

「ですわっ! これポイントも貯まるんですの。250ポイント貯まるとうれしい特典つきますの」

「へえー、楽しみだなぁ」

 会話がいい感じになってきましたわ。もう少し押してみますわ。

「今日はさくら尽くしですのね」

「そうなんですよ。僕、さくら大好きなんですよ」

 さくら 大好き さくら 大好き ……

「さ、さくら、好き……」

「はい! 大好きですよ。ああ、名前『さくら』なんですね。名札もさくらの絵で可愛いです」

 さくら 可愛い さくら 可愛い ……

 ずきゅーん

 ももも、もしやロイドくんはわたしが好み? ロイドくんの好みはわたし? 「あ、あの」

「僕、コーイチです。覚えてくださいね」

 ロイドくんはコーイチくん、ロイドくんはコーイチくん、ロイドくんはコーイチくん。

 覚えます、覚えます、覚えますわ。

「あ、あちらでお待ちください。あちらで。はい」

 こここ、恋の予感ですわ! わたしはスタバティックなプロフェッショナル。さくらのスペシャルスタバティックで振り向かせますわ!


 ポニテの子、「さくら」ちゃんなんですね。可愛いです。あの慌てぶりは新人さんかもしれません。さくら、ちゃん……。やっぱり僕のこと好きなのかもです。

 今日もいるかな。あ、いるいる。あ、目があった。あれ? なんか慌ててます。大慌てです。

「こんにちは、さくら…… ちゃん」

「こ、こんにちは、コーイチ…… くん」

 さくらちゃん、顔がさくら色です。可愛いです。やっぱり僕のことす……。

「あ、あの、これ、わたしのおすすめですの」

「へ?」

 あれ? これは何でしょう。もう何か出来てるんですけど。

「エキストラホイップさくらキャラメルソイラテエキストラショットですの」

「エキ…… エキ…… え? え?」

「エキストラホイップ、さくら、キャラメル、ソイラテ、エキストラショット、ですの」

 なんだか、よく分からないです……。

 でも、この真剣な眼差しは……。やっぱり、やっぱり、僕のこと好きなのかもです。

 でもでも、困りました。今日はドリップで良かったんですけど。でも……。

「分かりました。いただきます! 美味しそうですね? あの、おいくら……」

「要りません! これ、わたしの気持ちですの! どうぞ」

「あ、ありがとう」

 得しちゃいました。やっぱり、やっぱり、やっぱり、僕のこと好きなのかもです!


 今日もコーイチくん、来るかな。こないだの気持ち伝わったかな。甘くて、苦くて、優しくて、フローラルなさくら咲良の恋を表現したんですの。わたしはスタバティックなプロフェッショナル。スペシャルスタバティックで振り向かせてみせますわ。


 今日もさくらちゃん、いるかな。こないだのは甘くて苦くてフローラルで、胃にやさしいんだが悪いんだかよく分からなかったけど、サービスしてくれるのは、僕のこと好きなのかもです。


 あ、来ましたわ。

 あ、いるいる。


「こんにちは、さくらちゃん」

「こんにちは、コーイチくん」

「桜、咲きましたね」

 さくら 咲く サクラ サク コイハ ミノル ……

「あの……」

「あ、なんでもないですわ。桜、咲きました。こ、恋も……」

「え?」

 い、いけないいけない。スタバティックな技で勝負ですわ!

「ご、ご注文は……」

「そうですね。じゃあ、さくら……」

「え? さくら? わたし?」

「え?」

「え?」

 い、いけないいけない。スタバティックですわ!

「さくら…… のスペシャルがいいんですの?」

「そうだなぁ。さくら好きだからなぁ」

 ずっきゅん ずっきゅん ふわわわわー

 さくら すき さくら すき ……

「じゃじゃじゃ、じゃあ、わたしがさくらスペシャルご用意いたしますわ!」

「あ、いや、え、あの…… 普通のでいいですよ?」

「いえ、とびきりのご用意しますわ。あちらでお待ちください。あちらで」

「あ、はい……」

 今日はちょっとひねってスパイシーな恋を表現しますわ。

「どうぞ」

「こ、これは?」

「さくらオレンジショコラアフォガードエキストラショットアンドピンクペッパーですわ」

「は?」

「さくら、オレンジショコラ、アフォガード、エキストラショット、アンド、ピンクペッパー、ですわ」

「お、美味しそうです、ね。ペッパー、ペッパー? 胡椒?」

「そうですの。スパイシーで刺激的ですわ。1,200円ですの」

「あれ?」

「何か?」

「い、いえ、楽しみますね。あ、アプリで」

「ポイント、貯まりますわね」

 完璧ですわっ。これぞスタバティックなプロフェッショナルの技。さくらスペシャルでコーイチくんの心を鷲掴みですわ!


 苦々でスパイシーでフルーティーでフローラルで、とっても胃に悪かったけど、今日もさくらちゃん一生懸命で可愛かったです。あの可愛さは僕のこと好きなのかもです。

 明日も、さくらちゃんいるかな。


 

 

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