勇者は一日一回は、リアル・ワールドに帰りたい。

柳なつき

魔王城にて

 この世界では、俺は勇者と呼ばれている。

 勇者は今日も忙しい。今は魔王から呼び出しを食らったので、おどろおどろしい魔王城にお邪魔しているのだ。


 黄金のクラウンに、ダークブルーのマント。

 今日も勇者らしい格好をして、向かった。



 魔王城の玉座には、燃えるような赤い髪を垂らして背中を向けた魔王がひとり。

 宵闇と鮮血の色で構成された装束は、魔族陣営のトップの証だ。



「――ただ、俺のことを呼び出したかっただけなんじゃねえの?」

「そんなわけないでしょう、勇者」



 魔王は、振り向くと。

 腕を組みながら、フンと鼻を鳴らした。

 


「それで、何だよ、そんな急ぎの用事って」

「世界の半分をあなたにあげようという相談よ?」


 魔王が声を立てて腕を動かせば、煉瓦の壁は透明になって世界のすべてが見えた。

 そう、文字通り、この世界のすべてだ。

 どこまでも広がる空、草原。点在する村、城壁で囲まれた都市。


「もう、その話、聞き飽きたんだけど……いらないって言ったじゃん?」

「私ならあげられるのよ、この広大な世界の半分を……だって私は世界から認められた、正当な魔王!」



 魔王は、世界に向かって両手を広げた。

 圧倒的にリアルなその景色は――。

 しかし、現実ではないのだ。



 バーチャル・リアリティー、略せばVR。

 大規模多人数型オンライン、通称ММO。



「VRで体感できる。剣と魔法のMMORPG」と謳われた、この「ファンタジー・ザ・アソード」の世界で――。

 俺は、勇者で、彼女は、魔王である。


 ちなみに、昼間は現代日本という国の中学校というところにおいてのクラスメイトである。

 こないだの席替えでたまたま席が隣になったとき、「ファンタジー・ア・ソード」のオリジナルデザインのシャーペンを使っているのを見られたのが、運のツキ。


 単なる黒髪眼鏡優等生かと思っていた彼女は、悲鳴じみた声を上げて俺のペンを指さした。


 ついでに言うと椅子から転げ落ちそうにもなったので、助けてやった俺えらい。やっぱり勇者だ。

 そんで、そのあと、彼女がまさかまさかの魔王さまって知ってもとりあえず悲鳴とか上げなかったあたりも、さすが俺勇者って感じ。



 その日から、夜な夜なこうして勇者と魔王として、会い続けているのである。

 もう……一ヶ月くらいにはなるのか?



「なあ魔王さま。なんでそんなに世界あげたがるわけ?」

「私だってだれにでも世界をあげるわけじゃないのよ?」

「いや、そんなことしてたらただのやべーやつ……って、そもそもおまえ魔王だったな。もうヤバいやつだったわ」

「ふふ、勇者さまに言われたくない」

「ん……」



 俺は、座り込んだ。

 魔王が、その隣に寄り添うようにして座ってきた。



「……だって、きれいだと、思わない? この景色」

「まあ少なくとも俺たちの街のより――」


 ボガン。

 巨大な爆発が俺の全身を襲った。


「うっわ、なんだよ、痛つつっ!」


 いやまあ、実際には痛みはないんだけどさ。。

 そんでもさ、火炎魔法だ。しかも最上級の。ひどいぞ。

 俺の全属性魔法攻撃弱体化の効果をもつ「勇者のクラウン」がなければ、いま完全にアウトだったぞ。


「……私たちの世界は、ここでしょう?」

「あー、はいはい……」


 俺は、とりあえずうなずいておいた。

 まあ、たしかにその気持ちは、――わからなくもないから、さ。



 バーチャル・リアリティーのほうがリアルになってきて、

 かろうじてみんなまだ、学校に行ったり、仕事をしたり、してるけどさ……。

 バーチャル・リアリティーの世界に行ったきりのひとが増えてるって大人たちも噂してる、

 俺たちの四十代くらいの元担任の男は完全にバーチャル・リアリティーから帰ってこなくなっちゃったから、いまは代理で七十くらいのおじいさんが眠そうに授業をやってんだ、



 でも、わかんなくなるよな実際、



「……広くて、きれいだもんな。ここ」



 どこまでも広がる大地と、惚れ惚れするような中世ヨーロッパふうの村や街のかずかず――。




「……そうよ。きれいだから、勇者にあげたいのに」



 体育座りをした魔王は、キュッと膝を掴んだ。……その動作は、どちらにしろ、ホンモノだ。



「勇者、受け取ってくんないから」

「……いやだってさすがにそのセリフ、テンプレすぎない……? 魔王ってみんなそう言うだろ」

「ほかの魔王は魔王、私は、私なのに……悲しい。あっ、悲しくなってきた。悲しくなってきたから大地に大雨降らせてやろ! 三日三晩くらいがいいかしら!」

「おい、やめろ、やめろよな!」


 立ち上がってその腕を掴んで、どうにか大地における大規模な災害を阻止。……ふう。


「だいたい、半分くれるったって……そもそもこの世界って半分おまえのもんなんですか?」

「私が私のものって思ってるから私のものなのっ」

「うわー、独裁支配者……って、だから、魔王になるんだもんな……」

「……この世界で私にかなう者なんていないもの。だから、この世界が私のものって叫べば、それに反対できるやつはいない。……そう思って、ずっと、この世界でやってきたのに。勇者。あなたがあらわれたから」

「俺だってびっくりしたよ、何年もかけて討つ覚悟だった魔王が、まさか隣の席の――」


 バガンッ。

 うーわ、今度は最上級の雷撃魔王直撃だ。「勇者のクラウン」に感謝してもし足りねーな。


「……つまり私と勇者は運命の出会いってことね?」

「いまのなにをどうしたらそういう話になりますか?」

「結婚式って、魔王と勇者の場合、どうやってやるんだろう……」

「あのな、いろいろ段階を踏もうぜ。だいたいおまえ俺のこと好きなのかよだとしたら初耳なんだが完全に」




 魔王は体育座りのまま、赤い瞳で俺をしっとりと見上げてきた。




「……うん。魔王は、勇者が好きなのよ。……ああ。いいこと、思いついたわよ?」

「どうせろくでもないことだろ?」

「このまま私たちもずっとここにいよ。ほかの世界なんかに、もう帰らないの」

「思ったより完全にどうしようもなかった!」

「……なんで? いいじゃない、ここで、ずっと、魔王と勇者で、いよ?」




 俺は、クラウンに手をやった。

 それは、正直、とても魅力的な申し出ではある。

 ……でも。そうも、いかない。




 俺には、リアル・ワールドにも、生きねばいけない理由がある――。



「……しょせん、ここは、バーチャル・リアリティーだ。俺は、ずっとここにいたくはない。一日一回は、最低だって帰りたい。

 ――あっ最上級暗黒魔法やめてくださいねとりあえずね魔王さま。ひとの話は最後まで聴こう。


 ……もっと、こう、なんつーの? ……感度、とかいうのかなあ、そういうのがよくなったなら、ここに、ずっと、いてやっても、まあ、そういうことも、やぶさかではないんだけど……なにせまだ対応している感覚って、視覚と、聴覚と、かろうじて嗅覚がアプデできそうなくらいだろ……だったら、その、そこまでには……ままだまだ……」

「……どうしたの、勇者? ステータス異常……? 顔が、赤いわよ」



 魔王が、俺の頬にそっとふれてくる、ああ、……ああ、そういうことをするから、おまえってやつは、ほんとに!

 ……触覚機能がまだ実装されてなくて、よかったと言うべきか、残念だったというべきなのか。



「いいじゃない、ずっと、ここでこうしていれば、……ごはんとかのときだけ数分ログアウトして、あとは、どうにかなるわよ、だって、結婚式だってこの世界のなかでできちゃうんだし、私たちの所持金ならずっといっしょに暮らすことだって――」




 駄目だ、魔王! 俺たちは未来をになう中学生でもあるんだ、リアル・ワールドでも生きなければならない義務があるだろ!



「駄目だ、魔王! バーチャル・リアリティーではまだ直接的にセックスできないだろ!」




 魔王の顔がボンッと破裂しそうなくらい赤くなった。


 ……あ。やべ。

 心のなかの声と、発言、間違えちゃった。

 ……建前を心のなかでキリッと言って、本音を叫んでおいて、どーする。




「……せ、せ、せ……って、勇者、そんなこと考えて……」

「健全な中学生男子ならだれしもそのくらい考えるけどな」

「あっ、ひっ、――開き直ってるでしょ!」

「いやもう言っちゃったものは仕方なくない?」


 いくらバーチャル・リアリティーの世界でも、口のなかへと逆流して戻ってくれるわけでもなし。



 そこから、ポカスカ、魔王に殴られた。……うん、抵抗しなかったからHPゲージだいぶ減った。まだ痛覚とか実装されてなくてほんと、よかった。


 世界が、広がる。

 風が草原を撫で、

 ドラゴンが、気高い鳴き声を上げながら、悠々と天空を泳いでいった。



 俺たちはふたりで肩を並べてそれを見ている。




「……魔王じゃない私のことも、対象なの?」

「魔王のことも、対象だよ」

「……あっちの、私は?」

「えっちの魔王?」

「ふざけてないで!」



 はい、中級火炎魔法いただきましたー。炎のカタマリ。



「……こっちの世界でも、早く性交渉機能が備わればいいと思うんだよな。つまり、そういうことだろ魔王?」

「……勇者って、とんでもないひとだったのね……」

「嫌か?」

「……嫌じゃない、けど」




「そっか。それじゃあ、また明日。――学校で」




 ログアウト。

 唐突だったかな。



 でも、これ以上ログインしていても、つらくなるばっかだと思ったからさ――ごめんな、俺のガチ惚れ、魔王兼クラスメイト。




 貴女が魔王だと知る前も、俺は貴女が気になっていた、って言ったら、貴女はどんな顔をするのかな。



 そして、貴女が、勇者として俺がずっと狙っていた魔王だと知ってからは、もっと、ずっと――。







 ……カポリ。

 ヘッドギアを、外した。


 モニター画面以外は、暗い部屋。時刻は深夜を回っている。

 家族はもう完全に寝ているだろう。



 ……ベッドに、自然と視線がいく。あと、ゴミ箱と、ティッシュの箱な。

 はー、と息をついて、額に手を当て、ずるずると崩れ落ちた。



「……はー、明日も早いのに、眠れねーよ」

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勇者は一日一回は、リアル・ワールドに帰りたい。 柳なつき @natsuki0710

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