憧れの先輩は、錬金術師 

村中 順

錬金術で作った薬

「おっはよ」


 肩を叩いて来たのは、二歳年上のヒーナ・オースティン先輩。

そして、僕の名前はジェームズ・ダベンポート。

八年前の僕のややこしい、家の事情で錬金術師養成課に転籍したときから、何故か僕に気に掛けてくれる。


「おはようございます。オースティン先輩」

金髪のおさげで、ほっそりして、笑うとチャーミングな先輩である。

実は、僕は密かに憧れている。


「さて、ジェームズ君。君に折り入って、頼みたいことがあるのだが、どうかな? 」

わざと低い声で、教頭のカイブみたいな、喋り方をしてきた。先輩はちょっとおちゃめなところがある。


「良いですけど、なんでしょう」

と僕はちょっと、怪訝そうな顔を敢えてしてみた。内心は嬉しくてたまらない。


「ふふふ、それは、来てのお楽しみ。じゃあ放課後に薬剤実験室に来てね、アーノルド君は駄目よ」

人指し指を立てて、左右に振りながら答えてきた。


「ああ、アーノルドは、剣の修業に出かけています。」

僕は手のひらを上げながら答えた。


「それは、好都合。では、よ・ろ・し・く・ね」

先輩が時々するイタズラっ子みたいな顔で言ってきた。



僕はなんかドキドキしてきた。青春の妄想で頭が大爆発し、その日の授業は全く耳に入らなかった。


〜〜


「やぁ、来てくれたんだね。じゃっ早速」

と言って、教室の外を首だけ出して、キョロキョロ見回し、誰もいないのを確かめて、僕を引っ張り込んだ。


ああ、もう、期待に心臓が張り裂けそう。


そして、

「じゃーん」

先輩は手に持ったガラスの瓶を見せた。中には、何やら薄青い色の液体が入っている。


「なんですか、それ」

僕は指でガラス瓶を指しながら聞いてみた。


「感〜覚〜共〜有〜剤〜」

ザーイと伸ばしながら、ドヤ顔で僕に見せてきた。


先輩は続けた。

「ちょっと、前にね、さる高名な双子の魔法使いの『あほ毛』が手に入ったのよ。ほら双子って魔法通信とかじゃなく、感覚を共有することができるじゃない。それで高名な魔法使いのなら、その薬が作れんじゃないかって」

「で? 」

「作ってみたわけ。それが大成功。女性同士なら、感覚を共有できたのよ」

「で? 」

「異性の場合はどうなるかなって、やっぱり錬金術師としては、結論を出しておく必要があるでしょう? 」

「で? 」

「で、で、で、って、ちょっと煩いわね。協力しないつもり? 」

ヒーナ先輩が、腕を組んでちょっとプンプンして言った。


「いや、いや、いや、そんなことはないです。はい」

「そうでしょう。流石私が見込んだジェームズ君」

さっきまでの期待が萎んだ。


自分を指さしながら、

「人体実験をするのでしょうか? 僕を使って」

「ジェームズ君だけじゃないわ、私もよ。共有するんだもの。二人いないと、できないじゃない」

先輩は指をピースにして、二人を強調した。


「はーい」

僕は両手を上げて、観念した。


 先輩は僕の髪の毛1本と、先輩の髪の毛1本を抜いて、さっきの青い液体に入れた。キラキラと光り、溶けていった。


 先輩は、試験管十本に移し替えながら、

「これを、手をつないで同時に飲むと、その相手と感覚が共有されるのよ。女の子同士だと自分のほっぺたをつねると、相手にも痛みが共有されたわ。だいたい五分位で解けるわ」


試験官を一本渡され、手を繋いできた。スベスベした小さな手だった。

青春の妄想が膨らみ始めたが、


「さー飲むわよ」

と言って、先輩は一気飲みした。妄想は萎んだ。

釣られて僕も飲んだ。


「なんか、変わった?」

と先輩は聞いてきた。


僕はクビを傾げた。すると、僕のほっぺたを、いきなりつねって来た。

「痛てて、なにするんですか。先輩 痛いですよ」


「あれ、私には痛みがないわね。異性の場合は、足りないのかしら」

と言って、もう二本の試験管を僕に押し付けた。


ちょっと不安になり、

「先輩、大丈夫ですか?」

「大丈夫よ。このヒーナ様が調合した薬なのだから。つべこべ言わずに二本飲むわよ」

先輩はまた、二本一気飲みした。

僕も覚悟を決めて、飲んだ。


「どう? 」

「うーん」

と僕は答えた時、視界が一瞬暗転した。


そして、視界が元に戻ったとき、さっきまでと視点が違う。


「えっ、えっ、えーっ」

と眼の前の僕が、声を上げている。


「なに? あれ」

と言いながら、僕は自分の顔を触った。最近ひげが出てきて、そのザラザラしてたけど、すべすべだ。髪の毛がおさげになっている。そして胸が、ん? 何か、弾力があるような、柔らかいような、突起物がある。


「ちょーっと、何触っているのよ。やらしい手付きで人の体触らないで」

と僕が、僕に向かって怒ってきている。


「待って。冷静になろう。深呼吸して」

と僕は、僕に言い聞かせた。


「入れ替わっちゃたわ。これは発見ね」

と眼の前の僕は興奮気味に喋っているのを見ている。


「もしもし、先輩、えーっと、これは? 」

自分でも頭脳明晰と自負しているが、理解するのにチョット時間がかかった。

でも、判ってくると、また青春の妄想が膨らみ始めた。憧れの人の体に入っている。


「ちょっと、触らないでって、言ってるでしょ」

いや、十六歳の元男にそう言ってもな。気になるんだよ。


僕は平静を装って、

「五分くらいで解けるだっけ?」

と甲高い、先輩の声で言った。


「たぶん。あーもう、触らないで」

と怒られたので、椅子を向かい合わせにして、眼の前の僕が、僕(わたし? )を監視することになった。


〜〜〜


「一時間立ったけど、変わりませんが」

と僕は平静を装って、先輩(僕)に言った。

その先輩(僕)が、なんかモジモジしている。


「ねぇ、トイレ行きたいだけど」

「えーっ。それって要するに、だよな」

「いいわ、これでも、薬学を志す錬金術師よ。あんなものの一つや二つ。どうってことないわ。ジェームズ君とアーノルド君が小さい時、やっていた立ちション○○でしょ。これも経験よ」

あんなものですか。先輩(僕)が教室を出て、男子トイレに行くので、僕(わたし? )もついて行った。


危うく入って行きそうなり、他の女の子が変な顔で僕(わたし? )を見てきた。


「うわー」

っと、男子トイレから叫び声が聞こえたが、暫くして、手をブラブラさせて、僕ができていた。

「ちょっと、ハンカチは何処にあるのよ」

「あぁ、持ってません。何時も服とかで」

「ったく、ハンカチぐらい持ってなさいよ」

「あのー、見ました?」

「見たわよ。見ないとできないじゃない。大した事ないわね」

慣れると見なくてもできるだけど、それより、‘大した事ない’は、何となくがっくり。


と問答しているうちに僕(わたし? )もトイレに行きたくなった。


「僕も行きたいですけど」

「えっ、駄目よ、だめ、だめ、だめ、ぜーったいだめ」


漏れそう。と言って無意識に股間を触ると、いつもあるものがないのは寂しい。


「あー、何処触っているのよ」

と僕の右手を先輩が引っ張った。


その時、視界が暗転した。


視点が変わり、


「えーーーーっ」

と思わず声を出してしまった。もとに戻った。


でも、僕は、がっかりした。嬉しくない。


戻ったことを認識した先輩は、ホットして、トイレに入っていった。


戻ってきた先輩は、

「ジェームズ、私のこと先輩じゃくなくて良いわ。ヒーナと呼んで構わないわよ」

と言ってくれた。


少し嬉しかった。

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憧れの先輩は、錬金術師  村中 順 @JIC1011

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