「死にかけのおばあちゃんがヤバいクスリで若返っちゃってしかも美少女なんだけどどうしたらいいですか」の件について。
ボンゴレ☆ビガンゴ
第1話
大好きだったおばあちゃん。
僕が大人になるまで元気でいると言ってくれていたのに病気になってしまった。もう歳だから仕方がないと思う自分もいるけど、大好きなおばあちゃんが死んじゃうなんて考えるだけで悲しくて目頭が熱くなってくる。
幼くして両親に先立たれ、おばあちゃんに育てられた僕は、そのたった一人の肉親が危篤だと授業中に連絡を受け、高校から病院まで駆けてきた。最後にちゃんと会って、今までの感謝の気持ちを伝えたい。そう思ったんだ。
空は青。病院は白。心はグレー。203号室がおばあちゃんの病室。階段を駆け上って部屋に駆け込んだ。
ベッドのカーテンは閉められていて、お医者さんや看護婦さんもそばにいて、カーテンの隙間から「その時」がすぐそこにあるのだと直感した。
僕は覚悟を決めてカーテンを開け放った。呼吸器をつけて弱ったおばあちゃんが横たわっている所を看取るつもりだった。それなのに……。
「わあ! テツちゃん、来てくれたの!?」
元気よく僕に声を駆けたのは、ニコニコと笑う黒髪の美少女だった。
「おばあ……って、ん!? あれ、部屋を間違えた!?」
慌ててカーテンをしめて部屋番号を確認する。
【203号室 米田 トメ】
……間違いない。おばあちゃんの部屋だ。頭が混乱する。おばあちゃんはどこに行ってしまったのか。なぜ知らない美少女がベッドの上にいるのか。
「テツちゃん。何をしてるの。こっちにきて顔を見せておくれ」
鈴の音を転がすような少女の弾む声。……なぜ僕の名を知っている?
おそるおそるカーテンを開ける。
「……君は誰?」
「誰って、おばあちゃんだよ?」
キョトンとした顔で僕を見た美少女は悪い冗談を言った。
「どどどどういうことですか!? 先生!?」
脇にいた女医さんの手を掴んで廊下まで引っ張り出して訊く。
「ははは。新しい薬を試すって言ったろう。その副作用でねぇ。肉体が若返っちゃったんだよ。いやーこんなことあるんだね。参ったね」
「嘘でしょ?!」
「嘘じゃないよ。私もビックリよ。でも元気になったのは間違いないんだからOKっしょ? めっちゃ美少女だし、トメさん若い頃はさぞモテただろうなぁ」
「そんな、テキトーな」
「少年。事実は小説より奇だよ。まあ退院できるから連れて帰ってくれ。あとこの事は口外しちゃいけないよ。もし、誰かに言ったら……」
「い、言ったら……?」
「君にも特別なお薬を処方することになるからね」
にっこり笑ったまま、女医さんは言った。
「ってことで家に連れて帰ってきたけど……。本当におばあちゃんなんだよね」
目の前に立つ黒髪の少女に尋ねる。すらりとした美少女。目はぱっちりだし、女医さんの懇意で貰った若者向けの服を着ているが、その服がこれまたミニスカートにタイトなTシャツ姿で、胸もあるし足も長い。アイドル顔負けのそのスタイルの良さに、目のやり場に困ってしまう。
「こんな姿になってしまうとは思いもしなかったけど、中身はいつもとおんなじ、テツちゃんのおばあちゃんだよ。それより今晩は何が食べたい? テツちゃんの好きなビフテキにしようか?」
「……本当に、おばあちゃんだ」
ギクシャクしながらも元気でヤングになっちゃったおばあちゃんに気圧され、お手製ご飯を食べることになったけど、頭が痛くなった僕はその日は早めに眠りについた。
そして……朝。
アラームが枕元で鳴って、僕は布団から手だけ出して目覚し時計を止めようとする。その手が何か柔らかい物を掴んだ。もにゅもにゅと懐かしいような落ち着くような不思議な感覚。
「んもう、テツちゃんたら、やっぱり男の子だねえ。それは目覚まし時計じゃないよ」
頭の上から聞こえてきたのは涼やかな少女の声。夢か。夢だよな。いいなあ。こんな風に女の子に起こされたいなぁ。夢見心地で柔らかい物を揉む。
「もう、……それはおばあちゃんのおっぱいですよ」
寝ぼけ眼を開けると、小柄なのにスタイル抜群の黒髪美少女がベッドの脇にいて、僕はその美少女のたわわに実るおっぱいを鷲掴みにしていたのだった。
「へ? ……ってうわー!!うっわー!! 誰!? 君、誰!?」
慌てて飛び起きてベッドから転げ落ちて頭を打って、もんどり打って、もう一度聞く。
「き、君は誰!?」
「何をトンチンカンなことを言ってるの。テツちゃんを起こすのはおばあちゃんに決まっているでしょ」
……そうだった。おばあちゃんはなんかやばい薬の悪影響で若返ってしまったのだった。
「あさげの準備してるから、起きてきなさい。学校遅刻しちゃうよ」
そう言い残して鼻歌交じりに去っていく美少女を眺めて僕は固まった。
☆
「先生! 脳みそおかしくなりそうです! おばあちゃんが意味わかんないです。どうにかしてください!」
学校帰り、病院に寄った僕は女医さんを捕まえて叫んだ。
「お、来たな少年。実はトメさんに口止めされていて、君には伝えていなかったことがあるんだけど、聞く?」
「……何ですか? 伝えてないことって」
「悪い知らせなんだ。心して聞くように」
「悪い……知らせ?」
心がざわめく。
「そ。トメさんの病気は末期だったってのは伝えていたよね」
「はい。半年は持たないって言われてました」
「そそ。でね。あの新薬のおかげで元気になったように見えてるんだけど、効果は一週間なんだ」
「どういうことですか?」
「単刀直入に言うよ。トメさんの命は持って一週間。そういうことだ」
「そ、そんな!? 治ったんじゃなかったんですか」
「あれは治ったように体を騙す薬なんだ。一種の麻薬さ。痛みもなければ病気の症状もストップできる。ただ、一週間で死に至る。そういう薬なのさ。もちろん国が許可するわけない代物さ。独自ルートで仕入れたヤバいブツを配合して私が作った。止めたんだけどトメさんはそれを望んだんだ。私はトメさんの君を思う気持ちに心を打たれ処方した。だけど、あんな急激な体の変化があるとは思わなかった。若返るなんて驚きだね」
「……おばあちゃんはやっぱり死んじゃうんだ」
「人は誰だって死ぬさ。私も君も、もちろんトメさんも。運命のレールは死に向かって止まらない。人間なんて死に向かう列車の窓から外を眺めることしかできないのさ。でも、列車の中で何をするかは自由さ。それが人生だ。トメさんは自分の乗車席を決めた。死ぬまで君と一緒にいたい。君に朝ごはんを作って、君の部屋を掃除して、君の夕飯をスーパーに買いに行って、君の洋服を洗濯して、君の日々の少しの成長を感じたい。それが彼女の幸せなんだ。息子も嫁も早くに亡くした彼女にとって、君の幸せだけが幸福であり希望であり、全てなんだ」
「おばあちゃん……」
「トメさんは早ければ明日にでも。遅くても一週間以内に亡くなる。夜が明けても目が覚めず、そのまま息を引き取る。痛みはない。眠りについて、そのまま旅立つことになる」
おばあちゃんは勝手だ。いつもそうだ。何も言わずに決めちゃう。
僕のダメージジーンズを勝手に縫うし、子供の頃に一度好きだと言ったお菓子を未だに大量に買ってくるし、トランクスに名前をマジックで書き込んでくるし、一緒にいて「うざい」と思ってしまうことだって山ほどある。でも、でも……僕はおばあちゃんに甘えていたんだ。
「いつも通りにしてあげて欲しい。こんな話を聞いたら、難しいかもしれないけど、君のいつも通りの態度が、トメさんにとってはたまらない幸せなんだ」
心を重くしながらも、僕は家に帰った。
脱ぎ散らかしたパジャマが綺麗に畳んである。出しっ放しだったゲーム機が綺麗に仕舞われている。涙が出た。僕は今まで当たり前だと思って、感謝なんてしたことがなかった。おばあちゃんはいつも僕のためにこんなに色々してくれていたのに。
玄関がカチャリと鳴って、おばあちゃんが帰ってきた。女医さんにもらったのだろう若者の服だ。黒髪をポニーテールにしていて相変わらず美少女だ。
「お、おばあちゃん……。」
女医さんには今日のことは聞かなかったことにして普段通りの生活をしてくれと言われたけど、僕は震える声で玄関に走った。
「テツちゃんごめんね。今からご飯作るからね、悪いけど少し待っておくれ」
にっこり微笑んだおばあちゃんだったけど、僕の顔色を見てすぐに悟ったようだ。
「テツちゃん。先生に聞いたんだね……」
「うん……」色々、言いたいこと、思っていることは頭の中にあるのに、ぐるぐる回るだけでうまく言葉にならない。
「あ、あのさ、おばあちゃん」
「何も言わないでおくれ」
ぴしゃりと遮られた。
「おばあちゃんはテツちゃんが大好きなの。だから、このまま居させて」
微笑んだおばあちゃんは手に持つスーパーのビニール袋を掲げて、声音を明るく変えた。
「さ、今晩はテツちゃんの好きな鯵の南蛮漬けだよ」
僕は何も言えず、立ち尽くしたまま涙を零した。
「まあまあ赤ん坊みたいに泣いて」
おばあちゃんは僕の頭を撫でてくれた。僕はおばあちゃんの皺くちゃの手が好きだった。だけど今のおばあちゃんはすべすべの綺麗な細い指だ。でも、温かさは変わらない。大好きなおばあちゃんの温かくて優しい手だ。
「おばあちゃん。いつもありがとう。大好きだよ」
少女の姿のおばあちゃんにすがりついて、僕は泣いた。
「こちらこそありがとう。おばあちゃんも優しいテツちゃんが大好きだよ」
おばあちゃんは優しく微笑んでくれた。
☆
あれから半年が過ぎた。
僕は一人でも、元気に暮らしてる。
……というのは嘘だ。
「テツちゃん。学校遅刻しちゃうよー」
若返ったことで生命力が増したのか、おばあちゃんは元気に生きている。
「あと五分寝かせて」
「もう! テツちゃん。起きないとまた妹のふりして学校についてくよ」
「そ、それはやめてよ!おばあちゃん!!」
そう。今でも大好きなおばあちゃんとの生活は続いているのだ。
過保護すぎるし友達には変な誤解をされるけど、僕はおばあちゃんが大好きだ。
も、もちろん家族としてだからね!
おわり。
「死にかけのおばあちゃんがヤバいクスリで若返っちゃってしかも美少女なんだけどどうしたらいいですか」の件について。 ボンゴレ☆ビガンゴ @bigango
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