完璧主義風紀委員長ツバサ様! と、それを支える樹くん。
湖城マコト
ツバサ様と樹くん
「そこ! ネクタイが緩いですよ。しっかりと結び直しなさい。そこのあなた! アクセサリーの着用は校則違反です。没収しますので、後で反省文を提出しなさい。そこ! 不要不急のスマートフォンの使用は認められていません――」
完璧主義の風紀委員長、
生徒達の気が緩みがちな昼休み。ツバサは休むことなく校内中を見回り、注意喚起および、校則違反者の取り締まりを行っていく。
元々校則が厳しい高校ではあるのだが、ツバサが風紀委員長の座についてからは、違反者の取り締まりはより厳しいものとなっている。例えば、制服の軽度の着崩し等、これまでは見逃されていた僅かな緩みさえも、峰守ツバサは許さない。
峰守ツバサは、校則順守の風紀委員長の
ツバサ自身は風紀委員長としての職務を全うしているだけなのだが、遊びたい盛りの高校生達にとって、お堅い風紀委員長の存在は
「まったく、風紀委員長が何様だってんだよ」
「ツバサ様でしょう。完璧主義の」
遠目に様子を伺っていたカップルがツバサの陰口を叩く。
ツバサにつけられたあだ名は「完璧主義のツバサ様」。様というのは、高圧的な物言いに対する皮肉の意味が大きい。
「美人なのにもったいねえの」
「美人だからこそ、余計に嫌われてるんじゃない?」
風紀委員長としての印象とは別に、ツバサが類まれなる美貌の持ち主であることが気にくわず、嫉妬心から彼女を嫌っている層も一定数存在していると思われる。
逆に彼女の
一方で、
「最近暑いからね。ネクタイを緩めたくなる気持ちは分かるよ。
ツバサの後を追う風紀委員の
樹のフォローはその後も続き、
「ごめんね、校則は校則だから。初めての反省文は不安だろうけど、僕もフォローしてあげるから頑張ろう」
アクセサリーを没収され意気消沈している女子生徒を、目線を合わせて励ます。
「スマフォ、やっぱり気になっちゃうよね。僕も家ではスマフォに夢中だもの。だけど没収されちゃったら元も子もないだろう? だからさ、学校くらいでは少し我慢しようよ」
理解を示しながらも、風紀委員として諭すことも忘れない。先程のツバサの高圧的な物言いとのギャップもあり、樹の言葉は尚更身に染みたようだ。スマフォを注意された女子生徒は深々と頷いている。
「やっぱり樹くんは優しいな。ツバサ様とは大違い」
「本当にね。おまけにイケメン、もう最高」
どこかからか、女子生徒達のそんな呟きが聞こえて来た。
高圧的な態度で物申すツバサに委縮してしまった相手を、温和な態度の樹がフォローし諭す。何時の頃からか、そんなパターンが出来上がっていた。
近寄りがたいツバサとは対照的に、樹は人当りもよく笑顔を絶やさない。そんな印象と立ち回りから、同じ風紀委員であっても樹の高感度は生徒間でも非常に高い。
……好き勝手言ってくれちゃって。
呟きは、耳聡いツバサにもしっかりと届いている。
誰にも悟られないよう、ツバサは心の中で物悲し気に笑った。
〇〇〇
放課後。風紀委員会の委員会室。
「もう! 何なのよどいつもこいつも! 私は風紀委員長として職務を全うしているだけのに――陰口なんて叩かず正面からかかってこいやー!」
「どうどう、落ち着いて落ち着いて」
顔を真っ赤にして両手をジタバタさせているツバサの頭を、樹は幼子を
「そりゃあさ、私だってやんわりと注意出来ればと思うけどさ……出来ないものは仕方ないじゃん。ああいう言い方じゃないと注意なんて出来ないし」
椅子の上で、ツバサは膝を両腕で抱え込んだ。律儀に上履きを脱いでいる辺り、流石は風紀委員長といったところか。
「委員長。パンツ見えそうです」
「真顔で話の腰を折るな! 見てないよね?」
「残念ながら見えませんでした」
「安心したけど一言余計!」
赤面しながら、ツバサは慌てて足を下ろした。
仕切り直しに咳払いをしてから、ツバサは静かに語り出す。
「そりゃあさ、私だってやんわりと注意出来ればと思うけどさ……出来ないものは仕方ないじゃん。ああいう言い方じゃないと注意なんて出来ないし」
ツバサは完璧主義だけど、同時に臆病者の一面もある。だからこそ、勢いをつけて、客観的に見たら高圧的とも映る態度で臨まなければ、違反者に注意なんて出来ない。一番近くでツバサを見て来た樹だけがそのことを知っている。
「律儀に最初から語らなくとも」
「律儀に最初から語りたいの。黙って聞きなさい」
コホンと再び咳払い。
「私、曲がったことが大嫌いなの。みんなたかが校則だと思っているかもしれないけどさ、規則を守るってとても大事なことだと思うの。それを疎かにしちゃいけない。ましてやうちの高校の校則が他校より厳しいのは周知の事実のはずだよ。それを承知で入学してきたはずなのに、校則違反するのは道理に合わないでしょう」
「……」
「何で無言なのよ、肯定するなり肯定するなりしなさいよ!」
「だって黙って聞きなさいって言うから」
「言葉のまんま受け取ってどうするのよ」
「僕、素直なんで。というか、選択肢が肯定しかないんですが」
「だって私、間違ってないもの」
「だから肯定しろと? まるでイエスマンの強要だ」
「イエスマンは大嫌い」
ツバサの即答を受け、樹は穏やかな表情で微笑む。
「僕は先程の委員長の意見を肯定します。校則の厳しい学校と知っていて入学してきたんだ。やむを得ない状況を除き、校則は順守すべきです」
矛盾しているようで決して矛盾はしていない。
ツバサは樹が自分の意見を肯定してくれると知っている。何でも「はい」と言ってくれるイエスマンだからではない。よき理解者であり、同じ考え方を持つ同士だからだ。しっかりと自分の意志を持った上で、二人は同じ方向を向いている。
「委員長のように、真正面から校則違反を注意出来る人間は絶対に必要です。これからもそのスタイルを貫き通してください。今すぐには理解出来なくとも、委員長の思いは何時かきっと皆にも届きますよ。やり過ぎだと思ったら、そこは僕がすかさずフォローしますから」
「樹くん……ありがとう」
力強く背中を押してくれる理解者の存在に、ツバサはこれまでも何度救われてきただろう。ツバサには臆病者の一面もある。樹がそばにいてくれなかったら、とっくに潰れていたかもしれません。
「だけど、無理のし過ぎは駄目ですよ。高圧的でいるのって、きっとやっている方も疲れると思うから。僕の前では、何時だって感情を爆発させてください。ストレスを発散させてください。愚痴でも息抜きでも、いつでも付き合いますから」
「優しいね、樹くんは」
「僕は樹で、委員長はツバサですから」
「どういう意味?」
「風紀委員に入った時から決めていたんです。僕は委員長の翼を休めるための止まり木であろうと。だから、疲れた時はいつでも、僕で心を休めてください」
「樹くん……」
これまで感じたことのない感情がツバサの中に湧いてきた。
翼を休めるための止まり木。
何ともくさい台詞だけど、思わずときめいてしまったこともまた事実。
これまで何度も幾度となく樹に感情を零し、その度に樹は全てを受け止め、癒しを与えてくれた。彼はまさに止まり木のような存在だ。
自覚したのはこれが初めてだけど、心の奥底では、とっくに惹かれていたのかもしれない。
「私、もしかしたら樹くんのことが――」
好きかもと言いかけて、樹はそれ以上は言ってはいけないと、ツバサの唇に、人差し指を向けた。
「駄目ですよ。男女交際は校則で禁止されていますから。風紀委員所属の二人が校則違反するわけにはいかないでしょう」
二人が校則違反するわけにはいかない。この一言に樹の感情の全てが込められている。
「だったら、卒業後にもう一回同じ台詞を言う。その時まで待っててくれる?」
「止まり木は、勝手にどこかに行ったりはしませんよ」
了
完璧主義風紀委員長ツバサ様! と、それを支える樹くん。 湖城マコト @makoto3
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