あの、お仕事行かせてください。

ベームズ

好きだから。

「いってきます。」


朝8時。


三國定春は、玄関で現在同棲中の彼女、佐藤智代子に、仕事へ行く前のあいさつをする。


智代子も、三國のそんな様子を見て、笑顔で快く見送り……


「いやです‼︎行かないで下さい‼︎」


三國を力一杯抱きしめた。




「智代子さん?なにを冗談を……」


きっと智代子の悪い冗談だと受け流そうとする三國。


だが、


「冗談なんがじゃありません‼︎」



その顔は笑顔どころか、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。




彼女のそんな仕草に戸惑いを隠せない三國。


「し……しかし、そろそろ仕事にいかないと遅刻してしまいます。」


仕事前のスーツに顔を擦り付けて泣きじゃくる智代子の両肩に手を置いて、申し訳ないと思いながらも引き離そうとする三國。


「いいです!むしろこのままおやすみして下さい」


しかし三國の努力も虚しく、その手を払いのけ、もう一度三國の胸に突撃。


先ほどより深く三國の胸に顔を埋め、スリスリする智代子。



「智代子さん!?流石に当日にいきなり休んだらみんなが困ってしまいますよ!?」


なんとか剥がせないものかと今度は仕事を理由に、彼女から離れてもらおうとする。


「なら私は、定春さんが仕事に行ってしまうと困ってしまいます‼︎」


しかし、三國の予想とは逆に、より腕に力を入れて三國の体にしがみつく智代子。


そして、彼女にそう言われると返す言葉が見つからない定春。


「しかし……」


手がなくなり、考え込んでしまう三國。


「なら……」


三國の胸に顔を埋めながら喋り出す智代子。



「なら!!私もついていきます!!」


バッ‼︎と、勢いよく上げられた智代子の目は、最高に輝いていた。



「えぇェ〜!?」


流石に困り果てる三國。


「流石にそれは恐れ多いというか、心配というか……」


「心配……」


「そうですよ、智代子さんみたいな可愛い人を仕事場の人達に見られたら、何を言われるやら」


顔を真っ赤にして語る三國。


それを聞いて智代子は、何かに気づいたようで、再び目が輝く。


「そうです‼︎私も心配なんです‼︎三國さんみたいな人が、外を歩けばきっと世の女の人達が放っては置かないでしょう‼︎きっと私なんかより可愛い人が三國さんに話しかけて……」


自分で言って余計に心配になり、涙が増す智代子。


まるで滝のように涙を流す智代子を前に、三國は、


「大丈夫ですよ、たとえ、智代子さんが思うように世に智代子さんより可愛い人がいたとしても、僕が唯一『愛している』のは智代子さんだけです」


優しく語りかける三國。


「……ホントに?」



そこでようやく、不安が晴れたのか、三國を解放する智代子。


涙をぬぐい、三國の目を見据える。


「ホントです」


優しく微笑んで、嘘偽りない事実を述べる三國。


その答えを聞いた智代子の目は、再び潤み出し、


「定春さん‼︎」


バッ‼︎


と両腕を目一杯広げる。


「智代子さん‼︎」


三國も同じように腕を広げ、


ヒシッ!!


抱きしめ合う。



「ごめんなさい‼︎私、不安で‼︎」


「いいんです。僕の方こそ、不安にさせてごめんなさい」



互いに許し合い、しばらく抱きしめ合ったのち、離れる。


「……定春さん、いってらっしゃい‼︎」


笑顔で三國を送り出す智代子。


その表情には一切の不安はなく、心からの送り出しだ。


「いってきます」


それに笑顔で答える三國。


「……と、言いたいところですが」


気まずそうに苦笑いする三國。



「……が?」



「スーツが、びちゃびちゃになってしまいました」


三國の指差す先には、智代子の涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった、無残なスーツが、


「……ごめんなさい」


しゅん、


と、しょげて謝る智代子。


「こんな服で外へ出るわけにも行きません、だからと言って今からスーツを仕立てる時間もない。仕方ない。今日はお休みさせていただきましょう」


そう言って、会社に電話を入れて休む旨を伝えた三國。


「えっ!?」


「これで大丈夫、体調不良だと伝えました。めちゃくちゃ怒られましたが、これで今日一日はお休み、智代子さんと一緒にいられます」


ニコッ、


と嬉しそうに笑う三國。


「ホントに!?」


わなわなと震えながら三國の手を取り、みるみるテンションが上がる智代子。



「はい‼︎……ただし、明日はちゃんと見送って下さいね?」


「やっ……やった‼︎やったぁ!!」



大はしゃぎする智代子。


「ありがとうございます‼︎それと、こんなワガママな私でごめんなさい。」


くるくる回っていたかと思えば、三國へ向けて頭を下げる智代子。


嬉しいのか申し訳ないのか、忙しい。


「いいんです。むしろワガママなくらいが僕は嬉しいですし、それに……」


一呼吸置いて、


「じつは僕も今日くらいは智代子さんとデートしたいなと思っていて、レストランに予約を入れてしまっていたので‼︎」



無駄になるところでした!


と、昨晩したものと思われる予約済みの画面を智代子に見せる三國。


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェー!?」


顎が外れそうなくらい開いて驚愕する智代子。


「……つまり、定春さんも!?」


予約済みの時間は昨晩。


智代子は今朝、三國を送り出す瞬間に寂しさが爆発して思わず引き止めてしまった。


だが三國は……


「ええ、僕も智代子さんと少しの時間とはいえ、離れ離れはさみしいです」


平静を装ってはいるが、内心はものすごく寂しかったというわけだ。


その事実を知って智代子は、


(定春さんも私と同じ、それ以上に私と離れるのが寂しかったんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー!!)


気持ちを抑えられない。


いまにも飛びつきそうだ。


そんな智代子の内心の葛藤を知らない三國は、


「……今日一日、僕が考えたデートプランに、付き合ってくださいますか?」


智代子へ、お辞儀をしながら手を差し出す。


「………はい是非!!デートしましょう!!」


その手を取り返事をする智代子。



二人は、互いを愛おしそうに見つめ合いながら、玄関を出て行く。


こうして、


寂しがりの二人は、互いの気持ちを確かめ合い、より良い仲になったのでした。





……ちなみに、




次の日、


「や……やっぱり智代子さん一人お留守番させて仕事へ行くなんて、心配です!!」


「よしよし、強盗やら災害が来ても定春さんが駆けつけてくれると信じてますから、心配しないでください」

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あの、お仕事行かせてください。 ベームズ @kanntory

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