二番目の好み

宇多川 流

二番目の好み

「どうしてあたしなのよ!」

 品のいいドレスをまとった見るからに貴族の令嬢然とした少女が、その外見に似つかわしくない声を上げた。

「あたしには、美形で優しくて気前のいい旦那を見つけて幸せで裕福な生活を送るっている夢があるのに!」

 彼女が声を荒げている目の前には、やはり似つかわしくない姿が並んでいる。この町の重役である大の男たちが何人も、頭を床にこすりつけて土下座している。その中の一人が顔を上げないまま口を開いた。

「申し訳ありません、メアリさま……このままでは、この町、あるいは国の存在すら危ういのです……!」

 この町には、国の中でも最大級の神殿がある。神殿は湖畔にあり湖に住まう龍神を鎮めていた。伝説によると龍神は天命を受けた水龍が代々務め、人々が自然や信仰を大切にしているうちは水害を治めるなど協力してくれるが、自然を壊したり信仰心を失うと、洪水を起こし罰を与えるという。

 その龍神は最近代替わりし、ねぐらに神官の派遣を要求した。『好みに見合った生け贄を三人送ること。そうすれば末永くこの地の水を治めよう』――司祭はそう伝えられたという。

「しかし……一番目の生け贄たちは龍神様の好みには合わなかったらしく、娘たちは全員送り返されてきたのです」

「全員? 一体どんな娘を送ったのよ」

「若くて美しい娘を送ったのですが……全員美少女コンテスト入賞者で、清楚系、元気系、妹系と取りそろえておりました」

 男のことばに、周囲の者たちもうなずく。

「だからって、なんであたしが……」

「おそらく、今の龍神さまはもっと好みが偏っているのではないかと。だから、二番目に送る生け贄たちはもっと趣向を凝らした顔ぶれにする予定なのです。その中に、高飛車お嬢さまも入れようかと――」

「誰が高飛車だ!」

 少女が投げつけたサンダルが、男の秀でた頭に投げつけられた。


 二番目の生け贄たちが送られる日、神殿の祭壇の前には三人の若い女性たちが並んでいた。祭壇の先に並ぶ柱の向こうには湖の青い水面が静かに広がり、日光を照り返す。

 湖の中央には島があり、小さな山のふもとには川の流れ込む洞窟が口を開けている。

「まったく、なんであたしが龍神に仕えなきゃいけないんだか」

 文句を言いながらも、着飾ったメアリも生け贄の中にいた。王国の貴族には国民を守る義務がある、龍神が怒り国が災害に見舞われれば、貴族も生きてはいけない――そう両親に説得され、渋々従った結果だった。

 生け贄はお嬢さまらしい格好の彼女のほか、その左右には一見若い軍人の美青年に見える男装の麗人、猫耳と尾を生やした獣人の血を引いているらしい少女が並ぶ。それを見た白髪の司祭は、満足そうにうなずいた。

「なかなか種類が豊富でお美しい……これなら龍神さまも満足されるかもしれません」

 そう言うと、湖に向かっておごそかに一礼し、神殿に伝わる聖杯を掲げて祝詞を唱え始める。成り行きを見守る町の重役たちも頭を垂れた。

 呪文にも似た祝詞が佳境に入ったとき、風のない中、湖面に波が立ち始めた。それは神殿から見える正面を中心に左右にしぶきを上げ、割れるように水を押しやると、割れ目から巨大な竜の頭がせり出してくる。

 まるで鉱石のように滑らかな青緑の鱗に覆われた、ワニに似た面長の顔が長い首の先で人間たちを睥睨していた。目は大きく青く輝いているが、意外に眼光鋭くはなく、二本の白い角も丸みを帯びている。

『我に何用か。人間よ』

 地の底から響くような、くぐもった声が龍の口から流れる。

「はっ、龍神さま。本日は生け贄の第二陣をご用意しました。今度こそ、お好みに応えられるかと」

『ほう……』

 司祭がかしこまって言うと、龍神は値踏みするように三人の生け贄たちを眺め――

『なるほど、少しは考えたらしいな。前に出よ』

 龍神が顔を近づけそう促したのは、男装の麗人だ。彼女は少し緊張した様子で、一歩前に出た。

 すると、その姿をしっかり見た龍神が目を見開く。

『何を……ただの勘違いであった。まったく変わっておらんではないか。これでは駄目だ。わたしの目には適わん。協力するわけにはいかぬ』

「お、お待ちください。龍神さま!」

 期待は肩透かしに終わった。後ろを向き帰ろうとする様子に司祭や町の重役たちは慌てて、湖に落ちそうになりながらすがろうとする。

 そこへ、メアリが声を張り上げた。

「わかったわ。龍神さま、あなたもしかして」

 顔をそむけ背中を見せていた龍神が動きを止める。

「メスなのね!?」

 その声が響き渡り、一瞬辺りは静まり返った。

『やっとわたしの好みを理解する者が現われたか』

 龍神の声にはため息と同時に、かすかに喜びの色が混じっている。

 原因が判明して司祭ら男たちの間からも、おお、と感嘆が上がる中、

「やっぱり! そうじゃなきゃおかしいもの。オスならまずあたしを選ぶでしょ!」

 根拠のない自信に満ちたメアリの歓喜の声が神殿に響き渡った。


 翌日から新たに美男子の生け贄たちが集められ、何度か吟味した後、龍神は三名の神官をねぐらに住まわせることになった。引き換えに、人間たちに協力し水を鎮めると約束する。

 その間、貴族令嬢メアリはちゃっかり美男子選びの助言役におさまり、自分好みの相手を見つけては声をかけ、やがて町を離れる際は満足げに恋人の手を引いていたという。




   〈了〉

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