遠い未来の、あるいは過去の話
碧
第1話
「それでは本年度の「系外惑星生命体研究映像展」最優秀賞に選出された、有機体愛好連盟の代表、ロロ・ポープス氏に、記念のスピーチをしていただきます」
会場が拍手に包まれ、壇上にロロの姿が現れた。7本の足で紳士的なステップを踏むと、8本の手のうちの3本でマイクを掴む。
「ただいまご紹介に預かりました、有機体愛好連盟の代表、ロロ・ポープスです。この度は名誉ある賞をいただき、誠にありがとうございます。今回提出した映像は、我々有機体愛好連盟並びにレレリプロポン工科大学時空研究室の皆さまの多大なご協力の元に完成した作品ではありますが、私はこの」
ロロは、残りの5本の手のうち2本で、大事そうにトロフィーを掲げた。
「受賞のトロフィーを今回の一番の功績者である、前代表のノノ・スピポア氏に捧げたいと思います。先日より報道されております通り、スピポア氏は今回の撮影の旅に出た後、還らぬ人となりました」
会場から大きなため息が漏れた。
「我々「有機体愛好連盟」は銀河系・太陽系でかつて反映していたホモ・サピエンスの生態を中心に研究を行っておりますが、スピポア氏はこの分野の研究を非常に大きく発展させました。我々の住むアンドロメダ星雲外には過去・未来含め、様々な生命体が無数にいると考えられておりますが、中でもホモ・サピエンスは我々に生態的、文明的に最も近かった存在と考えられ、彼らをよく知ることが我々の文明の存亡、発展に関わると、氏は強く信じておりました。今回、現代に戻れなくなる危険を承知の上で新型タイムマシンに搭乗したのも、その信念によるものです」
ロロは思わず3つの目のうち2つから黄色いガスを、1つから緑色の液体を噴射した。ノノと最後に別れた時のことを思い出して感極まったのだ。
「ノノ先輩、本当にいいのですか」
「何度も言わせるな、ロロ」
最新型のカメラを念入りに手入れしながらノノは言った。
「最新型タイムマシンでの有人時間旅行は例がなく、模型による実験では過去へのタイムトラベルの後帰還できるた確率は50%なんですよ」
「ロロ」
カメラをケースに納めると、ノノはロロに向き合う。3つの目すべてがロロを見つめていた。ロロがノノの下で働くようになって100年の時が過ぎている。だというのにいつも、ノノはこういうとき、心臓が縮むぐらい緊張してしまう。
「俺はもう270年、連盟に尽くしてきた。自分で言うのもなんだが沢山の功績を残してきたよ。でももう歳だ。できることも少ない。お前を含む若い連中に引き継げる知識や技術も教え尽くした。戻れなくたって問題ない。良い映像を現代に送り出すことさえできればな」
「でも、先輩」
「それになにより」
いつも穏やかなノノの眉間が急速に膨らんだ。
「今年の映像展では絶対に「ヒューマン同好会」に負ける訳にはいかない。わかるだろう、ロロ。去年のあの受賞作。あんなものを、ホモ・サピエンスの研究映像の一つとして世間に認めさせたままでいさせるわけにはいかない。なにが「冥王星におけるヒューマンの古代文明遺跡「メッシー」の撮影映像」だ。ホモ・サピエンスは太陽系から脱出することなく滅亡した。間違いない事実だ。あれは5世紀前に新聞社がねつ造した偽物の遺跡なんだ」
「わかっています。わかっています、先輩。私たちは、ヒューマン同好会よりもよりホモ・サピエンスを知り尽くし、そして、何よりも、愛している」
「そうだとも、ロロ」
ノノの16の脇から大量の液体が放出され、彼の強い気概が窺えた。
「後を頼むぞ、ロロ。もしも俺が過去の太陽系第三惑星から帰れなかったとしても……必ずこの時代に送り込んだ映像で、我々有機体愛好連盟を学会のトップに導くんだ」
「わかりました……わかりました。必ずや、約束します」
「それでは、受賞作品となる、ドキュメンタリー映像「現役ホモ・サピエンスの群衆」をご覧いただきましょう!」
アナウンスと共に会場が暗くなり、スクリーンに映像が映し出される。
赤紫がかった空の下、青々とした木々や草花の多い、広い公園の様子と共に、ノノの声が聞こえてくる。
「タイムトラベルに成功しました。気象状況や観測される生態、それから発見されたホモ・サピエンスの文明進度から推察されるに、地球歴で言うと21世紀頃、アジア圏と思われます。日の出から約2時間が経過しています」
映像が切り替わった。一本の大木の前で、一体のホモ・サピエンスが何らかの作業をしている。
「ホモ・サピエンスを観測しました。成年、雄と推測されます。三脚にカメラを設置しているようです。カメラは我々が使っているものと非常に酷似しており、機構も同一のようです」
画面下に、字幕が入った。
「以降のホモ・サピエンスの会話は、当会の言語研究担当者が後から解析・翻訳したものを字幕にて表示いたします」
画面の左端からもう一体、別のホモ・サピエンスが登場する。
「おいあんた、一体何をやってる」
「何って……そこの樹洞でシマフクロウが抱卵しているようなので、撮影しようと……」
「誰の許可を取っている。勝手にこんなところに三脚を立てるな」
「許可ってなんですか。公園はみんなのものでしょう」
「屁理屈を言うな。この辺の野鳥の撮影は俺が取り仕切ってる。特に営巣や繁殖をしている鳥は繊細になっていて、注意が必要なんだ。カメラマンが押し掛けたせいで子育てを放棄する個体だっている」
「それこそ屁理屈じゃないですか。そんなこと言うなら、繁殖期の野鳥の観察は誰もしてはいけないってことになる。私がダメなのに、あんたは良いなんて、そんな道理があるもんか」
「俺は野鳥に詳しく、この公園にも30年も通っているから良いんだ。この、ここで5年連続繁殖しているシマフクロウのつがいだって、よく知ってる。その俺が言うんだ、あんたはダメだ。こんなところに三脚を立てるな」
「ふざけ――」
「おはようございます、ヤマダさん」
「おお、サトウくん、遅かったじゃないか。ここで撮影したまえ」
ノノの小声が入った。
「我々と違い、ホモ・サピエンスはあまり大きな仕草やガス・液体の噴射などをしないため、感情はわかりませんが、なにやら和気藹々と盛り上がっているようであります。詳細な会話の内容は、当会の言語研究担当班が解析してくれるでしょう」
大きなカメラと三脚を持った、迷彩柄のジャケット姿のホモ・サピエンスが続々と集合しだした。
「おい、お前はこんな最前列で撮っちゃだめだ。ああ、ナカガワくん、こちらが空いているよ。おい、そこ、シャッター音が大きすぎる!」
ホモ・サピエンスが50体近くなった頃には、日はすっかり高くなり、青空となっていた。
「くそ、誰かSNSでこの場所のことを拡散しやがったな。急に人が増えやがった!」
「シマフクロウどこ?」
「あ、いたー、かわいい!」
「ウウッ」
そのとき、ノノがうめき声を上げた。
「残念ながら……急速な時空飛行による身体に負担が大きかったようです……この動画の撮影は……長くは……続けられ……な……ブフゥッ」
ドサッと何かが倒れる音と共に、画面が大きく傾いだ。
大木の方に夢中になっていたホモ・サピエンス達が、一斉にこちらを向く。
「な、なんだ、あれは……?」
「緑色のダイオウイカ……?」
「ひ、ひぃ、化け物ぉおおおおおおおお」
悲鳴をあげると、ホモ・サピエンスの群衆はその細い二本足で方々に走り去っていった。
あっという間に静かになった公園の映像に、ノノの切れ切れの声が重なる。
「ロロ……みんな……すまない……観察対象に気づかれ、逃がしてしまうなんて……ウォッチャー失格だ……だが……短いながらもこの映像……なんとかして、そちらの時代に遺していく……我々の研究にさらなる発展を……」
身体の一部が液状化したのだろうか、画面の一部が体液のようなもので汚れた。
「もうここから動くこともできないが……カメラのメモリはまだ残っている……せめて……ホモ・サピエンスが撮影しようとしていた対象の記録を……」
小さな木の洞に、ホモ・サピエンスの頭部と同じ程度の大きさと思われる鳥類が映っていた。ふわふわとした白っぽい羽毛に包まれた生き物は、カメラマンから解放されてリラックスしたのか、丸いシルエットを保ち目を静かに閉じてじっとしている。
それから、ホモ・サピエンスが戻ってくることはなかった。映像の記録はメモリが切れるまで行われた。シマフクロウは無事に孵化し、成長し、やがて親鳥と同じくらいの大きさになると、洞から危うげながらも巣立っていった。
ほとんど聞き取れなくなるぐらい弱々しい、そのノノの言葉が、最後となった。
「ホモ・サピエンスは最高だ……だが、鳥もかわいい……こんな鳥のかわいさを発見し、愛でていたホモ・サピエンスはやはり素晴らしい種であることに間違いはない……ホモ・サピエンス……は……さい……こ……う……」
ノノの命がけの映像記録に、会場の人々は感極まって5つの肛門から放屁しまくり、会場の気圧が上昇した。
そこで、司会者のアナウンスが入る。
「ただいまヒューマン同好会代表のべべ・ローマンド氏より指摘がありまして精査しましたところ、本ドキュメンタリー映像の提出時間は3月12日となっており、KAC1(Keigai-seimeitai Aikou Competition1)の締切時間であった3月10日午前11時59分に間に合っていなかったことが判明しました。よって本年度の映像賞は繰り上げ当選でヒューマン同好会の「アルデバラン周辺で発見された「ボイジャー号」の残骸と思われる宇宙ゴミに関する観察結果」としたいと思います。但し、本作の最先端技術を駆使した意義ある試み及びスピポア氏の命を懸けた研究精神への敬意を示し、有機体愛好連盟作ドキュメンタリー「現役ホモ・サピエンスの群衆」については特例として、2番目の優秀賞「次賞」を差し上げたいと思います」
遠い未来の、あるいは過去の話 碧 @madokanana
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