【KAC2】No.2の哲学

綿貫むじな

ある食事会にて

 あるマフィア集団のボスが突然死んだ。

 脳溢血とも心臓発作とも言われる。食道楽で有名だったのでさもありなんと言われた。ボスは後継者を指名していなかったから、残された息子三人の後継者争いが勃発した。彼らは三人で一様に派閥を作り、組織は三つ巴の内戦の様相を呈す。


 長男は武闘派で有名であり、その剛腕を持って自らの派閥を取り仕切った。

 自分の縄張りを拡張すべく他の組織との武力抗争も辞さず、また縄張り内のみかじめ料回収などは苛烈さを極めた。少しでも楯突けば容赦なく潰されるとあり、彼らに表立って争いを挑む組織は居なくなった。

 三男は有名な大学を出ているだけに腕前よりは知能に優れ、株や投資の外にも様々なフロント企業を経営していた。彼は多大な資金、資産を背景に政治の世界にまで影響力を持ち、我が世の春を謳歌していた。

 次男には何もなかった。彼は絵に描いたような無能であり、唯一持っていたのは前ボスに似た背格好と声だけだった。長男や三男のような目立った特技も無く、与えられた縄張りを維持するので手一杯であり、彼を見限る部下も多かった。

 前ボスにとても似ていると頻繁に言われていたが、それは真実と皮肉を多分に含んでいる。

 そんな人望も実力もない次男に、なぜか組織のNo.2が付き従っている。

 彼は非常に有能で、前ボスはもっぱら彼に組織運営を任せていたと言われていた。

 次男は何故自分のような奴に付き従ってくれるのか不思議で仕方なかった。

 だが何もない自分にとっては唯一と言っても良いくらいに役に立つ人材だ。

 何より彼の言う事はまず間違いがない。彼のアドバイスに従っていれば組織運営や別組織との交渉なども上手く行く。

 仕事ぶりも真面目でそつがなく、何よりも忠誠心がある。それ以外の部下は自分の事を舐め腐っており、そのくせ組織にぶら下がって甘い汁を吸いたがる寄生虫ばかりだ。

 そういった輩もNo.2は徐々に排除していき、親から受け継いだ縄張り、事業を地道に運営していくうちに、やがて次男の組織は規模は小さいとはいえ独立した組織として周囲にも認められていくようになったのである。

 しかしそれは、No.2が居てこその組織であるとは誰の目にも明らかであった。


 某日。

 こじんまりとしたレストランの中で、No.2が一人の部下と共に食事を取っていた。メインディッシュが終わり、間もなくデザートが運ばれてくる所で部下が口を開いた。


「前々から疑問だったんですが、なぜ貴方はあの人についていこうと思ったんです?」

「あの人、とは?」

「そりゃ、ウチのボスですよ。こう言っちゃなんですが、あの人は見かけ以外はまるでダメな人ですよ。俺も貴方がボスに着いていくと言わなきゃここには残らなかった」

「ああ、それか」


 No.2は懐からタバコを取り出し、火を点けた。


「なあ、お前はもしウチのボス以外だったら長男と三男、どっちに着いていきたかった?」

「へ? うーん、まあ三男ですかね。俺は腕っぷしはあまり自信ないですし、だったらあの人の下で組織運営について勉強出来たらと思ってましたけど」

「ふーん、そうか。ところでこんなニュースが飛び込んで来たんだが」


 と言って、彼はバッグから取り出したタブレットの画面を部下に見せる。


「……え!? 三男系列の投資会社の社長がインサイダー取引で逮捕!? でもあの人は頭が良かったしこういう事もちゃんと根回ししていたはずなのに……」

「頭が良くても人の心の機微がイマイチあのぼっちゃんはわかってなかったんだよなぁ。だからこうやって敵を作って、情報をリークされる。これから大変だろうな」


 No.2はほくそ笑みながらやってきたデザートの一つに手を付けた。

 控え目ながらも上品な甘さに目を見張り驚く仕草を見せる。


「おい、これは美味いぞ。お前も食えよ」

「え、あ、はい」


 勧められて部下も一口食べるが、いまいち味がわからない。

 

「三男の勢いが落ちるとなると、これからは長男の勢力が伸びるんでしょうか」

「と言って、そうでもないようだな」


 No.2は続いてタブレットの画面を操作し、また部下に見せる。

 部下の目は見開かれ、口を手で思わず押さえてしまった。


「長男がヒットマンに襲撃されて重体……!? あの武闘派で鳴らす所によくもまあカチコミを仕掛けられる組織もあったんですねえ」

「と思うだろ? あそこに襲い掛かったのは、かつて敵対していた組織の残党や破門させられた奴らばかりだ。恨み骨髄に徹するとか良く言ったもんだよな」

 

 No.2はほくそ笑む。

 結局長男も三男も自らの行いが災いとなって降りかかった。

 では次男はと言うと? 

 先ほど書いた通り、彼は無能である。それは周囲にも知れ渡っている。

 強引に縄張りを犯すような事もせず、残虐に無為に敵対者を攻撃もしない。

 金を周囲からはぎ取る様に稼ぎ、金の力を持って勢力を伸ばす事もしない。

 居ても居なくてもなんら問題のない存在。それが次男であった。

 周囲の組織が難癖を吹っ掛ければ間違いなく次男の組織は滅びる。だがNo.2が根回しを施し、組織運営を行う事でそれは回避されていた。

 マフィア組織ながら周囲との協調、調和を掲げてきた次男の組織は、長男と三男の組織が凋落しだす事によって相対的に勢力を伸ばす事になるだろう。


「長男も三男も自分の才能にある種の驕りがあった。だからつまずいたんだ」

「ウチのボスは何ら才能が無いのが逆に良かった、と?」

「そう言う事だ」


 No.2はうそぶくが、部下は彼をじっと見つめていた。


「正直な事を言いますと、何故貴方がウチの組織のボスにならないのかが不思議でなりませんよ。皆、アンタの事を慕ってる。だからついていくんだ」

「おいおい、俺はボスの器じゃない。買いかぶりすぎだよ。ボスってのはな、仕事が出来るとか出来ねえとかそういうんじゃねえんだ。何て言うかな、男らしさとか、ある種のかっこよさとか、風格とかそういうのが必要なんだよ」

「そりゃ嘘だ。ボスってのは皆を引っ張っていくような魅力が必要なんですよ。腕力であれ、頭脳であれ」


 部下はずい、とテーブルにぐっと腕の力を掛けてNo.2に詰め寄る。


「何故二番手に甘んじるんです? 貴方こそボスにとって代わるべき存在だ」


 じっと彼を見つめる部下。

 No.2はタバコを吸い、灰皿で火を潰す。


「なんで長男と三男の組織が潰れ掛かってるかわかるか?」

「そりゃ下手を打ったからでしょう」

「違うな。奴らはこの界隈で一番になろうとした。だから他から引きずりおろされたんだ」

「そうなんですか?」

「俺の哲学ではな、トップにはなるべきじゃないって言う考えがある。いざという時に責任を追及されるし、何かと目立って狙われるからな。目だってナンボという考え方もあるだろうが、俺は基本的に目立たずに、ひっそりと事を済ませたい。目立たないってのが一番大事なんだ」

「だから、貴方はこの組織でもあえて二番手に甘んじていると?」

「そうだ。あの無能をわざわざ立ててやっているのもそういうわけだよ。それに次男は全く才能が無い訳でもない。自分が無能なのをわかっている分、人使いは上手い。愛嬌もある。だからウチの組織は上手く回っている」

「そんなもんなんですかねえ」


 もう一つあるがな、と心の中だけでNo.2は呟いた。

 自分は全面的な信任をボスから受けており、組織に関する事は自由に動かせる。

 金も、人材も。目立つことなく。

 ボスはスケープゴートであり、自分は影ながら人形を動かす人形師だ。

 いざという時はボスを身代わりにして自分は逃げてしまう事すら可能だ。

 であればこそ、No.2という立場は非常に美味しい。

 

「しかしウチの組織がこの街で一番になっちまうのは上手くないな。どこか別の組織にある程度シマを提供するか」

「そんな勿体ない事をしちゃあいけません。これを機にウチはのし上がるべきなんです」

「何?」


 瞬間、部下は拳銃をNo.2に突き付けていた。


「血迷ったか貴様!」

「アンタの哲学は腹落ちする理屈もある。だが所詮二番手狙いってのは、結局永遠に誰かの背中を見続けるって事だ。俺は一番になりたい。手始めにNo.2の地位を貰うとする」


 レストランに乾いた銃声が二発響いた。

 No.2は新たな者にとって代わられ、またすぐにボスも代替わりしたとの話が街に流れたが、やがてその街のどのマフィアも別の街に本拠を構える大きな組織に呑み込まれてしまった。

 今となってはNo.2の哲学が果たしてこの流れに抗えたかどうかを確かめる術はない。

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