Kobanashi No.2

gaction9969

(-2-)

 ―ごいんきょさぁぁぁん、ごいんきょさんよぉぉぉぉい、やい、ごいんきょッ。


 ―なんだい騒がしいねえ、ひとの家の前でやたらと大きな声をお出しなさんなよ。おや、誰かと思えば八つぁんかい。いったいどうなさった。


 ―へへっ、思った通り、やっぱりいやがった、このひま人め。


 ―お前さんだけにゃ言われたくないけどねぇ。いい男がまだ日も明るいうちからほっつき歩いて。それに私ゃ暇じゃあないよ、今もほれ、こうして本を読んでいたところだ。


 ―そうだ、こうして来たのは、そのいかがわしい本ばかり読んでるごいんきょに、ちょっくら頭を貸してもらおうてぇ算段で。


 ―何言ってんだい、決していかがわしいものでは無いよ。ま、私でよければ相談くらいには乗ってやろうじゃないか。ま、おあがりんなさい。


 ―や、さすがはごいんきょさんだぁ。じゃ、ちょっくらおじゃましますよって、あれれ。何でえ、本読んでたなんて言いながら、ひとり隠れてだいふくなんて食ってたな。ああ、ああ、なんとも意地汚え、いんごうごいんきょだぁ。


 ―どうもお前さんが言うことにはいちいち突っかかるものがあるねえ。読書の合間にお茶とだいふくをいただく、これが私の数少ない楽しみなんだよ。どれお前さんにもどうぞおひとつ、ここの店のは皮がうまいんだ。


 ―ややっ。分けてくれるってのかい。こいつぁありがてぇことで。じゃ遠慮なくお呼ばれしましょうかい。んん、ほんとだ皮がもちもちしてて、こりゃうめえや。さっきはいんごうなんて言ってごめんよ。あんたは日本一の貧乏長屋のごいんきょ様だよぉ。


 ―なんかあまり嬉しかないね。それよりも相談事があるんじゃあないのかね。なんか、困ってることでもあるんだろう。


 ―うんうん、今は濃いお茶がいっぺえこわい。


 ―何言ってるんだい。いきなりそんなさげがあるかね。さっさと本題に入りなさいよ。


 ―いやうちのせがれの奴がね、明四ツくれえに、さめざめと泣きながら道場から帰ってきたんでさぁ。どうしたい、て、おれぁ、こう何もすることがねぇから寝っ転がって足の裏のうおの目を爪でほじくりながら聞いたと思いねぇ。


 ―ちゃんと聞いておやりよ。それに昼間っからごろごろしているもんじゃあない。まいいや、そいで。


 ―お父っつぁん、道場でいちばんを決める試合があったんだけれど、最後の最後で浅の奴に負けちまったい、とこう悔しそうな顔して泣きゃあがるんでぇ。


 ―おまえさんとこの、亀松っちゃんかい。あの子は利発なだけじゃなく、剣術も大したもんだって聞いたよ。ご近所じゃあ、鳶が鷹を生んだってもっぱらの噂だ。


 ―へへへ、よせやい、ほめてもなんも出やしないぜ。


 ―おまえさんを褒めてるわけじゃあないんだが、まあ、おたくのむすこさんはすごいじゃないかね。まだ八つか九つかってくらいだろう。そいで道場で二番たぁ、大したもんだと、私ぁ思うけどねえ。


 ―そうっ。よくやったじゃねえか亀公ッ、とおれもよしよしとこうほめたんだが、顔を真っ赤にして、よかないよッ、とこうきやがるんでさ。一番じゃなきゃ意味ないんだい、二番じゃどべと変わらないんだいっ……と、まあきゃんきゃんうるせえの何の。


 ―そいつぁずいぶんと負けず嫌いな子だねぇ。ほんとに誰に似たのか分からないや。で、八つぁんは何て言ってなだめたんだい。


 ―なだめるも何も、うるせえッてんで、頭をぽかりとやったら、かかあに怒鳴られちまって、そのまま飛び出してきちまったってぇ寸法よ。


 ―乱暴なことするねえお前さんは。いきなり殴りつけちゃあいけないよ。


 ―それがやっこさん、べそかきながらも、『二』は良くない数だ、とか『二』がつく言葉にいいことなんか無いとか、りくつっぽいことを言いやがるもんで、つい。


 ―ついも何もないよ。そういうことはこれからはおやめなさいよ、と。それにしても面白いことを言うねえ、『二』っていう数が悪い、と。


 ―面白いって、ごいんきょさん、ぜぇんぶ真っ白な犬だもの、そりゃあ『尾も白い』。


 ―……ちょいとお待ちよ、さっきから無理やり落ちをつけようとしていないかい、お前さん。どこから白い犬が出て来たってんだい。


 ―へへ、いえね、なぁんか終わらせたがってる野郎がいる気がしたからね、ちょいと気を利かせたってわけでさぁ。


 ―怖い事言っちゃあいけないよ。ここには私とお前さんしかいないんだから。それより、息子さんは『二』の何が悪いって言ってたんだい。


 ―へえ。ええと何だったかな……小難しい言葉ばっかり覚えてんだあいつは。ああそうだ、『二とおうものはいっともえず』だったかな。


 ―ほぅ。あれもこれもと欲張ると、どっちも駄目になる、そういうことわざだね。


 ―『ひとを呪わばあな二つ』……『二かいからめぐすり』。


 ―よく知ってるねえ、お前さんもよく覚えているけど。ま、そう言われてみりゃあ、確かにあまりいい意味はないかもねえ、『二』には。


 ―いっとう高い山は富士山だけど、じゃあお父っつぁん、二番目に高い山は知ってる、とかも抜かしやがるんでぇ。ごいんきょさん、わかるかい。


 ―うーんそうか、さすがの私も知らないねえ。


 ―北岳きただけだってさ、へへ、ま、あっしはこの家に手みやげも持たずに来ただけ。


 ―洒落てないで、たまには徳利のひとつでもぶら下げて来てくれるといいんだけどねえ。でもなるほど、息子さんの言うことは一理ある。何事も一番のものは格別なのかも知れないからねえ。


 ―おっと、酒は近頃ぁ、やめてんだ。『よしとこう、また夢になっちまうといけねえ』。


 ―どうも無理やり落ちをつけようとしているねこの人は。でもね八つぁん、一番ってもんはね、二番とか三番とか、そういう人や物があってはじめて一番、ってやつになることができるんだ。だから二番だろうが三番だろうが、残念がることはないよ。次に一番になろうってがんばればいいんじゃあないか、そう言っておやりよ。


 ―ごいんきょさんは流石いいことを言うねえ。せがれのやつにはそう言っておきますわぁ。さぁて、ま、でもここまで来て人情噺もないだろうから、何らかの落ちはいると思うんでさぁ、他ならぬ、このあっしは。へへ。


 ―何を気にしてるのか分からないけど、別に要らないと思うよ、私は。


 ―ええ、『二番目とかけまして』。


 ―何か始めちゃったよ。どういう流れなのかね、いったい。


 ―『斜めに生えた親知らずと解きます』。……ねえ、ごいんきょさん、乗っかっておくれよぉ。もう時間も無いことだしさぁ……さぁッ。


 ―何だってんだもう……わけのわからないことばかり……ええぃもう、『そのこころは』っ。


 ―『どちらも難抜なんばつでございます』。


 ―何だい、こりゃあ。


 ……お後がよろしいようで(そう?


(終)

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