【KAC2】 大陸一の剣士は実は二番手だった

木沢 真流

第1話 

 今回の異例とも言える訪問は、初めから時間の猶予が無い事はわかっていた。

 事前にあらゆる質問とそれに対する答えを想定。このようなリハーサルが何度も行われたのは言うまでもない、その限られた時間の中でどれだけ私が彼からその真の声を引き出せるか、そこに異常なまでに興味を持っていたからである。

 

 大陸一の剣士、ジル。齢八十を超えたこの男の名前を知らぬ者は今やいるまい。

 今の、争いを知らない子ども達——このドルアーガ大陸に昔ゴブリンや、オーク、ウィザードなどが蔓延はびこっていたことさえ絵本の中でしか知らない世代でさえ、剣士ジルのことは知っている。なりたい英雄の一番は常に彼であるし、子ども達の遊戯では剣士ごっこで必ずジル役が登場する。

 また、年に一回、太陽と月が重なる聖なる日には彼を讃える歌を歌うことになっていた。


 一線を退いた彼は、隠居の身となり最近はめっきり外界との接触を断っていた。今や生きているのか、死んでいるのか。それすらも確認できないほど、世間から距離を置いている。

 ある日、そんな彼を訪問する機会を私は得た。

 国王から命がくだり、彼が生きているうちに彼の史書をまとめよ、というのだ。

 ドルアーガ大陸一の英雄と謳われた人物、その生の声を聞けるのはこれが最後かもしれない。

 私は所属する歴史省の代表として、身の引き締まる思いで彼の家へ向かった。

 

 ジルはベッドに横たわっていた。

 彼のその姿は、壁に掛けられている凛として立つその肖像画とはかけ離れていた。

 頬は痩せこけ、目は力強く閉じられている。長い灰色混じりの白髪は波打ちながら束ねられ、肩の位置で結ばれていた。

 口を真一文字の結ぶその表情は、ただそこに横たえているだけで既に威厳に満ちており、彼がいかに偉大な剣士であったのか、いやでも感じる事が出来た。

 横には召使が常に待機し、ジルの要望通り水を与えたり、体を動かしたりしている。

 

 ポッポポー。


 ピポカリスが鳴いた。一定の正確な時間で鳴くこの鳥は時計鳥と呼ばれ、時刻を告げるのに使われていた。

 召使が睨むように私を見つめる。

「さあ、歴史省の方。ピポカリスが鳴きました。あと3回鳴くまでにはどうかお帰りください、ジル様の体調はあまりすぐれないようでして」


 私はつばをごくりと飲み込んだ。

 あまり時間は無いようだ、私は早速基本的な事から質問し始めた。

 ジルの幼少期についてや、ドルアーガ大陸を平定させたデラコンダルの戦いについての詳細など、全てリハーサル通りに進んだ。

 気付けばピポカリスが2回鳴いていた。次に鳴くとき、私は帰らねばならない。私は最後の質問を投げかけた。


「剣士ジルよ、あなたは大陸一の剣士と謳われている。民衆からは……」

「私は一番ではない」

「え? 今なんと?」

「私が一番になったことは今の今まで一度も無い」


 何を冗談を……私は思った。

 

「しかし、あなたはシルビア地方のゴブリンも壊滅させた、デラコンダルの戦いでも奇襲によってウィザードを降伏させ、そして一線を退いてからもたくさんの剣士を育て上げた。どの歴史書を見てもあなたに並ぶ者は記載されていない」


 ジルの目が鋭く光る。その光は殺気で満ちていた。

 まずい、直感がそう伝えた。ひょっとするとジルはもうこれ以上口を開いてくれないかもしれない、そう思わせるような眼光だった。


 直後、一つひどい咳をした。

 全身を震わせ、体の奥の異物を吐き出すようなそんな咳だった。やっとそれが落ち着くと、召使に合図し、水を飲んだ。

 それからゆっくりと、彼のペースで、こう語り出した。 

 その時彼の口から語られたその話を、私は今でも忘れられない。

 


 私がまだ訓練士だった頃、ミラルパという同じく訓練士がいた。

 私は何度も手合わせを願ったが、どうしても奴には勝てなかった。私が動であれば奴は静。相手の動きを読み、それを利用するように無駄のない動きを発する。それを裏切ろうとすれば相手の思うツボ。自分のペースが乱れ、気付けばやられてしまうのだ。

 私は常に二番手だった。結局の奴に勝つことは一度もなかった。私は奴に勝つためだけに生きた。奴に勝てないなら死んでもいい、そこまで考えたほどだ。

 あるとき騎士団長から指令があった。

 ゲルヌアの森で起きている半人花の制圧だ。

 半人花など、知的能力が低く、力も無い。制圧までかかっても一週間だろう、皆がそう思っていた。もちろん私も志願したが、指揮官の選別戦で私はミラルパにあと一歩のところで敗れた。それどころか、その際怪我を負い、任務にすら加われなかったのだ。

 私はこの時、死を覚悟した。

 これだけの力をもってしても奴に勝てないのなら、私は一生勝てない。それなら死んだ方がまし、そう思ったのだ。

 しかし後一歩のところで私は踏みとどまった。どうせ死ぬなら、それまでやつを倒すために生きればいい、そう思ったのだ。


 ミラルパ率いる精鋭部隊が一人残らず全滅したという報告を聞いたのは、5日後のことだった。

 半人花はおとり。影でウィザードが罠を張っていたのだ。

 あの頃の私たちは魔法のことがよくわからず、全くといって対策がとれなかった。今でこそ、簡単に対策のできる昏睡魔法にやられ、我ら部隊は一人残らずなぶり殺された。


 今でも信じられない。あの圧倒的な強さを誇っていたミラルパがウィザードごときに消されたなんて。


 奴は常に一番だった。だが一番というのは最も矢面に立つということ。最も危険な位置に居続けるということ。未知なる力を前に、一番のミラルパは死んだ。

 もし私が選考戦で勝っていれば、私が討伐隊長としてゲルヌアの森に赴いていただろう。そしてきっと死んでいた。

 だが、神は私に生きろと命じた。

 これがどういう意味があるのか、あの時の私にはわからなかった。


 さらに私は永遠に一番になる機会を失ってしまったのだ。

 あれからどれだけ経験を積んでも、どれだけ烈烈たる魔物を倒したとしても奴の、私の中にあるミラルパの幻影に勝つことはできなかった。

 永遠の二番手として、届くことのない幻を求め、私はさまよい続けたのだ。


 ……だがそれももう終わり。私の体はもう数日ともたないだろう。本当の大陸一を決する戦いは、黄泉の地で行うとしよう。


 ジルがその言葉を言い終えると同時に、ピポカリスが、ポッポポー、と鳴いた、時間切れである。




 ジルがその生涯を終えたと伝え聞いたのは、あれから3日後のことだった。

 大陸一の剣士は、最強の実力を持ちながら、勝つことのない孤独な自分との戦いを繰り広げていた。二番手であることで生き延び、二番手という敗北感を身に纏い、最強の二番手として生きた孤独な剣士ジル。


 私は今、あの話を史書にまとめている。

 タイトルは何にするか、もう決めた。それは、


——大陸一の剣士は永遠の二番手だった——


 時は満ちた、いざ黄泉の地で雌雄を決す。

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