ホントのヒロト

蔵樹 賢人

第1話

『俺ふられたわ』

 

 ピロンという呼び出しとともにスマホにメッセージ。ヒロトだ。

 また? 懲りないわねー。呆れるわ。今度は確か、他の中学の超美人と付き合ってたんだよね。いつものことながら、なんで振られるかなー。


 ピロン

『いつものファミレス』


 なんでよ! いっつもそうなんだから! あいついったいウチをなんだと思ってんのよ! もうお風呂入っちゃったんだからね。行かないわよ。


 ピロン

『パフェおごる』


 パ、パフェ…… しょ、しょうがないわね。パフェはしょうがないわよね。いや、もう8時だし。今からだと太るし。いやいや、9時より前ならいいんだっけ? 今の季節だといちごかな。いや、もう春だしさくらかも。


 ピロン

 メニューの写真が送られてきた。さくらだ! 季節限定だ! それに、ちょっと気晴らしにもいいかな。振られたわけだし。行く!

 

「おかあさーん、ちょっと出かけてくるー」


 カラランカラン


 入り口を開けると、正面の奥のボックスにヒロトが座っていた。相変わらず超イケメンだ。遠くからでもオーラがわかる。ブレザーの学生服を着崩して、とても中学生には見えないや。ああ、あれって高校の制服じゃない。まだ春休みなのに気の早いことで。周りのボックスにいるJKはきっとヒロト狙いね。相変わらずねぇ。


「ユイ。遅い」


 怒ったふりしてニコニコしながら、なんだかよくわからない青っぽい液体をストローで吸ってるヒロトが叫んだ。周りのボックスにいた何組かのJKが私を見る。いつものことながらちょっと恥ずかしい。

「何言ってんのよ。急いできたんだからね。それに中学生だとこの時間まずいんだからっ。っじゃないわよ。なんでいっつもいっつも振られるたんびに呼び出すのよ。呆れたわ。どこだっけ? 白鵬はくほう女子中の超美人と付き合ってたんでしょ? なんで振られたのよ。ああ、メニューメニュー。これ頼んで、さくらパフェ。それからその青いの何? またいろんなの混ぜたんでしょ。気持ち悪いわねっ」

 私は恥ずかしいのと自分が来たのを正当化するために、ちょっと周りに聞こえるようにまくし立てた。


「お前、質問多すぎ」

 ヒロトは足を組み直して、ボックスのソファにふんぞり返った。足ながっ。

「それに、俺もお前も中坊には見えないだろ。制服もこれだし。問題ない」


 そうなのだ。ヒロトは青邦せいほう中学のバスケ部キャプテンで身長178cm。でかいよね。ああ、中三で引退したから元キャプテンね。ポイントガードって言うんだっけ。市の選抜でかっこいいんだよね。スリーポイントが得意で、女子をきゃーきゃー言わしてたっけ。その中学三年間、彼女がいなかったことはない。というか、それが問題なんだけどね。

 私はユイ。ヒロトとは幼馴染。私もバレーボール部の元キャプテンでエースアタッカー、だった。身長165cm。まあまあ大きいから、二人で夜のファミレスにいてもまず大丈夫。

 二人ともこの四月から同じ慶光学園けいこうがくえん高校に行くの。ヒロトはまだ春休みなのになぜだか高校の制服を着てるってわけ。イケメンの技なんだわ、きっと。


 ピーンポーン

 ヒロトが呼び鈴を押した。店の奥がざわつき、JK風のアルバイトが三人、ビーチ・フラッグスのライフセーバーみたいに先を争ってすっ飛んできた。

「店員さん、さくらパフェね。大至急。よろしく」

 ヒロトは三人に均等に笑顔をふりまき、最後に広角を上げてウインクした。

「はい! かしこまりましたっ」

 三人がユニゾってうるさい。あーあ、また無駄にイケメンふりかざしてるわ。あの子たちもホントのヒロト知ったら幻滅するんだろな。


「約束だ。おごるよ」

 くそかっこいい。さまになってるなぁ。

「当然よ。夜中にレディを呼び出してるんだから、それ相応のことはしてもらうわ」

「へいへーい」

 ヒロトはまた足を組み直して横を向いた。横顔がまたイケメンよね。憎らしいったら。


「で、今回で何度目よ」

 さあ、本題の始まりよ。

「あー…… そうね。じゅう、に?」

「じゅうにっ! 十二!? 中学三年間で十二回!?」

「はは、すげーだろ」

「すごいわよ。十二人彼女がいたってのもすごいけど。十二回振られたのよ。そんなやついる? しかもこんなイケメンが!」

 煽りあおりイチ。

「だよねぇ。こんなイケメンがなんで振られるんでちゅかねぇ」

 ヒロトは横を向いたままこっちを見ない。

「あんたの性格のせいでしょーよ! 今回もどーせ、恥ずかしくて目も合わせられないって態度に辟易されて振られたんでしょーが」

 煽り二。

「しょーがねーだろ。恥ずかしいんだからさー」

 ヒロトは横を向いたまま口をとんがらかせている。いいねぇ。

「それがそもそもおかしいのよ。十二人とも自分から告ってるんでしょ?」

「十一人だよ」

「いいのよ細かいことはっ。しかもイケメン振りかざしてかっこよく告ってさ。そんで付き合い出すと恥ずかしくてモジモジくんになっちゃうってどうなの? そりゃ振られるわ。逆ギャップよ。萌えないよ」

 トドメ! 効いたかな。


 ヒロトは心なしかウルウルしてる。唇もぷるぷる震えてる。もうちょっとだ。


「お前さあ。慰めに来たんじゃねーのかよ。俺は振られたんだぞ。なんで責めるんだよ…… う、ううう……」

 やった! これよこれ。いいわー。イケメンの泣きくずれほど美しいものはないわ。涙に濡れた長いまつげ。震える薄い唇。ふわふわしたゆる巻きパーマが悲哀の顔にかかって。ああ、美しい。毎回振られるたびに呼び出されるのはウザいけど、毎回この美しい光景を見れるのはうれしいわ。


「さくらパフェお待ちどうさまでした」

 ヒロトがぱっと笑顔に戻る。しかし隠せないうるうるの瞳がアルバイトのJKの心を撃ち抜く。ズキュンって音が聞こえるようだわ。罪な男よねぇ。あ、ヒロト、顔戻った。台無しだ。くそ店員め。しょうがない。今日はここまでか。


「で? 今回はどんな経過なの? 何が悪かったか分析するんでしょ」

 これも毎回のお決まり。恋のお悩み相談室か反省会かってとこよ。まあ、回を重ねるごとに私の趣味も入ってきちゃってるけどね。さくらパフェをつっつきながら気晴らしパート2ね。


「お前の言う通り、いつもと同じだよ。告ったときは主導権握ってるんだけど、だんだん相手のこと大好きになっちゃって、話せなくなっちゃって、おしまい」

 ヒロトが真面目モードになった。真面目な感じもいいんだよねぇ。好青年だよねぇ。あ、さくらのジャムに花びら入ってる。

「いつもと同じねぇ。告ったのいつだっけ?」

「初詣。なんかすげー美人がいたからさ。俺と付き合ってよって言ったら、あなたならいいかもねとか言ってさ。そんで付き合い始めたわけ」

 なんだ、その高慢な女は。腹立つな。さくらアイス美味しい。

「で? それから?」

「それからデートとかしてさ。ああ、受験もあったから週一くらいで? これが美人だけどいい子なんだよ。ちょっとプライド高いけど、しっかりしてるし、マナーもいいし。育ちがいいんだろな。笑うとまた美しくてさ。もう直視できないわけよ。いや俺には釣り合わんわって感じなんだよね」

 は? どの面下げて言ってんだ? お前もたいがいの女子からしたら直視できないイケメンだぞ。ってか、美人でいい子ってのが気に触るわ。コーンフレーク要らない。その分アイスいれてよ、さくらアイス。

「そんで、会っても全く話できないデートが何回か続いて振られた」

 はあ。そうですか。毎度のことで。

「で、今回はどれくらい続いたのよ」

「いつもと同じ三ヶ月だな。いつも毎回きっちり三ヶ月で振られる」

 ぷちっ。

「あんたバカなの!? 反省会が全く活きてないじゃない。なに? 三年間きっちり三ヶ月ごとに振られて十二回? ギネスに申請したらいいわ」

 ああ、もうパフェなくなるわ。一番下もコーンフレーク? テンション下がるなぁ。

「あはは。そうだな」

「笑い事じゃないわっ」

 パフェもないわっ。終わりにしよ。


「お前だったら大丈夫なのにな」


 ん? なんか言った?

 ヒロトは真面目な顔でこっちを見つめていた。

「な、なに、なにそれ」

 パフェ、パフェ、ない、ない。ヒロトの正面、耐えられない。


「お前だったら三ヶ月以上付き合えそうだよな」

「どどど、どういう意味……?」

 ヒロトはじっと見つめている。うわーん、耐えられない、耐えられない。

「俺と付き合う?」

 えええ、それって、それって。

「わ、わたしのこと好きなの?」

「好きだよ」

 速攻かい! Aクイックか! ブローックって、しないしない。スリーポイント! きゃーって、ああ、よくわかんない。


「二番目にな」


 はい? いまなんと?


「一番はまだ白鵬女子の瞳子とうこちゃん。お前は二番目。だからきっとうまく行く」

 なに言ってんだ。

「思えばそういうことだったんだよ。一番好きな人だとうまく話せない。でも二番目ならうまく行く。絶対そうだよ。今までだって、告ったやつ以外ではお前のことが一番好きだったんだから。俺たちうまくいってるじゃん。だろ?」

 にやけた顔がイケメンすぎる!

「バカかお前はーーーっ! 帰るっ」


 カラララララーン

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ホントのヒロト 蔵樹 賢人 @kent_k

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