二番目から一番目に

高梯子 旧弥

第1話二番目から

 僕は運命のようなものを感じたのかもしれない。

 彼女を大学構内で見たときには初恋のときのような胸の鼓動を感じた。

 どうにかして話をできないものかと悩んでいたが偶然にも友人の三宅みやけが知り合いだというので紹介してもらうことになった。

 彼女の名前は三好みよし二葉ふたばという。

 彼女の背丈は僕と変わらないくらいあるけれど、顔が童顔で化粧もあまりしないみたいでよく高校生に間違われるみたいだ。

 友人に紹介してもらってからの展開は思いのほか早く、最初の数回はお互いの友人を交えて遊びに行ったりしていたけれど、二ヶ月経った頃には二人で会うようになっていた。

 二人で会うときには細心の注意を払うようにした。いつも着ないような服を着て普段の僕とは違う自分を見せるようにした。

 その甲斐あってか、初めて二人で遊びに行くときに「なんかいつもと雰囲気違うね」と、少し照れながら言う二葉の可愛い姿が見られた。

 そこから何回か二人で遊んでいるうちに二葉の色々なことを知ることができた。

 一人っ子であること。高校は女子高だったということ。部活は吹奏楽をやっていたこと。休みの日は家で漫画を読んだり映画を観たりして、あまり外に出ないこと等々。

 そのすべてが僕の好みに合っていて、ますます二葉のことが好きになった。

 ある日、僕は思い切って告白してみた。

 二葉は頬を赤らめながら小さな声で「よろしくお願いします」と言った。


 僕たちが付き合うことになったと、紹介してくれた三宅に報告したら、諦観ともとれるような表情をし、「お前のことだから何も言わないけど、ほどほどにしとけよ」みたく要領を得ないことを言ってきた。

 僕は何のことだかわからずにいたが、とりあえず頷く。それを見た三宅が「どうなっても知らないぞ」と言ったが、僕には心当たりがないので気にしないことにした。

 その後の交際は順調だった。

 週末はお互いの予定を合わせてデートするようにした。

 お互いあまりアウトドアな人間ではなかったが、二人なら外にいても楽しめる気がして毎回出かけていた。

 たまには家でゆっくりしたデートもしたかったので二葉に家に行っていいかと訊くと、いつも申し訳なさそうに「部屋が散らかってるから」と言って、家には入れてくれなかった。

 逆に二葉が僕の家に行きたいと言う日もあった。だけど僕はその願いを叶えてあげられなかった。二葉とはいえ、女の子を家にいれるのにはある種の緊張感が僕の平常心を乱してしまう。なので、二葉には「お互いゆっくりやっていこう」と言って断っていた。二葉も「そうだね。お互いのペースで、ね」と快く承諾してくれた。

 大学も夏休みに入った。

 この長期休暇の間に二人で旅行に行きたいねと話した。

 だけど付き合ってからというものの、僕がどうしても外せない用事があって会えない日もあったのだが、夏休みになってからそれが増えてしまって、せっかくの夏休みなのに会える頻度は休み前と変わらなかった。

 それは二葉も同じで、外せない用事が増えてしまってなかなかまとまった休みが取れないと残念そうにしていた。

 それでもどうにか休みを合わせて近場ではあるが、一拍二日の温泉旅行に行くことにした。


 僕は初めての二葉との旅行を思う存分楽しめるように計画を練った。

 旅行当日。待ち合わせ場所に現れた彼女はいつも以上に可愛らしく見えた。

 二人で電車に揺られながら都心から離れていく。窓の景色は時間が経つにつれて雑多なものがなくなり簡素で、それでいて風情豊かな風景へと様変わりした。僕も二葉もそれを見ながら今日の予定を話し合った。

 目的の駅に着くと、やはり観光名所だけあってたくさんの人で賑わっていた。

 僕たちはまず荷物を置きたいと思い、宿泊する旅館へと足を進めた。

 僕たちが泊まる旅館は老舗の旅館で値は多少張るものだったが旅館といえば老舗と言って二人で決めた所だった。

 到着すると、写真で見たより古めかしく見えるのが逆に風情があっていいと思った。

 ロビーで受付を済ませ、部屋へと案内された。

 それほど大きくない和室の中央には木製のテーブルが置いてあり、その上にはお菓子の入った皿とポットが置いてあった。テレビはさすがにブラウン管ではなかった。窓から見える景色も生い茂る木々を堪能できるものだった。

 二葉も気に入ったらしく、まるで宝探しをするかのように部屋の隅々まで見て回っていた。

 荷物を部屋に置いて僕たちは外に行くことにした。

 この辺りは海も近く、少し歩けば砂浜まで行けるので行ってみることにした。

 夏だけあって海のほうは駅前以上に人でごった返していた。

 ゆっくりしようと思って来たのにこの人混みでは休まりそうにないなと二人で苦笑いした。

 しかし、せっかく来たのに何もしないのもなんだなと思い、少し散策していると、ビアガーデンをやっている所を発見した。

 僕たちは特段お酒が好きというわけではないけれど、このお祭りみたいな雰囲気に引っ張られてビールを買った。

 炎天下で飲む冷えたビールは居酒屋とかで飲むものより美味しく感じられた。どうやら彼女も同じらしく、喉を鳴らしながら美味しそうに飲んでいた。

 暑さのせいかアルコールのせいかわからない身体の火照りを鎮めようと思い、今度はアイスキャンディーを二人で食べた。

 その後はお土産屋さんに向かった。お土産を買うのは帰りでいいけど二人でおそろいの何かを買いたかったのだ。

 最初、二葉は抵抗を示していたけど、最後には折れた。それでもあんまり人から見られないものにしようということで、散々悩んだ結果、色違いのボールペンにした。

 日も暮れ、旅館に戻った僕たちはこの旅行最大の楽しみである温泉に入ることにした。

 もちろん、温泉は男女で分かれているため一緒に入ることはできないが、それでも滅多に入れないからか、二人ともテンションが上がっていた。

「じゃあまた後で」

 お互いそう言って温泉へと向かう。

 脱衣所は結構広く、隅のほうに体重計がポツンと置いてあった。

 僕は服を脱ぎ、浴場へ向かった。

 僕は身体を素早く洗い、湯に浸かる。何か効能もあるらしいが、そんなものなくとも充分に身体が癒されていくような気がした。

 周りを見渡すと子どもからお年寄りまで様々な世代の人たちが温泉を満喫していた。

 そこで一人の人物で視線が止まった。

 年齢は僕と同じくらいだろう若者はタオルで隠しているが隠しきれていない部分からわかる。刺青がある。確かここは刺青がある人は入ってはいけなかったはず、と思ったけどわざわざ係の人を呼んでまで関わる必要もないか。面倒事になってはせっかくの旅行が台無しだからな。そう思うようにしてそいつが視界から外れるように身体の向きを変え、くつろぐことにした。

 何分くらい入っていたのか。いい加減のぼせそうになり、温泉から出ることにした。

 脱衣所で服を着て、備え付けのドライヤーで髪を乾かした。

 脱衣所を出る寸前、ふと視界に入ってきたのは例の刺青男だった。

 彼は服を着て真っ直ぐに出入り口のほうへと歩を進めていた。いくら夏とはいえ髪が濡れたままでは風邪をひかないだろうか。とはいっても僕には関係のないことなので気にしない。

 脱衣所を出るとそこには既に出てきていた二葉が待っていた。

「ごめん、待たせちゃったね」

「ううん、私も今出たところだから」

 僕が「部屋に戻ろうか」と言って二人で歩き出そうとしたところ、後ろから突然「もしかして二葉か?」という二葉を呼ぶ声がした。

 振り向いてみると、そこには先程の刺青の男が立っていた。

 二葉に「知り合い?」と訊ねると二葉は「あの、その」みたく明らかに挙動不審になっていた。

 僕は何が起こっているのか理解できずにいると、今度は僕が狼狽することとなった。

「え、二宮にのみやくん何でここにいるの」

 女湯から出てきた女性が僕の名前を呼ぶ。

 嘘。

 何で。

 どうして。

 僕の頭の中を無数のはてなが飛び交う。

「何だ、九美くみこいつのこと知ってるのか?」親し気に話しかける刺青の男。こいつは一体何なんだ。

「え、う、うん。そうね。友達、かな。そういう一馬かずまもあの子とはどういう関係なのよ」

「どういう関係も何も俺もただの友達さ」

 その言葉を聞いた二葉は目を大きく見開いた。その後泣きそうな声で「嘘でしょ」と呟いた。

 その呟きが届いたのかどうかわからないが刺青の男が九美を連れて行こうとする。

 そこで僕もこのままでは駄目だと思い、大きな声で九美を呼んだ。

「僕たちとの関係が友達ってどういうこと! 付き合ってたんじゃないのか⁉」

 それを聞いた九美は申し訳なさそうな顔をしながら小さな声で「ごめんね」と言って、去って行ってしまった。


 部屋に戻った僕たちはお互いのことを正直に話した。

 僕は九美と付き合っていて、二葉は二番目の彼女だと白状した。

 二葉も一馬と付き合っていて、僕は二番目の彼氏だと言った。

 お互い本命は別にいて付き合っていたら、お互いの本命同士もまた同じように付き合っていたなんて、これが因果応報というやつなのか。

「ねえ、これから私たちどうするの?」

 その質問はとても難しいようで僕にとっては簡単なことだった。

「今まではお互い二番目として付き合っていたけど、これからは一番目として付き合っていかない?」

「いいの? だって私ひどいことしてたでしょ?」

「それはお互い様じゃん。それに僕が二葉を好きな気持ちは本物だよ」

 そう言って今にも泣きだしそうになる二葉を抱きしめた。お互いの熱が混ざり合って何だか心地良い。

「二度目になるけど、僕は二葉が好きだ。付き合ってください」

「はい。こんな私で良ければお願いします」

 改めて告白しあった僕たちは初めての口づけを交わした。

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