届けこの願い

幽美 有明

繰り返す最終日

 青葉あおば星空せら辻野つじの春樹はるき冬瀬ふゆせ 椿姫つばき。僕ら3人は大学の冬休みを利用して旅行をしていた。

 僕らは高校で初めてあって、それからは3人で居ることが多かった。

 星空と椿姫は高校の時から付き合っていた。そして、僕の初恋は椿姫だった。

 だけどいいんだ、僕なんかより星空の方が椿姫の傍にいる権利がある。椿姫を幸せにしてあげられる。僕は椿姫の2番目でいいんだ、友達として。


 僕達は青森に行っていた。1度はスキーをしてみたいって話になったからね。

 運動神経のいい星空は、直ぐにスキーを乗りこなして椿姫に教えていた。

 僕は元々雪国から東京の高校に行った身だから、当然ながらスキーには乗れるんだ。

 明日は冬休み最後で、東京に帰るからと夜はホテルの近くを散策しようかなんて話になっていた。だけど椿姫が疲れていたみたいで星空は椿姫と一緒ホテルでゆっくりするみたいだった。

 夜の街はどこかに吸い込まれそうな暗闇が、至る所にあった。

 居酒屋なんかが立ち並ぶ商店街をぶらぶらと歩いていると急に声をかけられた。


「そこの貴方、少しよろしいですか?」

「はい?」


 呼ばれた方を見るとそこには、占い師のような見た目をした人がいた。


「貴方は近く運命の岐路に立たされます。どちらも道も辛いことが待っているでしょう。お金入りません、どうかこの翡翠が貴方の助けになることを祈っております」

「この翡翠は一体」


 翡翠に視線を落とし前を向くともうそこには先程の占い師はいなかった。

 この夜の街が見せた幻影なのか。だけどあらは紛れもない現実だった。僕の手の中には翡翠が握られていたのだから。


 次の日、新幹線で東京へと帰った。約5時間新幹線に揺られ退屈しのぎにトランプをした。東京に着く頃にはお昼になっていて、その賑やかさをみると東京に戻ってきたと実感した。


 お昼は駅前のハンバーガー専門店で食べた。専門店だけあってとても美味しかった。

 今日はここで解散することになっていた。

 星空は椿姫を送るために一緒に電車に乗って行った、つくづくお似合いな2人だよね。

 アパートに帰って、明日の講義の予定を確認したり。旅行の最中に予約していたテレビを見ていた。

 辺りが薄暗くなり、そろそろ部屋の明かりを付けようかと思っていると椿姫から電話が来た。

「もしも「星空が私を守って!お腹から血が!」今何処にいるの!?」

「私の家の…ある通り!血が止まらなくて…どうしたら!」

「消防に電話は!」

「した!」

「じゃあ綺麗な布を血が出てるところに当ててなるべく止血するんだ、周りにほかの人はいる?」

「私の…悲鳴を聞いて…何人かいる…」

「その人たちに見てもらってる間に布取ってくるだ、出来れば手はビニール袋とかで隠すんだ、血液感染とかあるから。それから落ち着いて。僕もそっちすぐ行くから!」

「うん…!」


 椿姫に落ち着いてと言ったものの僕の全身からは血の気が引いていた。今僕の顔はどうなっているのか、多分真っ青だろう。椿姫の家はここからそう遠くない。

 電車で1駅のところ、だけど電車を待ってる時間はないから自転車を飛ばして急ぐ。

 椿姫の家の近くに行くと人だかりが出来ててどこにいるのかよくわかった。

「椿姫!」

「春樹!」

 人混みの中心へと行くと、ちょうど救急車が星空を連れていくところだった。

「星空は!?」

「これから病院に運んで手術するって」

「関係者の方は乗ってください、出発します!」

「椿姫乗るんだ、僕も自転車で追いかけるから」

「うん!」


 椿姫が救急車に乗り込み病院へと向かった。この辺りの病院だと手術が出来るのはそう多くはなく、ここから近くの病院へ向かうと入口には椿姫が立っていた。


「春樹、こっち!」


 椿姫に連れられるまま急いで手術室前に向かった。


「春樹…星空大丈夫だよね?」

「救急隊員の人はなんて?」

「出血が酷いって、大急処置のおかげでぎりぎり大丈夫って言ってたけど危ないって」

「きっと大丈夫、大丈夫だから」


 ここには星空の両親はいない。星空の両親は既に他界していて、成人するまでは親戚が保護者をしてくれたらしいけどそれも今はもう関わってないって。

 だからここに居るのは僕達だけ。


 手術室のライトが消え中から医師が出てきた。

「ご友人の方々ですね?」

「「はい」」

「星空さんですが、依然として厳しい状況です。恐らく今日が峠でしょう。我々も最善を尽くします」


 星空はICUに運ばれて行った。椿姫はICUの傍から動こうとはせず、僕が飲み物を買いに行くことにした。喉が渇いていることだろうから。

 飲み物を買った帰り、服のポケットに入っている翡翠を思い出しあの占い師の言葉を思い出した。


 あれはこのことを言っていたのだろうか、もしこの翡翠が僕を助けてくれるなら、早く助けてくれ。星空を死なせないために!

 翡翠を強く握り込むが何も起きなかった。

 ICUの外にいる椿姫に飲み物を持っていくと、椿姫は背もたれにもたれかかって眠ってしまっていた。看護師の人に毛布をもらい椿姫に掛けて隣に座った。

 だんだんと隣に座っている僕もも眠くなってきて、椿姫が僕に寄りかかって来たのをきっかけに僕も眠っていた。


 目が覚めると、そこは病院の天井ではなかった少し見なれたホテルの天井だった。スマホを見れば日付は最終日だった。僕は一日前に戻ったのだ。

 朝食に顔を出すとそこには無傷の星空と椿姫が朝食を食べていた。


「遅かったじゃない」

「寝坊か?珍しい」

「ちょっと嫌な夢見てさ」


 昨日のことが夢じゃ無いのなら、東京に帰って夕方には刺されてしまう。どうにかして回避しないと。

 だけど何もいい考えが浮かばないまま、新幹線に乗り込み東京へと到着する時間が迫っていた。


「どうしたの春樹、妙にそわそわしてるけど」

「ん、ちょっとね」


 僕が代わりに刺されたら少なくとも星空は助かる。僕の命を使って助けれるのならそれでいい。だけどもし、運命を変えることが出来ないとしたら?

 僕を刺したあとに星空も刺されたら?

 出来るとしたら星空を刺せない状況を作るしかない。刺すためにはナイフとか刃物が必要。ならナイフをどうにかすればいい。

 僕には格闘技なんてやれないからたたき落とすなんてことは出来ない。

 だから刺された後に抜かせない。普通に刺されたら簡単に抜けるのなら分厚い何か、本とか財布に刺されば少し抜きにくくなる。

 手を掴めば逃げようとしてナイフを手放してくれるかもしれないし。

 ちょうどよく僕の財布は折りたたみので分厚い本だって家にある簡単に言えば辞書だけど。

 家に帰ったらそれらを身につけて、何かしらの理由をつけて椿姫と星空に合流しないと。

 星空を守る腹が決まり、新幹線はまもなく東京に到着しようとしていた。


 お昼は前と同じくハンバーガー専門店で食べた。

「星空、この後椿姫送っていくでしょ?」

「ああ、そのつもりだ。途中で何処か寄るかもしれないけどな」

「カラオケとか?」

「おう」


 だから刺されたのが夕暮れ時だったんだ。カラオケにいってから椿姫を送ればその辺の時間になるから。


「じゃあ、椿姫を送ったら夜どこか食べに行かない?」

「あっ、ずるい!それなら私も行く。帰ったら服着替えるから、二人とも家の前で待っててよ」

「でも春樹、アパートに一回帰るだろ?」

「うん」

「じゃあ春樹は私の家に集合ね。時間はカラオケ終わったらメールするから」

「分かった」


 これで、あの場所に僕もいる事になる。あとはその時やれるかどうか。


 駅で別れれた僕は直ぐにアパートに向かい、準備をした。僕だってなるべく死にたくはない。

 いつもより多く重ね着をして、ジャンバーの内ポケットには財布を。

 辞典は肩掛けポーチに入れて、星空が刺されていたお腹のあたりに来るようにベルトを調節をする。

 時計の針が時を刻む音を聞き、メールが来るより早く家を出る。

 徒歩で椿姫の家に向かう途中、メールが来た。

 今からカラオケを出ると。

 幸い椿姫達が帰ってくる前に、椿姫の家に着くことが出来た。


「春樹もう着いてたの?」

「早めに来た方がいいからさ」

「そうねそれじゃあ、少し待っててね」


 椿姫が家の中に入ったのを見て星空と話をする。


「デートどうだったの?」

「楽しかったぞ。手繋いだり出来たからな」

「まだそこから発展してなかったの?」

「いや、キスとかはしたんだが。まだ一線はな」

「奥手すぎる」

「春樹に言われたくないんだけど」

「それはすいませんでした。二人ともお酒飲めるんだから少しお酒入れて話してればいい雰囲気になるんじゃない?椿姫の家とかでさ」

「うむむむむ」

「まあ、2人の幸せを祈ってるよ、いつか子供の顔見せてね」

「おう」


 照れくさそうに星空は返事をした


「お待たせ、行きましょ」

「そうだね」

「どこ行くか」


 そろそろ来るはずだ。星空を刺した張本人が。

 ほら耳をすませば聞こえてくるこちらに向かって走る足音が。

 振り向けば見える、包丁を手にこちらに向かってくる男が。

 二人はまだ気づいていない、なら僕が盾になれる。残り100メートルをきると星空が気づいて振り向く。星空が椿姫を守るように椿姫を引き寄せた。

 そう、そのまま椿姫を守ってて。


 ドスッ!

 重い衝撃が腹部を襲い、痛みと暑さが込み上げてくる。

 殺らせない!その包丁を掴みそして

「捕ま…えた」

 男は掴まれたことに驚き走り去って行った。


「春樹!春樹!」

「おい、春樹!」

「2人とも無事でよかった。椿姫、僕の初恋の人、星空としあわせにね」

「何言ってんだよ死ぬみたいに!」

「分からないけど…一生の別れのような気が…する…から。二人とも…幸せに…なって……ね……」


 僕の意識はここで途絶えた。次に目が覚めた時には、椿姫の記憶から僕は消えていた。これが運命を変えた代償だった。


 ここは都内の公園。子供を抱えた男女がこちらに歩いてくる。


「こんにちは」

「あっ、こんにちは」

「可愛い赤ちゃんですね、名前はなんて言うんですか」

「春樹って言います。俺たちにとって大切な名前なんです。理由は思い出せないんですが」

「そうなんですか」

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