2.ベロニカの生徒
昼間のファストフード店ほど学生達の活気が溢れる所は無い。
ひしめき合うテーブルに、これでもかと言う程の学生が尻を並べあっている。
その中に一際目立つ真っ白な制服で胸元には、ベロニカの花の紋章を高らかと掲げているのは瑠璃学園の生徒の証だ。
「この新作のバーガーを楽しみで私は今日まで生きて、生きて、生きて来たのだよ。
この肉厚ジューシーなお肉に絡まる、黄金の秘宝...そう!チーズちゃん!」
本当に秘宝でも手にしたかのような表情をしながら、大きな口を開けてハンバーガーを頬張っているのは愛らしい顔をした少女。
美しい銀色の髪の毛には、翼モチーフの髪飾りが付けられていていた。
その隣には、クスクスと微笑む少年。
襟元には刺繍でウトウと繊細に縫い付けられてあった。
「口にいっぱいソース付いてるよチェルシー。小学生じゃないんだから、僕たちもう16歳だよ」
そう言いながらポケットの中から真っ白なハンカチを取り出すと、優しい表情でチェルシーと呼ばれた少女の目の前に差し出す。
チェルシーは、数秒間そのハンカチを見つめると、顔の前で右腕と左腕を交差してバツポーズを作った。
「ダメダメ。こんな高そうな手ぬぐい使うとバチ当たりそうだもん。ウトウは平気かもしれないけど、私が許さないもんね」
「そんな高級なハンカチじゃないんだけどなぁ」
ウトウは困ったように眉を下げると、ハンカチをポケットに入れた。
そして、もう一人同じテーブルにいる少年の方に視線を向けた。
「イッカクはハンバーガー食べない?」
イッカクと呼ばれた青年は、イスに深々と腰掛けていて誰よりも目立つ赤髪だった。
イッカクは、残り少なくなったジュースをズルズルと音を立てながら飲んでいて、ストローは噛みすぎたせいか平たくなっている。
「あぁ、いらねぇ。朝から白米と味噌汁食べて来た。あと鮭の塩焼きと納豆もだ。
チェルシーがバーガーの新作をどうしても食べたいって言うから付いて来ただけだ」
「意外と健康的だよねイッカクって。
僕は朝ごはんはあんまり食べないなぁ」
「は?朝飯食わずしてどうやって体動かすんだよ。脳にも栄養が行き渡らないだろうが。
勉強にも支障出るだろ!」
それを聞いていたチェルシーはもう残り半分近くになったハンバーガーを置いて、両手で大きくハートマークを作った。
「私は好きだよん!イッカクのそういう所!」
そう言われたイッカクは、どうもと言わんばかりに右手を小さく挙げた。
その直後、三人はこちらを横目で見ながらヒソヒソ話す男子高校生四人組を見つける。
「おいおいあの無駄に白いブレザーの制服ってさ...」
「知ってる知ってる。アンドロイドの学校っていう」
四人組は顔をテーブルの中心に寄せて話しているが、視線はずっとこちらを捉えて離さない。
「チッ...めんどくせぇ。アンドロイドだからってここにいちゃいけないのか」
イッカクは心底面倒くさそうに溜息を吐いた。
「落ち着いて落ち着いて。私特製の蜂蜜キャンディ今日だけ特別にあげちゃうからね」
「そうだよイッカク。今あんな人達に構ってたら、先生が...」
「分かってる」
そんな気も知らずに男子高校生達の陰口は激しさを増していく。
「なんでこんなところにいるんだよな、まじで」
「どうせ、こんな事しても意味ねぇのに」
「本当だな。記憶、無くなるんだっけ?」
「なにそれ、笑えるじゃん。じゃあなんでこんな所に...い...」
彼らはようやく、目の前でただならぬ殺気を出しながら自分達を見つめる赤髪の少年を見た。
清潔でそして清純な純白の制服には、相反する表情に彼らも少し怖気付いた。
「おい」
イッカクは喉の奥から低く深い声を絞り出した。
「な、なんだよ」
彼らも負けじと対抗しようとイッカクを見た。
「率直に聞くが俺とお前達とでは何が違うんだ。
作り物だが心臓はきっちりあるし、お前達を心の底から憎いと思える感情も持ち合わせてる。なぁ、教えてくれよ」
四人が居心地悪そうに目を見合わせた後、四人の中で一番根性の悪そうな少年が手を挙げた。
「じゃあ教えてあげよっか。
俺はアンタ達みたいに、服従して人間様人間様って生きたりしないんだよ。
人間は自由なんだ、そんでアンタ達アンドロイドに自由は無い。Are you ok?
たったそれだけの事なんだよ分かる?」
彼は憎らしい目を細くして、ニヤリと笑った。
他の三人もニヤニヤ笑いながら相槌を打っている。
「俺達が...本当に自由がねぇと思ってるのか」
イッカクは自分の怒りが腹の中で煮えたぎり、脳に上っていくのを感じた。
それと同時に、そう言われて何も出来ない自分に不甲斐なさも感じていた。
その表情を見た細目の少年は追い討ちをかけようと、怒りで顔が歪んでいるイッカクを覗き込んだ。
「でも俺達に恨んでもしょうがないよね。
だって、アンタ達を産んだのは俺達じゃないからさ、恨むなら親にしな。
まぁ、アンタ達に親って呼べる存在がいるかどうか知らないけどね」
そう言って細目の彼がイッカクの胸ぐらを掴もうとした時、彼は首に違和感を覚える。
硬くて冷たい感触。首にしか触れていないはずなのに全身が凍りつく。
ゆっくりとその方に視線を向けると口角を上げながら彼にナイフを突きつけるウトウの姿があった。
「あれあれざんねーん。気付かれちゃったかな?あまりにも熱弁してたからさ、意地悪したくなっちゃって」
「ナ、ナイフ!? ど、どこから持ってきたんだよ!?」
細目は恐怖に慄いた表情を見せると他の三人を払いのけて、自分だけ店から出ようとした。
しかし、そんなのはあの少女は見逃す訳がなく。
「私の必殺☆誰でも引っかかる足掛け!
どうだ!誰でも引っかかるでしょ?」
チェルシーの強力な技、誰でも引っかかる足掛けによりつまずき、頭から激しい音を立てて転んだ。
「成敗完了☆」
チェルシーは右手で大きくピースを掲げた。
それを見たウトウはスタンディングオベーションだ。
思わぬしっぺ返しを食らった四人組は、そのまま店の外へと逃げるように退散した。
事が片付いたのを理解したウトウは、未だにボーッと一点を見つめるイッカクの前に手を差し伸べる。
「イッカク、帰ろう。先生にバレたら大変な事に...イタッ!」
叩いたのはイッカクでは無かった。
イッカクは、今にも泣きそうな表情のウトウの隣にいる影を見た。
その隣にはタンコブを2個ほど付けて見つかっちゃったとでもいうように、ウインクをしているチェルシーがいる。
「...シグレ先生」
そう呼ばれた彼は、鬼の形相でイッカクを睨んでいた。
純白な僕らのセイフク 寿タヱ @yuuhiko_kamino
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