一番を目指す恋の始まり

坂水雨木(さかみあまき)

道が重なる瞬間は

いつだって俺の前には誰かがいた。

別に特定の誰かがいたわけじゃない。超天才な友人がいるわけでもなく、神童とも言えるような幼馴染がいるわけでもない。ただ、頑張った先に他の誰かがいただけ。


「……ふぅ」


学校の屋上で一人お茶を飲む。冬の冷たさに温かいお茶は染みる。

いつからだろう。俺が上を目指すことをやめてしまったのは。自分で言うのもなんだが、俺は頑張ってきたと思う。勉強も、運動も、習い事も。

地頭も悪くないし、運動神経も良い。ずっと続けてきた陸上だって、それなりに良い線いっていた。

ただ、それでも、どれもこれも一番にはなれなかった。


「…はぁ」


虚しい。高校二年にもなって中学時代のことを引きずってるなんて、本当に虚しい。自分でも馬鹿だとは思う。それでも、あれから上を目指すことをやめたのも事実で、そこそこほどほどで妥協するようになったのも事実。だからなのか、真っすぐ前を向いて諦めず頑張っている人を見ると、どうにも眩しくて胸が痛む。


「…はぁ」


ついため息が漏れる。自分の不甲斐なさに憂鬱で仕方がない。

この嫌な気分を誤魔化して洗い流すためにここまで来たというのに、これじゃあ本末転倒だ…帰るか。


―――ガチャ


寄りかかっていた壁から立ち上がろうとしたところで、屋上の扉が開いた。位置的に扉の裏、後ろ側とも言うような場所にいるので、誰が来たのかはまったくわからない。しかし、きちんと音が聞こえたので誰かしらがやってきたのだろう。

それより今はあれだ。こんなところで一人黄昏ているところを見られるのは恥ずかしいやつだ。既に恥ずかしくなってきた。

よし、いったんここで待機しておこう。


「うぅぅ…ぐす…なんで…なんでよぉ、ぐす」


……いや、おい。


「あたし…なんも、ぐす…」


屋上に上がってくるなんて誰かと思いきや、これか。女子!しかも泣いてる!!すごい泣いてるなぁ。どうしてこう、俺が珍しく屋上に来た時に限ってこういうこと起こるかね。心が痛むぜ。……仕方ないか。


「…こほん」

「だ、誰!?」


ゆっくり立ち上がって、壁沿いに歩きながら一つ咳払い。

さっきから思っていたが、結構可愛い声してるのな。お嬢ちゃん、君の声、結構好きだ。


「失礼、私は道宮みちみや虎太郎こたろうと言う。以後お見知りおきを」

「はぁ?知ってるし。あんたあたしと同じクラスでしょ?なに?ばかにしてんの?」


うおおおお全然可愛い系女子じゃなかったーーーー!!

…どうするかなぁ。普通に知った顔だったわ。


「い、いや。別に馬鹿にはしてないぞ?」

「…その話し方やめてくんない?むかつく」


言葉通り不満そうな顔をして言う。さきほどぐすぐす泣いていた美少女(夢想)とは大違いだ。しかし、目元が赤くほんのり瞳も潤んでいる感じを見るに……割と、というかすごく可愛い。


「お、おう。悪い悪い。つい泣き声が聞こえて緊張してな」

「っ!?」

「あ…」


顔が赤くなった。泣きそうなのに怒り顔とは、またまた可愛い表情なことで。

俺、こいつ…と呼ぶのは失礼だな。この子のこと勘違いしてたかも。


「こ、このっ!聞いてたんだ!!?」

「お、おう。悪い」


ぐわっと迫って大きな声で問い詰めてくる。近い近い。顔が近い。あと声大きくても可愛いのなおい。


「うぅぅ…ぐす、なんで、なんでよぉ…」

「なんでって…」


ぐいぐい来ていたのが一転、顔を伏せて再び泣き出してしまった。しかも何を血迷ったのか、俺の胸に頭をぶつけた状態での泣き始め。

良い匂いがして困るやら、目の前で泣かれて困るやら、女子免疫のない俺にはいろんな意味で厳しい展開だ。

ただ……泣いてる女の子を放置はできんよなぁ。


「…まあ、俺でよければ話くらい聞くからさ。話してみろよ」


これでも俺、風紀委員なんだぜ?相談くらい任せとけって。


「ぐすん……でも、あんた…誰かに」

「言わねえよ。泣いてる女に優しくするのは、男として当たり前だろ?」


こんな経験初めてだけどな。人に優しくあれっていうのは、親から言われてんのよ。あと風紀委員長から。


「…ばか。全然似合ってないし。答えにもなってない。でも…ありがと」


最後のお礼は小さな声で、それでもしっかりと俺の耳には届いた。

なんていうか……惚れてもいいですかね。



隣に座っているお嬢ちゃん、瀧波たきなみあずさの話を聞いたところ、どうやら告白をしてきたらしい。それなりに仲良くなった相手に告白したら実は彼女がいたそうな。しかも、この展開が初めてではないらしく、累計三回目だとか。好きな人の一番になりたくて頑張ってきたのに、いつも二番。"嫌いじゃないけどもっと好きな人がいるから"とかなんとか似たようなセリフを吐かれること三回目、積もり積もったものがあふれてしまったのだろう。

梓ちゃん、おいたわしや。


「―――そいつら見る目ないな、うん」


いい感じのアドバイスが思いつかなくて、こんな微妙なセリフになってしまった。


「…どうして?」

「どうしてって…俺から見たら梓ちゃんすげえ可愛いから?」


明るめの茶に染まった髪は傷んだ様子もなく、ほんのりカールしてさらりと肩より下まで流れている。ぱっちりした目は薄い茶色が混じっていて、強気な印象を受ける。泣いても化粧崩れがないところを見るに、お化粧そのものが薄いのだろう。それでも十二分に美人だと言えるのだから、一般的に見て可愛い部類に入ってもいいはず。

少なくとも、俺だったら断らないな。むしろ今の時点で半分くらい好きになってるから。誰とも付き合ったことのない俺を舐めるなよ。


「か、可愛いって…べ、べつにあたしはそんなことないし…」


ぽっと顔が赤くなる。やはり可愛い。

こんな子を振るって…くそ、羨ましいぜ。彼女持ちはいいもんだよなぁ。


「ほら可愛い。超可愛いぞー、梓ちゃん可愛い。美人。惚れちまうぜ、はは!」

「うううぅー!うっさい!勝手にあたしの名前呼ぶな!」


こつりと俺の太ももに拳を当ててきた。全然痛くない。なんて可愛らしい抗議なのだろうか。好感度がぐいぐい上がっていく。


「悪い悪い。でも瀧波。俺が可愛いと思ってるのは本当だぜ?今までまったく興味なかったが、びっくりするほど可愛いのな、お前」

「…ふん、なんなのよ、もう。いちいち褒めたって何もあげないから。それよりあんた、道宮はなんでこんなところにいたのよ」

「俺?」


まだ頬に赤みが残っている梓ちゃん。話を変えるためか、ついに俺がここにいる理由を聞いてきてしまった。

仕方ない。彼女の大事な話を聞いてしまったんだ。俺も話そう。すべてを、な。


「そ。あんた」

「…いいだろう。それでは話すとしよう。この俺、道宮虎太郎がなぜこのような場に至ることになったのかを…」

「そーいうのいいから早くして」

「…はい」



そうして話すこと五分かいくらか。俺の虚しい二番手劇場は終わりを迎えた。


「はぁ。つまりなに?全然一位になれないから諦めたってこと?」

「…まあ、そうなる」


言い方が痛い。ぐさぐさ来るぞ、それ。


「ふーん、あんたも結構苦労してるのね。一番か…」


難しい顔をして呟く。もっときつい一言が来るかと思っていたので、案外拍子抜け。梓ちゃんは俺が思っている以上にいい子なのかもしれない。

優しい子は好きだぞ、俺は。


「ねえ道宮」

「おう」


考え込んで数十秒、ぼけっと青空を眺めていたら名前を呼ばれた。相変わらず良い声してる。よく耳に通る可愛らしい声だ。


「あんた、今でも一番になりたいって思ってる?」

「……」


一番に、か。

空から隣に視線を移せば、真剣な眼差しの美人さんが一人。


「…なれるもんならな」


できることなら、俺も一番が欲しいとは思う。なんだっていい、一度でいいから一番になってみたい。


「ふふ、そっか。ならさ、あたしがあんたを一番にしてあげる」


俺の言葉を聞いて、ふっと花開くような笑みを見せた。とても綺麗な笑顔で、目をそらすことができない。目を奪われるというのは、こんな状況を言うのだろうか。


「それは…どういうことだ?」

「ふふ、っと」


瀧波は笑いながら屋上の床に手をついて立ち上がる。太陽の光を浴びて彼女の髪がきらりと光った。


「あたし、これでも学年一位なんだよね」

「……マジ?」

「んふ、まじまじ」


くすりと笑って俺を見つめる。嘘をついている様子はまったくないので、どうやら本当らしい。

こいつ…。


「いや学年一位ってなんのだよ」

「そりゃ勉強だけど?」

「…なるほど」


そう来たか。勉強か。


「はは、驚いたな。梓ちゃんが一位だったなんてびっくり仰天だぜ」

「あ、梓ちゃん言うなし!それより道宮、あんた十位ぐらいでしょ?」

「まあ、そうだな」

「そこから一位まで、あたしが引き上げてあげる。いい案でしょ?」


ふふん、とでも言いたげなドヤ顔が眩しい。あとスカートがひらひら揺れていて眩しい。なにげに膝丈スカートだからガードが固いぞ。ちくしょう。


「それは…いや、いいのか?」


一瞬否定しようとしたが、どうせなら付き合うのも悪くないと思った。

勉強だけはまだ頑張っていたからな。最後くらいやってみてもいいかとね。


「いいわよ。任せなさい」


胸を張る梓ちゃん。それなりに"ある"のがまた胸にくる。


「よし、じゃあ梓ちゃん。代わりに俺がお前の一番になってやろう」

「は?なんのこと?ていうか梓ちゃん言うなって」

「はは、俺と同じで瀧波も一番になったことがないんだろ?なら俺が梓ちゃんの一番になろう。完璧だと思わないか?」

「嫌」


一言でばっさりはきついぜ。


「でも、ふふ」


断りながらも笑って続ける。

風が吹いてスカートがひらりと舞う。ちらりと見えた太ももが眩しい。


「あたしの一番を目指すのは、許してあげる」


太陽と同じくらいに明るい笑顔がはっきりと目に焼き付く。

この瞬間、俺は久しぶりに一番を目指すことを決めた。



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