第3話 裏通りの戦い
「―—殺せ」
指揮官の命令を受け、暗殺者達は一斉に短剣を抜き放った。
本来であれば、魔法による全力斉射が最善の選択。が、ここは今や魔王軍の支配地域。大きな魔法を使うことは自殺行為。即座に囲まれてしまう。
この場で頼りになるは、磨き上げてきた近接戦闘の技。
しかし、そんな彼等を前にしてもノアは微笑みを崩さない。一般的な片手剣を構えたままだ。
場にそぐわない、欠伸が響き渡る。
「ふわぁぁぁ……主よ、我は取りあえず何もせんぞ」
「うん。大丈夫」
ノワールの問いかけに少年が答えた瞬間、後方より三人が襲い掛かった。
同時に、前後から無数のナイフを投擲。必殺の構図。
―—が
『!?』
「遅いね」
少年は剣を振るい、ナイフを全て叩き落した。
更に――どさり、と死体が落ちる音。
「馬、鹿な。三人を同時に、だ、と!?」
後方より襲い掛かった、暗殺者達はそれぞれ三閃ずつを喰らい、絶命。おそらく、痛みを感じる間もなかったのだろう。死に顔は驚愕で硬直している。
構えを戻した少年が一歩進む。暗殺者達が一歩後退する。
指揮官が冷酷な命を発す。
「一人ずつだ。一人ずつかかれ」
すると、最前列にいた暗殺者の一人が、声も出さずノアへ挑みかかった。
―—再度、剣閃。短剣を握っていた右腕が宙を舞い、血しぶきが飛び、倒れた。
指揮官は、目を見開き絶句。
「な、何という剣速なのだ。下手すると『勇者』様はともかく、他の方々を超えていよう……人ではない……」
「失礼な。僕は人だよ。セリカもね。まぁ、あの子の方が僕よりも多少は速いだろうけどさ」
「…………」
暗殺者達は声も出ない。
この段階において、彼等はようやく実感したのだ。
自分達の目の前にいて微笑んでいる少年が、今まで挙げてきたとされる膨大な武勲全てが真実だということに。
上層部に疎まれながらも、最前線を戦う将兵達から絶大な信頼を受け、『我等が鉄血! 鉄血ありし戦場に敗北は無し』とまで謳われてきた本物の『英雄』であることに。
だが、気付いたところで何が出来るわけでもない。
近接戦闘で勝ち目がないのならば――指揮官は、部下達を制した。
「……無駄だ。この者に、ナイフなど効かぬ。魔法だ。最大攻撃魔法の一斉射撃で仕留めよっ!」
『!』
「うん、悪い選択じゃないね。だけど……止めておいた方がいい。死ぬにしても、惨たらしくは死にたくないだろう?」
「魔王軍に探知されるのは甘受! 仕留めた後は、各自、全力で脱出し、首尾を報告せよ!!」
『諾』
残存している、残り七名の暗殺者達は短剣を構え、次々と魔法を構築。
対して、ノアは悲しそうに鉄剣を鞘へと納めた。暗殺者達は、訝し気にしながらも、全力で魔法紡いでいく。
そして、背を向け退屈そうにしている美女へ声をかける。
「ノワール、行くよ」
「む? 主よ、まだであろう? 主がいいのなら、――いいだろう? いい筈だ!」
「だーめ。ああ」
「……主のケチ」
少年は、振り返り告げた。
その目には、戦場とは思えない程に澄んでいる。
「その魔法は撃たない方がいい。聖都へ帰り、彼等に伝えてほしいな。『セリカは返してもらう』と」
「黙れっ! 死ねぃ!!」
指揮官の怒号。同時に、魔法が解き放たれた。
炎・雷・風・土・水……それぞれが、上位魔法規模。更には手投げの炸裂弾も十数発が宙を舞う。
間違いなく、だかだか人族の剣士一人相手へ放つのは過剰攻撃。
――しかし、暗殺者達は奇妙なことに確信していた。
この程度で『英雄』を、『勇者』セリカの片腕を殺せる筈がない、と。
魔法と炸裂弾が着弾。周囲一帯に轟音と土煙。建物が一部崩れ、倒壊も始まる。遠からず、魔王軍が押し寄せてくるだろう。このまま撤退すべき状況。
だが、指揮官達は動かない。次々と身体強化魔法と、防御魔法を限界まで重ね掛けする。
まるで、今から訪れる悪夢に備えるかのように。
―—視界が喪われる中、指揮官がその一撃を躱したのは、正しく、今まで三十数年間積み上げてきた技量故。ここに、彼は高みに到達した。
見えたのは、純白の光。
完全回避は不能。
そう瞬間判断し、利き腕ではない左腕を捨て、生き延びてみせた彼は戸惑った。
「痛みが?」
喪った左腕の傷口を押さえるも、血は付かず痛みもない。斬られた断面は光輝き、粒子が零れ落ちている。
部下達の気配は、悉く掻き消えていた。皆、やられたか。奇妙なことに死体が倒れる音もない。
この段階で、指揮官は考えるの止めた。
健在な右腕を前にし、限界まで前傾姿勢を取り、疾走。狙うは目標の――『鉄血』の首だけ。
土煙を突き破り、少年へ向け放たれた一撃は、指揮官の生涯最高の刺突。大概の勇士ならば屠れただろう。
―—だが
「!?」
「……止めておいた方が、いい、と言ったのに」
指揮官の右腕は少年の影より出現した『光』により消失していた。
さっきまでいた、美女の姿はない。
―—繋がった。
再攻撃を受ける刹那、指揮官の口が少しだけ動く。これは『勇者』の――……光に包まれた指揮官の姿は、この世界から消えた。
少年は悲しそうに、呟く。
「……ノワール。彼等は、どうなるのかな?」
「前にも言うたろうが? 魂は知らぬ。だが、我の糧にはなったぞ。長く寝ておったからの。腹が空いておる。主ならば、我が飢えも満たせよう。うむ。やはり、主には戦場が似合っておる!」
「…………行こう。魔王の兵が来る」
ノアは、言葉少なくその場を後にする。
楽しそうな美女は、唇を、ぺろり、と舐め、後に続いた。
―—暗殺専門部隊『
この事実は、結果的に『鉄血』生存の未確認生存情報を、以後、確定情報として扱わう決定的な要素となった。
以後、彼の排斥を企て実行した、人類連合上層部内の一部は『勇者』セリカへの情報秘匿と、情報収集に奔走することとなる。
今は魔王軍に向けられている恐るべき『聖剣』に怯えながら。
勇者と勇者の物語 七野りく @yukinagi
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