第2話 都市カッサンドラ

「ほぅほぅ。なんと、魔将がまたも、とな」

「姐さん、声がでけぇぜ。こいつは、まだ一般情報じゃねぇ。……ジ・バド様の戦死で、先鋒軍は壊滅。三将の短期間の死で、魔王様は深く憂慮されてるって話だ。『勇者』ってやつは、それ程の化け物なんだろうさ」

「ふむふむ。面白い話を聞けた。礼を言うぞ」

「おおよ。ま、お互い、命あっての物種だ。気を付けようぜ」

「ああ、そうありたいものだな」


 ――都市カッサンドラは数ヶ月前、魔王軍の手に落ちていた。

 奇怪なことに、大橋での死闘により稼がれた貴重な時間を、都市首脳部はまったく活かそうしなかった。


『魔王軍は、カッサンドラへ侵攻しない。一連の動きは陽動である』


 耳障りのいい情報を信じ込んでいた故の悲劇……否、喜劇であった。多くの人は、追い詰められてもなお、自分が見たいものしか見ない。

 結果―—魔将との死闘の果て、最後の力を振り絞り、大橋を落として力尽きた『彼』の戦史に残る奮戦は、まったく報われなかった。

 魔王軍戦史編纂者をして『史上、これ程までに報われなかった勇士がいようか。彼が、我が軍にいれば、どれ程良かったか』と言わしめた『彼』を取り除いた魔王軍の行く手を阻む者は最早皆無。

 死闘後、大橋を数日に突貫工事で再建した魔王軍は、容赦なくカッサンドラへ侵攻。その一報を聞いた都市首脳部と護衛部隊は市民の大半を残し脱出。大混乱が起こる中、少数の守備隊は市民を逃す為、戦闘を継続し……字義通り、全滅した。

 しかし、彼等の死は無駄にはならなかった。魔将ダ・ラグは『見事!』と激賞。都市占領後、指揮下の軍に市民への虐殺を禁じたのだ。

 結果、カッサンドラは一見平静を取り戻している。

 屋台で、謎の肉を焼いていた豚人と会話をした美女は、肉串を両手にたくさん持ち通りを進む。長い紫色の髪。頭には一本角。背は高く、瞳には興味。黒のローブをまとっている。

 歩いている多くは魔族だったが、中には人族も混じっている。

 既に商売も許可されており、魔族相手に商談を行っている人も少なくはない。


「……逞しいものだ。いや、当然か。人からしぶとさを除けば、何も残らん。そうは思わぬか?」

「同意はするよ。串半分」 

「えー。これは全部、我の物!」

「駄目。そういうこと言うなら、二度と買い物はさせない」 

「! な、なんと、我を脅迫するというのかっ!?」

「脅迫じゃなく、躾かな。ほら、君、一般常識ないし?」 

「!! な、なんたる言い草かっ! わ、我はこれでも、悠久の時を生きてきたのだぞっ!! 敬意をもたぬかっ、敬意をっ!!」

「んー……つまり」


 待ち合わせ場所――カッサンドラのシンボルであった大時計台の跡地に佇んでいたフード姿の少年は、美女へ向けて小首を傾げた。腰には片手剣を下げている。


「ノワールは、お婆ちゃん扱いされたいのかな? 僕は構わないけど」 

「!!! うぐぐぐ……汚い。これだから、人は汚いのだっ! 可愛い顔をして、その言いようよっ!」

「返答、聞いてないけど?」

「…………ふんっ! 我は、まだまだ若いわっ! ほれ」

「はい、ありがとう。よく、出来ました。頭も撫でる?」

「っぐ! ……いらぬっ!」


 少年へ、美女が肉串を差し出した。

 二人は食べつつ歩き出す。


「…………お主の言う通りになっておる」

「そっか。まぁそうだろうね」 

「どうするのだ?」 

「ん? 止めるよ」

「……頼んだ我が言うことではないと思うのだが……その、最早、止められんと思うぞ? 我も散々、聖剣持ちの歴代『勇者』とやりあってきたから分かる。主の幼馴染、セリカと言ったか、おそらく史上最強。が、力を引き出し過ぎている。長くは持つまい」

「そんなの分かってるさ。だけど」


 少年はノワールへ微笑んだ。

 その瞳には、何者にも曲げられぬ決意。


「僕があいつを救わなくて、誰が救うと? どうぜ、君に拾われた命。なら、僕はあいつを今度こそ救う。救ってみせる。少なくとも、あいつを一人で死なせやしない。そう――僕達は、あの日、あの場所で誓いを立てたんだ。僕は、二度と誓いを違えるつもりはないね」

「…………死ぬぞ。今度こそ間違いなく。たとえ、そ奴を救っても、お主が死んでは意味があるまい」

「勿論、早々死ぬつもりはないよ。死ぬっていうのは、あれで、案外と辛いし、痛いんだ。二度は御免かな。だけど――まぁ、結果今度こそ死んでも、あいつは生きてくれる。大橋の時とは違う。絶対に。犬死にじゃないさ。ああ、大丈夫、も救ってみせるよ。僕はこれでも、今までの生涯で一度しか約束を違えたことはないんだ」

「…………ふ、ふんっ! そうでなくては困る。何しろ、我の主なのだ。不可能を悉く可能にし、人も魔も全てを救ってもらわねばなっ!」

「善処するよ。―—ノワール」

「ん」


 少年は美女へ微笑み、目配せをした。美女はそれだけで理解。

 何もないかのように雑談をしつつ、路地を進んでいく。

 ―—やがて、人通りが完全にない、裏通りへ。

 瞬間、短剣が二人へ襲い掛かった。剣も抜かず、身のこなしだけで、全てを回避。普段と変わらない口調で尋ねる。


「いきなり、殺しにかかるとは、剣呑だね」

「余程、目の敵にされておるな。……分からんでもない。どうぜ、真っ正直に、色々言ったからであろう。そうであろう!」

「夕食は抜きかなー」 

「!? ひ、卑怯っ!」


 二人が軽口を叩く中、目だけを出し顔を覆っている男達が前後を遮断。油断なく、片手剣を構えつつ、告げる。

 

「……『鉄血』のノア、だな? やはり、生きていたか。悪いが死んでもらう」

「そろそろかな、と思ってたよ。魔族じゃなく、人から暗殺者を送り込まれるっていうのが、悲しいけどね」

「? 不思議なことを言うの。人が、魔に邪悪さで後れを取ったことなどない。少なくとも、が生み出された後にはな」

「……身も蓋もないね。ま」


 ノアは、ゆっくりと片手剣を抜いて行く。

 暗殺者達の瞳には極度の緊張。

 彼等は理解していた。自分達の目の前にいる存在が――連合の上層部がどう言おうとも――『勇者』を除けば、間違いなく人類最強級の剣士であり、末端の兵士達を救い続け、故に、強い敬愛を受け続けた『英雄』であることを。



「君達には悪いけど、僕はあいつを救わないといけないんだ。剣を向けてきた以上、手加減も出来ないし、するつもりもない。その覚悟を持った者だけ、かかってくるといい」

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